14.エルトリンデの訪問
「エルトリンデ様、ようこそお越しくださいました」
校長が深々と頭を下げる中、銀髪の少女が颯爽と学園に足を踏み入れた。その姿は気品と同時に人を寄せ付けない冷たさをまとっており周囲の空気が一瞬で凍りつくようだった。
「が、学校をご案内いたします。まずは……」
校長の言葉を遮り、エルトリンデは冷たい声で言った。
「まずはアスト先生の授業を見学させていただきます」
「アスト先生ですか……目にかけているようですが彼とは親しいのですか?」
「あなたにそれを話す必要がありますか?」
その言葉に、校長は一瞬戸惑いの表情を見せたが、すぐに取り繕った。
「失礼したしました。こちらへどうぞ」
エルトリンデが廊下を歩き始めると、アンビーが静かに彼女の後ろに現れた。その様子に血の気が引く校長だったが、エルトリンデの表情が変わらないことに気づく。
「アンビー先生? あなたはエルトリンデ様のお付きの方だったのですか?」
「私はエルトリンデ様の影です。必要とあらば敵を排除し、道を切り開きます」
「え、えぇ…」
校長は困惑した表情を浮かべた。その様子にエルトリンデは小さくため息をつきながら咎める。
「アンビー、目立たないようにと言ったでしょう」
「申し訳ありません。ですが、責任者には私の存在を明かした方が警戒心を抱かせ、不測の事態を防げると判断しました」
「まあいいわ。先に進みましょう」
エルトリンデの言葉に従い校長は彼女をアストの元へと誘導するのだった。
★★★
どう対応すればよいか迷ったまま、エルトリンデを迎えるために廊下に立っていると、ロザリー先生が震える手で書類を抱えて校長室の方を見つめていた。そして、エルトリンデを見るなり、彼女の目は星のように輝いた。
その瞳はまるで恋する乙女である。
「エ、エルトリンデ様!! 私、私はロザリー=キャストリスです! あなたの論文『呪術の理論と実践』を読んで魔法教師を志しました!」
興奮のあまり声が裏返っているロザリーに無表情でエルトリンデが答える。一瞬こちらを向いて興味をうしなったかのように視線を逸らされた。
「そう、ありがとう……ん、ロザリー?」
「あなたの呪術理論は革命的です! 特に『対象の血液を用いない遠隔呪縛』の概念や、『呪力を高める儀式』、何よりも『鈍感な身内に強い感情を抱かせる呪い』は本当に画期的で……」
「ロザリー先生、落ち着いてください。エルトリンデ様が困っていますよ」
息もつかずに話し続けるロザリーの肩に手を置いて止める。昔からエルトリンデは見知らぬ人への警戒心が強い。機嫌を損なってはいけないと制止したのだが……
「ふぅん……随分と馴れ馴れしい……」
案の定エルトリンデの目が一瞬鋭く光った。だが、視線はなぜかロザリーの肩に触れている俺の手を見つめているようだ。何か寒気のようなものを感じるのは気のせいだろうか?
そんな俺を無視してロザリーは顔を赤らめながら言葉を続ける。
「ああ、すみません! でも、エルトリンデ様に会えるなんて……私、昨晩あなたが開発した特別な呪術で美しくなろうと使ってみたんです思ったんです! 効果があったかわかりません! どうでしょうか? 私、魅力的に見えますか?」
「え……ええ、そうね、魅力的だと思うわ」
エルトリンデは一瞬困惑したようだが、無表情に答える。
「あなたの魔法への熱意は素晴らしいと思うわ。その情熱を生徒たちに向けてくれれば嬉しいです」
「はい!もちろんです! あの、もしよろしければ、この呪力のたっぷり籠った髪の毛を……あなたに受け取っていただきたいのですが……いい魔力の触媒になると思います!!」
エルトリンデに褒められたロザリーは感激のあまり涙ぐむと小さなハサミを取り出した。
「ロザリー先生! 落ち着いてください!! さすがにやばいですって」
俺が慌てて制止し、彼女の手首をつかんでハサミを取り上げるが……
「何をするんですか!! エルトリンデ様の魔法に私の髪の毛をつかってくださるならば坊主になっても本望なんです!!」
「あきらかに引いているじゃないですか!! 嫌われちゃいますよ」
ロザリーが暴れながらハサミを取り返そうとするものだから、彼女の豊かな胸などがあたってしまうのに罪悪感を覚えながらも必死に止める。
今のエルトリンデは俺の知っている時とは違いゲーム『冷血姫』と呼ばれていた時にと言えよう。そんな彼女の機嫌を損ねればどうなるかわからない。
「ふぅん……報告以上に親しいようね……」
エルトリンデの左腕の黒い模様が一瞬光り、彼女の目からハイライトが消えた。なんか無茶苦茶睨んでくるんだけど……
「アンビー、あの女性の素性を調べておいて」
「了解しました」
なぜかそばにいるアンビーにささやいたエルトリンデは咳ばらいをするとロザリーに向き直った。
「熱心なファンがいるのは光栄ですが、髪の毛はご遠慮させていただきます」
「は、はい! 失礼しました!」
エルトリンデの言葉にようやく正気に戻り、ロザリーは深く頭を下げた。
一足先に教室に入ると、生徒たちが緊張した面持ちでいるのがわかる。そして、エルトリンデが入室すると、それはさらに強くなった。
「本日は特別な授業となります。基本的な防御魔法の実践を行います」
まあ、無理はないだろう。かくゆう俺も緊張のあまり少し声が震えている、だが次第に落ち着きを取り戻していった。
「まず、最も単純な魔力の壁を作ります。皆さん、私の後に続いてください」
俺が手を前に伸ばすと、淡い光の壁が現れた。生徒たちも真似をし、教室内に様々な色の光の壁が浮かび上がる。
ふと視線を送るとエルトリンデは無表情に見つめていたが、その瞳には僅かな懐かしさの色が浮かんでいたのは気のせいだろうか……?
