騒動のあと
常人離れした劔先輩の力でなんとかナンパ男から俺たちは今、警察から事情聴取を受けていた。
どうやら、助けに来る前に、事前に劔先輩が呼んでくれていたらしい。さすがに、女性1人で男性8人の相手をするのは無理だと思ったらしい。
そう説明されれば、「ああ、なるほど」と納得できる。
たった1人で8人を一瞬で蹂躙した光景が俺の中で印象的過ぎて、劔先輩が助けを呼ぶという行為に違和感が生じたのだ。それほどまでに、劔先輩が披露してくれた蹂躙劇は衝撃的だった。
劔先輩の方は、「結局、1人で十分だったけどね。キミの声がボクの力を引き出してくれたのさ」なんて溢していたが、俺の声にはバフ効果でもあるのだろうか?
もしあったら、その仕組みを解明せんと世界中から怪しい機関やら人間が俺に殺到すること間違いなしだ。まあ、バフ効果なんてあるわけないのだが……。
「はい。ですので劔先輩……じゃなくてアチラの女性は私たちを助けるために仕方なく拳を振るってしまったわけでして……」
とりあえず、俺と神崎は今、劔先輩の男たちへの武力行使が正当性のあるものだと警察に主張している。
俺たちを助けるためとはいえ、劔先輩が男たちに暴行を加えたのは事実である。知らぬ存ぜぬと放置すれば、劔先輩が窮地に立たされる可能性も少なからずある。
俺と神崎は、そんな状況にならないためのストッパー役ということだ。助けられた手前、事情聴取くらい喜んで受け入れるさ。
最終的に、劔先輩の正当性を示すことができたのは2、3時間後のことであった。
どうも、警察の方は8人も相手にしたというのに劔先輩に傷一つないのが引っかかったらしい。俺と神崎は、それはもう劔先輩の無双っぷりをどうにか伝えようと四苦八苦した。
なんせ、事実をそのまま伝えるたびに警察の方が「いやいや、漫画やアニメじゃないんだから」と聞く耳を持ってくれなかったのだ。
説得の最中に昏倒していた男たちが目を覚ましたのも良くなかった。目を覚ますなり、男たちは異常なほど劔先輩に対して怯える姿を見せた。
あまりに見事な怯えっぷりに警察の方がどっちが被害者か分からなくなって、そこからまた説得するのに一悶着あった。
結局、劔先輩の発した「ボク、演劇の戦闘を本格的に見せるために武道も習っているんです」という一言でなんとか警察を説得することが出来た。
ちなみに、後でこっそり聞いたが、劔先輩が武道を習ったことなど無いらしい。あの場を乗り切るために言ったと劔先輩本人が証言した。
武道経験も無しで大の大人を蹂躙する劔先輩……まじやべぇわー……。
「キミたち、事情は分かったからもう帰りなさい。もう子供が出歩いていい時間じゃない」
「あっ、帰りは親が車で迎えに来てくれるそうなので、それまでここで待ってます」
「そうかい。なら気を付けて帰りなさい」
「はい。色々とご苦労お掛けして申し訳ありませんでした」
警察にお礼を言うと、警察の方は一度敬礼を挟んだ後、この場を去っていく。
警察が去ったあとには、俺と神崎だけが残る。ひとけの無くなった通りには、ヒューヒューと風の音だけが響く。
神崎は親が今、家にいないということで相談した結果、俺の親が神崎もまとめて送迎をするという事で結論が出た。
劔先輩の方は俺たちよりもいち早く、迎えに来た母親の車に乗せられていった。
帰り際に、「今回の件のお礼は、また後日お願いするとするよ。御堂きゅん!」と耳元で囁かれた時には思わず、貞操の危機を感じずにはいられなかった。
劔先輩が俺を男としてか女としてか、どっちの意味で狙っているかは分からないが、とにかく一つだけ分かっていることがある。隙を見せたら喰われるということは……。
劔先輩の眼光を思い出して身震いしながらも、俺は帰りの車が来るまで待つ。俺の家はここからかなり遠い。必然的に待つ時間が長くなるが、神崎も俺も一言も喋らない。
「…………」
「…………」
