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第四十六話

 恋は人を盲目にさせる。実の所、俺はそこまでの恋をこれまで体験した事は無かった。そう、これまでは。彼女と出会う前は。


 彼女と出会ったのは両親が無理やり組んだお見合い。ボイコットする気満々だったが、相手はまだ大学生だと聞かされた。まだうら若き女性に同情したのか、それとも見下しているのか。俺は自分の考えですら理解出来ない。所詮はボンボンだという事か。


 ともかく、お見合いの相手がまだ学生だと聞かされ、ボイコットするわけにはいかない、そう思ってしまった。いい歳した大人が約束の席を突然キャンセルする、それはあからさまな失望感を与えるだろう。そんな会ったこともない人間にそこまでの配慮が必要だとは思わないが、相手が学生となれば話は別だ。多感な彼らに舐められるような事はあってはならない。その辺の誰かに失望されるのは一向に構わないが、彼らだけには舐められたくない。意味不明なプライドが俺をあの場に連れ出したのだ。


 一目惚れだったと思う。呆れるくらいに一瞬で恋に落ちた。これまで恋なんて本気で体験した事のない俺が、それが恋だと脳天に知らしめられる程に。いや、脳天じゃない。恋は腹に来る。彼女の事を考えると兎に角、腹が減る。


 レクセクォーツというIT企業が俺の職場。最近はIT関連から外れ、ペットショップや本屋、それから……芸能界にも首を突っ込みだしている。俺はそんな芸能界への一番槍を命じられた運の無い社員。

 そんな俺の携帯が着信を知らせてきた。番号は表示されているが誰か分からない。ちょうど食堂で食事中だったのもあって、その場を一端離れて、中庭にまで出て電話へと出た。


「……もしもし」


『お久しぶりです。覚えていますか? 高校の時に同級生だった鷹野です』


 鷹野……忘れるわけが無い。高校時代、何かと俺がライバル視していた相手だ。向こうは微塵も気付いてないだろうが。名前はたしか……。


「あぁ、宗吾君か。久しぶり。よく番号分かったな」


『貴方が先日お見合いで会った……彼女から聞きました』


 一瞬、心臓が破裂しそうになった。学生時代、スポーツでも勉強でも俺とタメを張っていた同級生。一方的にライバル視していたのに、大学には進学しなかった彼。何だか勝ち逃げされたような気分だったが、ここにきて……俺が本気で恋を憶えた相手とまさか知り合いだというのか。


「知ってるのか? 彼女の事」


『ええ、私が劇団に所属している事はご存じだと思いますが、そこの看板女優だったんですよ、彼女。私の妹弟子でもあります』


 劇団……? 確かにそんな話は聞いた事があった。だが学生時代、当の本人からその話を聞いた事は無い。噂程度にしか俺も耳にしていなかった。


「で、何の用だ? まさか同窓会のお誘いじゃあるまいし」


『それもいいですね、久しぶりに顔を合わせたいですが……。その前に一つだけ確認を取りたいと思いまして』


 確認……?


「何の?」


『彼女……紗弥さんの事です。貴方は連絡先を渡したようですが、彼女の事をどう思っていますか?』


 随分、単刀直入に聞いてくる。いや、そう感じるのは俺だからだ。俺が彼女に恋をしているから、そう感じるのだろう。宗吾君にとっては、可愛い妹弟子が心配なだけなのだろう。


「あー、顔見知りの君に言うのも何だけど……彼女といい関係を築ければいいと思ってる」


 気のせいか……? 電話の向こうで、驚きの声が一瞬上がったような気がした。


『……それは、形式上の事では無く? 彼女に恥をかかせまいと……』


「いや、そうじゃない。電話で話すような内容じゃないな……。今度会えないか? 君が彼女と親しいなら、色々とアドバイスも貰いたいし」


『……成程』


 どういう意味の成程だ? なんだ、なんか怖い。

 というか鷹野という男はこんな奴だったのか。妹弟子とは言え、同じ劇団に所属している人間という、言ってしまえば他人だ。そんな人間のためにお見合い相手へと確認をしてくる。高校時代の鷹野はもっとクールというか……物事を遠目から見ているような印象があったが。


『……お見合いをした貴方にこんな事を言うのもなんですが……彼女と私は恋人関係です。出来れば彼女には今後関わらないで頂きたい』


 思わずスマホを落としそうになった。肩から力が抜ける……と言えばなんか肩の荷が下りたみたいな意味合いになってしまうが、そうじゃない。本当に肩から力が抜けてしまう程にショックだったのだ。


「……ほ、ほぅ? それは……初耳だな」


『告白したのもされたのも……昨日の事ですので』


 一体、何があった? というか俺がお見合いで彼女と出会った直後に?

