劔朝日の暴走
俺の必死の宥めになんとか、劔先輩が落ち着いてくれた。
「ところで御堂きゅん。動物の間ではケガは舐めることによって治すそうだよ」
「あー、そんな話は聞いたことありますね。確か、ズーファーマコロジーでしたっけ」
むかし、テレビの動物番組で見た気がする。唾液の殺菌作用とかを使って、傷を早く治すとかだったかな?
「えっと……なんで今、そんな話をしたんですか?」
「え? 御堂きゅんの傷を舐めてあげようと思って」
「お断りします」
「なっ、なんだって……!」
なぜ、そんなにあからさまに驚く。誰が傷を舐めて治してもらおうという発想になるか。いったい、どんなプレイだよ。
動物の間で行われていようが、俺はあくまで人間なのだ。動物の真似をするつもりは無い。
だいたい、一般男子の俺を舐めるボーイッシュイケメン女子とか、そんな悍ましい光景は想像したくもない。
後日、劔先輩のファンの女子生徒から闇討ちにあってもおかしくない。後頭部に気を付けながら送る学生生活とか、絶対に嫌だ。
「なぁに遠慮することはないんだよ、御堂きゅん。一刻も早く治るようにそれはもう、懇切丁寧に舐めてあげようじゃないか」
「いえ、大丈夫です」
「なんなら、舐めるついでに首以外にも傷が無いか確かめてあげようじゃないか。もちろん、傷が見つかれば舐めてあげるさ」
「いえ、結構です」
絶対、個人的な欲望が入ってるじゃないか。
今の劔先輩なら、ホントは傷が無くても嘘を吐いて舐めてきそうだ。こんな公共の場でエグいプレイを見せつける気は無い。
「御堂きゅんもなかなか強情だね。もしかして、ボクが傷を舐めるついでに御堂きゅんに色々とイタズラしたりするとか思っているのかい? ボクは善意100パーセントだよ!」
はい。欲望100パーセントですよね。
そんな欲望に濁った目で説得されても、まったく俺に響きませんよ。自分の目がいかに濁っているか、ぜひ、劔先輩には鏡を見て欲しい。
「むっ……。こうなったら!」
「えっ……ちょっと!」
説得に応じない俺に痺れを切らした劔先輩は、ついに強行手段に出てきた。
一瞬のうちに俺を壁へと追い込むと、その両手両足で俺の手足の自由を奪ってきた。
さながら、プロレスの掴み合いである。掴み合いっていうか、俺が一方的に負けているが。
ナンパ男たちを3分足らずで片付けた劔先輩に俺が叶うはずもなく……。大した抵抗もできずに壁際まで追い込まれてしまった。
もはや、劔先輩のことをボーイッシュでイケメンな女子という認識でいるのは間違いだ。その細腕のどこから、男子である俺を制するだけの力が出ているというのか。
「ハァ……ハァ……! 大丈夫……大丈夫だから!」
いや、絶対に大丈夫じゃないですから!
鼻息が異常なほど荒いじゃないですか!
これ、男女逆の立場ならかなりが見栄えヤバいからね!
女子生徒に覆い被さるように壁際に追い込む男子生徒。その上、男子生徒の目的は女子生徒の首を舐めること。
うん。どう考えても事案ものですね。下手すりゃ警察のお世話になるかもしれない。
「ハァ……ハァ……!」
って、のん気に状況を考察してる場合じゃねえ!
劔先輩は今にも、俺の首の傷を舐めんと顔を近付けている。
「ちょっ……。先輩ッ! ストーップ! ストーーーップ!!!」
「大丈夫……! ハァハァ……! 大丈夫……!」
やっぱり全然大丈夫じゃない!
誰かーーッ! 助けてくれーーーッ!!!
すぐ側に迫る劔先輩の顔に思わず目を閉じる。
母ちゃん……すまねえ! 俺は今日、汚れます……!
「………………あれ?」
しかし、幾ら待っても首が舐められる様子はない。不思議に思って、俺は閉じていた目を開く。目を開けて驚く。
なんとそこには、神崎乃亜がいたからだ。
神崎は劔先輩の首根っこを掴んで、傷舐めを防いでくれている。
神崎さんっ!
この時ばかりは神崎に感謝せざるを得ない。さん付けするのもやぶさかではない。
神崎……ショックから立ち直ったんだな。朝の壊れていた神崎はすっかり、いつもの正常な神崎へと戻っていた。
「ちょっとアンタ……こんな大勢の人間の前で何しようとしてんのよ!」
そうだそうだ! 神崎さん、言ってやってくださいよ!
「ふむ……。別にどうという事はない。御堂きゅんの傷を舐めて治してあげようと思っただけだよ」
「どこのバカがそんな意味不明な治し方を採用するのよ!」
「いや、動物の間では傷は舐めてーー」
「アンタ、人間でしょうが!」
神崎の的確なツッコミが劔先輩に入る。
さすが神崎……!
俺に言えないことを平然と言ってのける!
そこに痺れる……憧れるゥ!!!
「……ボクと御堂きゅんの愛の営みを邪魔するというのかい?」
「愛の営みって……完全に一方的に御堂を襲ってたじゃない!」
いや、ホントにその通り。俺の方がハッキリと営むことを否定しているのに、愛の営みとはこれいかに。
「フフフフフ……! ボクと御堂きゅんの営みを邪魔するなら、いくら可愛い女の子が相手でも容赦しないよ!」
「上等よ!」
ついに口喧嘩をやめて、2人ともが実力行使に出る。
両手を掴み合って牽制し合う様子は、くしくもさっき俺が例えたプロレスの正しい掴み合いの様相を呈している。
「ていうか、御堂きゅんってなによ! きゅんよ! きゅん! 自分で言ってて恥ずかしくないの!」
「なにを言う! ボクなりの精一杯の御堂きゅんへの愛情表現だ! 御堂くんより御堂きゅんの方が可愛いじゃないか!」
「高校生にもなって、きゅんって呼んでんのが痛いって言ってんのよ!」
「なにを〜〜〜ッ!!!」
個人的には、神崎さんの意見が正しいと思います。高校生になって言うのもヤバいが、俺が今、男性形態であることもヤバさに拍車をかけている。
それにしても、神崎なんか強くないか?
劔先輩相手に一歩も引けを取ってないんですけど。
あれ、アナタ昨日、たくさんの男に追われて震えてましたよね? いつの間にパワーアップしてるんですか?
俺なんて2秒で壁際に追い込まれたんですけど。
「だいたい、キミは御堂きゅんのなんなんだ! どういう関係なのか言いたまえ!」
「わっ、私は……!」
ここで初めて、神崎の方に動揺が走る。確かに、俺と神崎の関係はどう言い表せばいいものか……。
「私は……私と御堂は……」
友達? 知り合い?
どっちも正しい気もするし、違う気もする。
さて、神崎の返答やいかに。
「……たがいに下着を見せ合う関係よ!!!」
「なにぃぃい!?」
おう……神崎さん。
確かに……確かに見せ合いましたけど……。
でも、この状況でチョイスすべき言葉じゃ絶対無いっすよ……!
「ぬぅぅぅ! ボクだってまだ御堂きゅんの下着は見たことが無いのに! 羨ましいぞぅ〜〜〜ッ!!!」
「はっ、ハハハ! どうよ! これが私と御堂の関係よ! もう、言葉では表せないほど親密な関係なのよ!」
なぜ、そこで自慢するんですか、神崎さん。
見てくださいよ。教室中が神崎さんの爆弾発言に騒然としてますよ。いまや、神崎と劔先輩の爆弾発言を聞いて、クラスメートの反応は様々だ。
只々、驚くだけの生徒。
今にも俺を殺してやりたいと睨む男子生徒や女子生徒。
不潔と言いながら、俺にゴミムシを見るような軽蔑した視線を向ける女子生徒。
爆弾発言に興奮して鼻血を流す生徒。
様々な生徒がそれぞれの反応を見せ、教室の中はカオスと化している。これ、誰が収集つけるんだよ。
よし。こういう時はアレだな。いつものアレで行こう。
【逃げる】。
これしかない。
「失礼しましたーーーーッ!!!」
覚悟を決めた俺は、一目散に教室からダッシュで逃走するのだった。
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