劔先輩の乱入後、神崎は必要最低限のこと以外は俺と喋っていない。ショックなことがあって落ち込んでいるのかとも思ったが、どうやらそんな様子でも無い。
「ねえ……」
「なっ、なにかな乃亜ちゃん!?」
沈黙を貫いていた神崎がついに口を開く。
「私、劔先輩が言っていた事について考えてたんだよね」
「なっ、なんか変なこと言ってたかなあ……?」
変なことしか言ってません、ハイ。我ながら誤魔化すのが下手すぎる。
「劔先輩……鈴ちゃんのこと御堂くんって呼んでた。鈴ちゃんは女の子なのに。どういう事なの?」
「きっ、聞き間違いだよ! きっと御堂ちゃんって言おうとしたんだよ!」
「…………」
「それが訛って御堂ちゃーん、御堂ちゅわーん、御堂くわーん、御堂くーんって感じになっただけだと思うよ! うん! きっとそうに違いない!」
「…………」
苦しい言い訳に神崎はジト目で俺を見つめる。
お願いだから、そこら辺はあまり突っ込まないで下さいませんか、神崎さん。もう、こっちはいっぱいいっぱいですよ。
「……それで納得すると思わないでね。きちんと説明して貰わないと私、今日は帰らないから」
「えー、えーっと……」
なにか上手い言い訳を探すが、どんなに考えて言い訳が出てこない。
ううぅ……。いったい、俺はどうすればいいんだ……。
なにか考えろ。なにか考えろ。なにか考えーー
「ッ!」
おいおい、マジかよ……!
ここでアレが来るなんて……!
ヤバイ……。この感覚、来ちまった……!
TSの予兆が……!!!
すぐに現在時刻を確認する。現在時刻は23時過ぎ。TSの兆候が来るにはいつもより早い。
但し、TSの兆候はその日の体調などによって1時間前後のズレが起きる。運悪く、それが今日来てしまったというわけかよ……。
急いで、持参していたカバンから性ホルモン抑制剤を取り出そうとする。しかし、カバンのどこを探しても、入れたはずの薬が見つからない。
まさか、男たちから逃げる途中で落としたのか!
マズイ、マズイ、マズイ!!!
このままじゃ、神崎の前でTSすることになってしまう!
そうだ! とにかく神崎から離れるんだ!
言い訳はあとで幾らでもすればいい。今はこの場から去るのが先決だ。
俺は神崎から離れようと走り出そうとする。
「ちょっと! どこに行くつもりなの!」
「ッ!」
しかし、逃げようとした俺の腕を神崎が捕まえる。振りほどこうと力を入れるが、その細腕のどこにそんな力があるのかという腕力で神崎は俺の腕をガッチリ掴んで離さない。
「クッ……!」
ヤバイ……。TSの兆候である身体中を蟻が這い回るような感覚が強くなる。
「離してッ! お願いだから……乃亜ちゃん!」
「イヤだよ! 鈴ちゃんがきちんと説明するまで私、絶対離さないから!」
俺の説得も今の神崎には無駄骨に終わる。神崎も冷静さを失っている!
「クッ! うぅぅ……!!!」
そうこうしている間にも、TSの兆候が今か今かと襲い掛かってくる。
ああ……。
もうダメだ……!
見られてしまう……。
劔先輩だけじゃなく、神崎にまで……!
「んっ! クッ……!!!」
ついにTSが始まってしまった。
女性であった身体が次々と男らしい体つきに変貌を遂げていく。さっきまであった女性の象徴である胸が消え去り、逆に男性の特徴が下腹部に現れる。
数分後、俺は完全な男性へと変化を終える。
「えっ……。どうなって……! 鈴ちゃんが男になって……! それが御堂で……!」
TSの一部始終を目撃した神崎は目の前の状況に強い動揺を表す。
無理もない。目の前で女の子が突然、知り合いの男に姿を変えたのだ。俺だって、当事者でなければ動揺している。
「あああああ……! 鈴ちゃんが御堂で、御堂が鈴ちゃんで、鈴ちゃんが御堂で……ぴぅぅうう……!」
あっ、神崎が気絶した!
「面白かった!」
「続きが気になる、読みたい!」
「今後どうなるのっ……!」
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