 いや、そんな事はどうでもいい。大事なのは……こいつは今、明確に俺のライバルとなったという事だ。学生時代から一方的なライバル関係だったが、今回ばかりはそうはいかない。


 俺の中で何か、熱い物が生まれた。腹の中で何か熱い炎のような物が燃える感触がする。


「鷹野……宣戦布告と受け取っていいな」


『はい? え、あの』


「首洗って待ってろ。あとID教えろ、こちらで店を押さえておく。逃げるなよ」


『いや、あの、ちょ』


 そのまま一方的に電話を切った。あ、ID聞くの忘れた。まあいい、ショートメールで聞けばいい。


「……っ、そうか、こう来るか、恋愛の神様よ」


 これまで本気で恋愛などしてこなかった。

 そしてとうとう、本気で恋という果実に齧りついた瞬間……蛇は違う誰かを誘惑していた。蛇が神様なら、かば焼きにしているところだ。だが蛇は……あのお見合いを企画した人間。たしかあの子の母親だったか。


「燃えてきた」


 恋物語などフィクションだと思っていた。ロミオとジュリエットなど、所詮ただの作り話だと。だが俺は今、こう思っている。俺がロミオになってやる。毒を飲むのは俺だ。





 ※





《数時間前、というか朝》



「へー、ハーフなんだ、シアちゃん」


「うむぅ。母親がノルウェー人なんだぜ。ちなみに兄が二人程いるが、そっちは純日本人の見た目してるから、母親の遺伝子は全て私が受け継いだみたいな感じ」


 ほぅ、お兄様が二人も。なんか羨ましいな……。私は一人っ子だったからな。

 温泉……では無く、銭湯のお湯に浸かりながら、私は金髪美少女であるシアちゃんと駄弁っていた。見れば見る程美少女だな。顔とか小さいし、とても私と同じ人間とは思えない程。シアちゃんに比べたら……私はコボルトだな。ファンタジーの犬みたいなモブが私。柴犬の獣人がいいな。


「ちなみに母親の名字はサーガラっていうんだぜ。変な名前ダロ」


「サーガラ……ノルウェーでも珍しいの?」


「よくしらんけど」


 なんじゃそりゃ、と笑い合う私達。というかサーガラ……なんか最近、そんな名字を聞いたような聞いてないような……。


「紗弥は? 何してる人? あ、ちなみに私は高校生だぜ」


「女子高生かーい、今日学校は? こんな時間に銭湯入ってて間に合うの?」


「今日は撮影あるから学校いかないんだー」


 撮影……? まさかとは思うが……モデルさん!?


「私は……大学生だけど、今は劇団設立にむけて奔走してるっていうか……」


「へー、劇団作るんだ。おもしろそー。私も入って良い?」


「シアちゃんさえよければ是非……というか、シアちゃんってモデルさんか何か? 撮影って……」


「あぁ、ううん。モデルじゃなくてアイドルしてる。Drones(ドローンズ)っていうやつ」


 ……一瞬、目の前が暗くなった。

 いや、滅茶苦茶知ってる。今をときめく……というか、超有名人!

 なんで気付かないよ! 私!


「あ、あぁぁぁぁあ! ほんとだ! アイドルだ! テレビで見た事ある!」


「あはは、時間差で驚かれたぜ」


「何してんの?! こんな……所で」


「私の家の近くじゃ、ここしか無いんだよね、銭湯。好きだからこの時間にもうお湯張ってもらってるんだぜ」


 と言う事は……このお湯は正真正銘一番風呂と言う事か。

 なんてこった、アイドルはそんな特権を有しているというのか。銭湯を朝六時から営業させるという荒業を……!


「あー、でももうこんな時間かぁ。紗弥、ID教えてよ、SNSの」


「いいけど……うわぁ、アイドルの友達出来ちゃったよ……」


「劇団の話、形になったら教えてね。私は本気だぜ」


 うわぁー……凜ちゃんといい、どんどん有名人に興味を示して頂いてるぅ……なんか先行きが不安すぎる……。


 そのまま脱衣場に移動して服を着て、ロビー……というか下駄箱の方に。

 すると既に純君はそこのベンチでジュースを飲んで待っていた。むむ、ちゃんと待ってたのか、優しい。


「純君、おまたせ」


「あぁ……おせえよ……って」


 シアちゃんを見て固まる純君。なんだ、どうした? あまりに美人さんすぎてビックリしてる?


「……兄ちゃん?」


 ……はい? 兄ちゃん?

 あれ、そういえば……純君の名字って……相樂……さがら……サーガラ……


「お前、なんで……」


「兄ちゃん! ちょっとだけ心配したぜ!」


 そのまま純君に飛びつき&抱き着いて床に押し倒すシアちゃん。純君は見事に受け止める。


「うわあぁぁぁん! なんで家出なんてしたんだよぉぉぉ、兄ちゃんがいないと、誰が私のアボガド食べてくれるんだよぉぉぉぉ」


「食え! 栄養あっから! っていうかどけ!」


「うえええぇん、冷たいