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20.ガゼルの末路と二人のこれから

「何を全てがおわったような顔をしていやがる!!」

「なんだ?」

「襲撃したのが俺達だけだと思ってんのか?まだ仲間はいるんだよ!!お前らの学校の先生だぜ。元教師のアーノルドとケイオスがなぁ!!」


 得意げに話すガゼルだったが俺たちの反応は冷たい。


「そんなことは知ってるよ」

「もう、手は打ってあるに決まっているでしょう」

「は?」


 

 実のところこの奇襲の事は昨晩アーノルド先生から校長を通して相談されていたのだ。

 俺とエルトリンデ達、そして、今日の授業に参加した生徒たちは自ら囮になることを了承していたのである。先ほどアーノルド先生が空に魔法をうっていたし、いまごろ騎士たちが周囲を囲んでいるのだろう。

 


「くそっ……ばれてたのか!? やはり貴族なんぞ信じるんじゃなかったぜ!!」



 彼は歯ぎしりしながら周囲を見回すが、あきらめたようにため息をつくと、呪文の詠唱を始める。



「何を考えている?」

「こうなったら……最後の手段だ!」



 ガゼルの体から黒い霧のような魔力が噴き出し始めた。その霧に触れた地面の草が瞬時に枯れていく。彼の筋肉が膨張し、皮膚には黒い紋様が浮かび上がってきた。



「命と引き換えに得る力……この力さえあれば俺だって!!」

「こいつ……限界を超えて自分を強化したっていうのか? どうしてそこまで……」

「騎士につかまれば俺の人生はどうせ終わりだ。だったらてめえを道ずれにしてやる。それに俺はお前がずっと憎かったんだよ!! アスト=ベルク!!



 にやりと笑う彼の声は低く歪み、目は血走っていた。文字通りこいつは死ぬ気で向かってきているのだ。



「俺が何をしたっていうんだ?」

「お前は何もわかっちゃいない。フリューゲル様はいつもお前ばかり見ていた。王都で最強と言えば、貴族の『魔剣』アストと冒険者ギルドのリーダー『剣聖』フリューゲルの最強コンビ……俺たちはいつも二人の影だった。どれだけ尽くしても俺たちを見てくれねえ、あの人は俺たち冒険者のあこがれだったのに!!」

「それは……」

「黙れ! お前らが英雄と呼ばれる存在になった時、俺はようやくSランク冒険者になれたんだ。だが、ようやくフリューゲルに認められるチャンスだと思った。なのに、お前が消えたおかげで全てが狂った」



 ガゼルの体から黒い霧のような魔力が噴き出し始めた。



「フリューゲル様は今でもお前のことを探している。『アストを見なかったか』って、どこへ行っても聞いている。あの人が考えているのは俺たちのことじゃなく、いつもお前だ!」



 彼の言葉に、俺は言葉を失った。フリューゲルが俺を探している?なぜ?



「今日、お前を倒せば、ようやく俺の存在を認めてくれるかもしれない。命と引き換えでもなぁ!」


 ガゼルの目に狂気が宿った。


「エルトリンデ、気をつけろ!!」

「わかっています。フリューゲル……あいつまだあきらめていなかったんですね……」

「あきらめるって何をだ……?」



 彼女の言葉に一瞬戸惑いながらも、俺は時魔法の詠唱唱え、やつの動きに備える。



「時よ、凍れ……スロウワールド!!」



 俺の周囲の時間が遅くなっていく。しかし、ガゼルの動きは衰えずに俺にきりかかかってくる。



「なっ……時間魔法で遅くしているのに……」

「ははは、いつかお前と戦う時に備えておいたんだよ!! 死にやがれ!!」



 俺の驚きの表情を見るとガゼルが得意げに笑う。だが、彼も無傷ではない。一歩動くごとに足の血管がちぎれ、剣をふるうごとに腕が変な音を立てている。

 限界を超えるほどに身体能力を上げているのだろう。

 腐ってもSランク冒険者ということだろう。それだけの精神力と力を真っ当な方向に向けて入ればこうはならなかっただろうに……



「お兄様……何を遊んでいるんですか?」

「わかってるよ、エルトリンデ。なあ……時を遅くすることができるなら自分を加速することもできると思わなかったのか? 我が時を早めよ、アクセルワールド」

「なんだと……」



 枝を片手に、二倍の速さで斬りかかるとガゼルなすすべもなく俺の攻撃を喰らい続ける。

 そして、最後の一撃とばかりに思いっきり叩きつけると無様に地面に転がった。



「くそっ!! まだだ!」

「まだ、動けるのかよ!!」



 彼の体からは血が滲み出ていたが、気にせず立ち上がったが、その足を絶対零度の氷が覆った。



「これ以上の抵抗は無意味です。今ならば治療も間に合うでしょう。降伏するならば命までは取りません」

「うるせえ、今更そんなことできるかよ!! てめえらは倒せなくても騎士たちならやれるからなぁ。タダでは死なねえ!! 生徒共をぶっ殺してやるぜ!!」



 べりべりと肉が剥がれるのも気にせずにガゼルは強化された身体能力で氷からその足を引き換えるとアンビーたちが向かった方へとすさまじい早さで逃げ出そうとする



「エルトリンデ!!」

「わかっています、お兄様!!」



 冷たい声と共にエルトリンデが俺の横に立っていた。彼女の左腕の袖からは黒い模様が覗いている。



「お兄様いつものあれですね」

「ああ、そうだ。時よ、凍れ……スロウワールド!!X10」

「な……並行詠唱だと……本当にできるやつがいたのか……」



 十乗にかけられた魔法によってガゼルの動きが鈍っていく、そして、そして驚きの表情を浮かべているガゼルを絶対零度の魔法が襲う。



「凍てつく冥界の川よ、我が呼びかけに応えよ。時を止め、命を凍らせ、全てを静寂へと導く。永遠の氷獄に堕とせ。極寒地獄コキュートス



  勝負は一瞬だった。動きが遅くなったガゼルの叫び声が響き、光が収まると、ガゼルは氷の中に閉じ込められていた。その表情は恐怖と絶望が入り混じっていた。



「終わったな...」



 俺は深く息を吐いた。そしてかたわらにいるエルトリンデを見つめると、その両腕には服の下から禍々しく広がった紋様が輝いていた。

 慌てて隠そうとする彼女を逃すまいと話しかける。



「エルトリンデその紋様は何だ? 俺を追放したことと関係があるのか?」

「それは……」



 先ほど聞けなかった問いを今度は訊ねると、エルトリンデは視線を逸らした。彼女の何かをまよっているような表情でもう答えはわかってしまった。

 俺を嫌いになったからではなかったのだ。俺を遠ざけなければいけない理由があったのだろう。

 エルトリンデは小さくため息をついてクスリと笑う。



「もうすべてを察しているのですね……やっぱりお兄様は鋭いわ……」



 彼女はゆっくりと左腕の袖をまくり上げた。黒い模様が腕全体を覆い、肩まで広がっていた。


「これは……魔王の呪いです。これからお兄様を守るために私は追放したんです。だって、この呪いは誰にも解けないから……」

「魔王の呪いだって……」



 予想外の言葉に俺は驚きの声をあげるのだった。



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