ドアの隙間の住人
現在、時間割はちょうど昼休みの時間。
「神崎は大丈夫だろうか……?」
壊れた神崎を置いて、学校に登校した俺は思わず独り言が漏れる。
俺の不用意な発言? ですっかり壊れてしまった神崎は今、俺の家で療養しているところである。現在は、母が神崎の様子を見守ってくれている。
いつまで壊れた状態が続くかは分からないが、あんな状態の神崎を放っとくわけにはいかない。まあ、神崎の親と連絡が取れれば、すぐに帰すつもりではある。
しかし、あんな状態の神崎を返していいものか……。
娘が一晩のうちに全肯定マシーンになるなんて、誰が想像できるものか。
親御さんになんて説明すればいいんだ……!
一刻も早く、神崎が回復することを祈ろう。
しかし……ありえない程の濃厚な時間を休日に過ごした所為で、学校に来るのが久しぶりな気がする。
ここ数日の出来事は我ながら、非常識なことばかり起きていると自覚している。誰かに言っても、信じてもらえないかもしれない。
非常識な出来事の中には、俺のTS体質が関わっているのも否定できないが……。
TS体質の所為でこんな事になったとも言えるし、TS体質のおかげで窮地から逃れられたとも言える。
TS体質の恩恵とでも言うべきものの一つは、劔先輩の存在だろう。間違いなく、劔先輩がいなかったら、俺と神崎はエロ同人誌的展開になっていた。
そうなったら、目も当てられない。なんせ、俺の心は男なのだから。
劔先輩には本当に感謝している。
まあ、TS体質の恩恵とでも言うべき劔先輩がTS体質の呪いとして転化する可能性は大なのだが。
すぐに助けに来れたのも、劔先輩が俺をストーカーしていたからだしな……。一日中、そこかしこから感じる視線を無視して良いものか?
ほーら。今もどこかから視線が……。
「ッ!」
視線の感じる方向に勢いよく振り向く。振り向いた先、教室のドアの隙間からは、目を爛々と妖しく光らせた劔先輩がこっちを見ていた。
「ひぃ!」
思わず、悲鳴が出てしまった俺を責めないでほしい。あんな狂気的な目で見つめられたら、誰だって貞操なり、命の危機を感じて、悲鳴を漏らすに決まっている。
漏らさない自信があるヤツは是非、挑戦して欲しい。
やってみろやーー!!!
「ハァ……」
しかし、助けられた手前、このまま放置するというのも気が引ける。
放置したいのは、やまやまではあるのだけど。
放置したいのはやまやまではあるのだけど(大事な事だから2回言いました)。
「あっ、あの〜、劔先輩?」
「……! フフフフフ……み、ど、う、きゅん!」
「ヒエェェェ……!」
やっぱり話し掛けるんじゃなかった……!
俺は話し掛けて1秒で後悔した。
今すぐ、一目散に逃げ出して、トイレの中に小一時間引きこもりたい……。
話し掛けられた劔先輩はドアの隙間越しに、笑っている。
ただし、この笑っているという言葉の前には『狂気的に』という言葉が漏れなく付属するが。
「みっ、御堂きゅん……! 昨日はあれから、何もなかったかい?」
「えっ、ええ。何事もなく帰宅させてもらいましたよ」
本当は神崎が気絶するという大事件があったが、劔先輩に伝える必要はないだろう。
「それはよかったよ。もし、御堂きゅんの身に何かあったら……ボクはどうなっちゃうか分からないよ!」
ええ、知ってます。昨日の件で劔先輩の恐ろしさは嫌というほど知りました。なんといっても、最終的には加害者のはずの男たちの方に同情してしまうほどでしたからね。
あと、劔先輩。俺の名前を呼ぶときに『くん』じゃなくて『きゅん』と呼ぶのは辞めてくれませんか?
見てください。クラスメートが聞き間違いかとしきりに耳を気にしていますよ。
今は聞き間違いで通っているが、いつ聴覚の不調ではないと気付かれるのも時間の問題だ。
「えーっと……そんなところに居ないで教室に入ってきたらどうですか?」
ドアの隙間越しに話すという構図は目立ってしかたない。これならいっそ、教室で堂々と話している方がまだマシだ。
「ふむ。では、お言葉に甘えさせてもらおうかな」
ドアの隙間の住人であった劔先輩が、教室の中へと入る。
「……!」
ドアの隙間にいた時は顔以外ほとんど見えなかかった所為でどことなく、狂気が漂っていた。でも、こうして全体像を目にすれば、さすが天蘭高校の王子様という風格を漂わせている。
全女子が憧れる生徒ナンバーワンは伊達ではない。
「フフフ。御堂きゅん、そんなに見つめられたら、下腹部が熱くなってしまうよ……!」
あっ、やっぱり気のせいだったかも。
喋るとせっかくのイケメンも台無しになるな。
顔はイケメンなのに、発する言葉は残念という温度差のギャップに風邪を引いてしまいそうだ。
幸い、教室の人間には聞こえてないみたいだが、劔先輩の下腹部が熱くなる発言を聞いたら、憧れる女子たちが発狂するんじゃないか?
いや、逆に興奮する変態も一部には存在しそうではあるが。
「ハァ……」
「おやおや、どうしたんだい御堂きゅん? キミがため息を吐くなんて、幸福が逃げてしまうよ?」
「えっと、ちょっと心労が……」
「心労? キミの心労がなにかは分からないが、良ければ私がキミの心労を癒してあげよう」
「いえ、今回は遠慮しておきます」
心労の原因はあなたですから。どう心労を癒してくれるかは知らないが、逆に心労が増す気がしてならない。
「うーむ、そうかい。ならば、癒すのは今度ということにーー!」
「どうかしましたか?」
突然、言葉を遮った劔先輩に尋ねる。劔先輩は俺の方を見て、驚愕に目をこれでもかと開いている。
「みっ、御堂きゅん……! それはなんだい……!」
劔先輩が俺の首あたりを指差す。言われて、俺も首あたりを手で探る。
「ん? ああ、切り傷ですね。昨日、追われてる時に切ったんでしょう」
言われて気付くぐらいの小さな傷。触らなければ、痛みも特に感じない。
「御堂きゅんに……傷を……!!!」
あれ、劔先輩の様子がおかしい。身体がやたらと震えているし、眼もやけに鋭い。
もしかして……ものすごく怒ってらっしゃる?
「アイツらを生かしたのは間違いだった! 今すぐ、息の根を止めにいかなければっ!!!」
「ちょ、ちょっとちょっとーーー!!!」
突如、走り出そうとした劔先輩の腕を反射的に掴む。
よく掴んだ俺! ナイス反射神経だ!
俺に腕を掴まれている劔先輩は、今すぐにでも男たちを殺さないと気が済まないらしく、悪鬼の如く顔を変貌させている。
これ俺が止めなかったら、冗談じゃなくこの人、男たちを殺しに行ってたぞ!
男たちに決して良い感情は持ってないけど、さすがに死んで欲しいとまでは思っていない。
なんとか、劔先輩を止めなくては!
「劔先輩ッ! 俺ッ、気にしてませんから! あんな奴らの為に先輩の手を汚しちゃダメですよ! だから、一旦落ち着きましょう!!!」
「うっ、ううぅぅ。……本当に気にしてないのかい?」
「本当です! ガチのマジです! この身に賭けて本当ですから!」
「うーん……。なら、とりあえず息の根は止めないでおくよ……。」
「はっ、はい……」
よかった……。本当によかった。
危うく、天蘭高校から殺人者が出るところだった。もし、この学校から殺人者が出たら、俺は校長に顔向けができなくなっていた。
しかも、原因が俺の首にできた小さな切り傷。
そんなアホらしい事件、恥ずかしくてテレビのワイドショーでも放送できないぞ。
俺に止められたとあって、劔先輩もなんとか落ち着いてくれた。しかし、この人、何をしでかすか分からないな。
「面白かった!」
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