M・Rはいずこに
神崎とのゴタゴタから数日、俺にはいつも通りの日常が戻っていた。いや、いつも通りというのは嘘かもしれない。
俺は特に変わったところは無いのだが、クラスのいや、天蘭高校の高嶺の花、神崎乃亜の様子がおかしいのだ。
なんでも、毎日、クラスの人間に黒髪ロングの眠そうな目をした女生徒を知らないかと聞き回っているらしいのだ。
更に言えば、名前の頭文字のイニシャルがM・Rの人間を探しているとの噂だ。イニシャルがM・Rの人間……一体どこにいるのだろうか?
あらやだー。ワタシの名前の頭文字、MIDOU RYOTA《御堂 涼太》でM・Rじゃないですか〜。
……もしかして、神崎が探してるのって俺じゃね?
いや、間違いない。神崎が件の人物を探し始めたのは、俺が神崎を助けた翌日からだ。それまで、神崎は周囲の人間と積極的に関わることは無かった。
しかし、あの事件から神崎は周囲との関係を閉ざしていたのが嘘のように、自分からコミュニケーションを取るようになった。今までは、いつも窓の外を眺めてツンとしていたのに……。
神崎の変わりように初めはクラス中が騒めいたが、明るくコミュニケーションを取る様子と、その容姿も相まってすぐにクラスメートたちは受け入れた。
その急激な変貌に現在、校内では【遅いイメチェン説】や【恋人が出来て、その影響を受けた説】など、多種多様な噂がまことしやかに囁かれている。
天蘭高校に秘密裏に存在するファンクラブ、【神崎乃亜を陰から崇める会】、通称【K3】なんかは、神崎乃亜に恋人ができた説を聞いた途端、K3の幹部数人が退会。
その後、絶対に恋人がいる事を認めない男達の集団、【妄想派閥】と悟りを得て覚醒した男達、神崎乃亜の恋を応援する集団、【覚醒派閥】の2大派閥に別れ、熾烈な争いを繰り広げているらしい。
彼ら、K3の活動はいずれ、語ることになるだろう(ならない)。
そんな事はさておき、問題は神崎だ。どうしてイニシャルがM・Rの生徒なんか探しているのだろうか。
ここで俺はふと思い出す。あの日、神崎にハンカチを渡したまま返してもらっていない事を……。
あの時のハンカチ……!
アレには俺のイニシャルが書かれていた。物を失くさないようにという母親のお節介だ。だがしかし、事ここに至っては母親を恨まずにはいられない。
このままだと、俺に行き着くのは時間の問題だ。イニシャルがM・Rの生徒なんて、そんなに多くない。
この面倒な体質がバレない為にも、人との関わりはなるべく薄くすます。ましてや学校の人気者と関わってなんかいられないのだ。
しかし、俺はココである事に気付く。
今、神崎はイニシャルがM・Rの天蘭高校の女子生徒を探している……あれ?
よく考えれば問題なんて無いんじゃないか?
神崎が探しているのはイニシャルがM・Rの女子生徒。しかし、俺は天蘭高校では男子生徒として学校に通っている。
うむ、まったく問題無いな。神崎が女子生徒を探す限り、俺に辿り着けるわけ無いのだ。ああ、よかったよかった。
じーーーーっ。
気を揉んで損した気分だ。まぁ、でも最近の悩みの種が無くなって非常にスッキリだ。
じーーーーっ。
まったく……。母さんも余計な事をしてくれたものだ。
じーーーーっ。
ハンカチのイニシャル。あんなものが無ければ、こうして悩む必要もなかった。今度からは、何でも名前を入れないように言っておかないと。
じーーーーっ。
あ〜、それにしてもよかったよかーー
「ねえ、あなた御堂涼太くんよね?」
「……!」
思考に囚われていた俺は、正面から掛かった声に意識を覚醒させる。覚醒して束の間、目の前の人物が誰かを認識する。
かっ、神崎乃亜……!
「……ねえってば!」
一瞬、呆気に取られたが慌てて意識を再起動する。なっ、なんで神崎乃亜が俺に話しかけるんだ!?
「……M・R」
混乱する俺の耳に神崎の呟いた言葉が届く。もしかして、俺のイニシャルがM・Rだから声を掛けたってのか? 神崎……ちょっと積極的すぎるぞ!
「あっ、ああ。俺は御堂涼太だけど……」
とりあえず、神崎の質問に答えておく。声を掛けたといっても、さすがに今のオレと数日前の女子形態のオレを結び付けてはいない筈だ。
「御堂……涼太……イニシャルはM・Rだけど……」
神崎は顎に手を当てて、う〜んと考え込む。よしっ、やっぱり一応声を掛けてみただけのようだ。
「俺に何か用ですか?」
「……ううん、やっぱり何でもないわ。急に声を掛けてごめんなさい。……雰囲気は似てるような気がしたんだけど。……彼は男子生徒だし、私の気のせいね」
後半の声は聞こえなかったが、神崎は諦めてくれたようだ。
ホッ……。
少しヒヤッとしたが、やはり男子形態のオレと女子形態のオレを神崎は結びつける事は出来なかった。まあ、そんな荒唐無稽な結び付け方、普通は出来ないか……。
神崎乃亜との接触というイベントを乗り越え、俺は心底ホッとする。
だからだろう。俺は油断してしまっていた。
俺の前から去る神崎乃亜の首元がチラリと見える。首には俺が神崎にあげた絆創膏が貼ってある。
大きなイベントを乗り切ったと安心し切っていた俺は何の気無しに口を開く。
「あっ、神崎。首の擦り傷はもう大丈夫か?」
俺はこの時の発言を後年、深く後悔することになる。
「……どうして、私の首の傷のことを知っているのかしら?」
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