魔力を暴走させてしまった彼女に魔法の使い方を教えていた懐かしい記憶が思い出される。
★★★
「お兄様みたいにできません!」
幼いエルトリンデは、魔法陣が描かれた紙を握りしめ、頬を膨らませていた。
「大丈夫だよ、エルト。まずは呼吸を整えて」
そんな彼女の小さな手を取り、ゆっくりと導くように魔法陣の上に置いた。
「魔力は感情に左右されるんだ。焦らなくていい。ゆっくりと…」
俺の指示通りエルトリンデは深呼吸をし、目を閉じた。彼女の指先から淡い光が漏れ始める。
「本当です!! 見てください、お兄様できましたよ!」
彼女の手の上に小さな光の球が浮かび上がった。俺は誇らしげに彼女の頭を撫でた。
「すごいじゃないか。エルトリンデは本当に才能があるね」
エルトリンデの頬が赤く染まり、彼女は嬉しそうにこちらに抱きついてくる。
「お兄様のおかげです!大好き!」
「僕もエルトリンデが大好きだよ。基礎を学び、極めるのが最強への近道だ。覚えておいてね」
「はい、もちろんです」
俺が彼女を優しく抱きしめ返しめると嬉しそうにかを赤らめる。二人の周りには、魔力の光が美しく舞っていた。
「ずっとお兄様のそばにいます。約束です」
「ああ、約束だ」
懐かしいな……そんなこともあったものだ
★★★
だが、その感傷は突然開かれた教室のドアの音によって破られた。
「失礼します! エルトリンデ様、私の授業もぜひご覧ください!」
アーノルドが大声で叫びながら入ってきたのだ。彼は華美な正装に身を包み、顔を紅潮させていた。
「アーノルド先生、今は俺の……」
俺が制止しようとしたが、アーノルドは聞く耳を持たなかった。
「エルトリンデ様ほどの魔法の使い手が、この程度の初級魔法など退屈でしょう。私の高等魔法理論の方が……」
「黙りなさい」
エルトリンデの冷たい一言で、教室内の空気が凍りついた。
「貴方は自分の授業を放っておいて何をしているのですか?」
「申し訳ありません。ですが、私の授業の方が…」
「私が見たいと言った授業を勝手に変更しようとするのですか?」
エルトリンデの目が鋭く光つとアーノルドは震え始めた。その瞳はまるでしゃべるゴミでも見ているかのように冷たい。
「い、いえ、そういうわけでは…」
「それに、他の先生の授業中に乱入するとは何事ですか?教育者としての自覚はありますか?」
エルトリンデの声は氷のように冷たかった。アーノルドは顔を真っ青にして後ずさりした。
「申し訳ございません……」
しかし、アーノルドはすぐに表情を取り戻し、高慢な笑みを浮かべた。
「エルトリンデ様、私はただ貴女に最高の魔法教育をお見せしたいだけなのです。このアスト先生はコネで雇われた新人教師に過ぎません。彼の教える初級魔法など、貴女の時間を無駄にするだけです」
アーノルドの失礼すぎる物言いに教室内がざわめいた。一部の生徒が反発し様としてくれるのを俺は手で制す。
あんなんでも偉い先生だからな。俺のもめ事に生徒を巻き込むわけにはいかない。エルトリンデはどんな反応を……
「なるほど……彼がアーノルドね……」
と視線を送って俺は寒気を感じる。あの目を俺は知っている。魔王討伐時代に敵を見る目だ。俺を誘惑したサキュバスと対峙した時の目である。
命乞いしてもぼこぼこする姿はシンプルにこわかった。
「そうですか、では証明してもらいましょう」
「証明……ですか?」
「あなたとアスト先生で魔法の腕前を競っていただきます。本当に貴方の方が優れているのなら、それを見せてください」
挑発ともとれるエルトリンデの言葉にアーノルドは自信満々に胸を張った。
「喜んでお受けします!私のエリートな魔法をご覧いただければ、アスト先生との差は一目瞭然でしょう」
「エルトリンデ様、それは…」
「アスト先生、貴方も受けていただけますか?」
エルトリンデの目には、かすかな期待の色が浮かんでいた。俺はため息をつき、頷いた。
こいつが何を考えているかはわからない。だが、正体がバレないためにも適当に戦って負ければいいだろう。
「承知しました」
エルトリンデはアストに近づき、周囲に聞こえないように小声で言った。
「負けたらダメですよ。お兄様……いえ、アスト先生」
彼女の声は甘く、可愛らしかったが、アストは背筋に冷たいものを感じた。
「これは…脅しか?」
俺は内心で震える。エルトリンデの笑顔の裏に、冷血姫の威圧を感じたのだ。
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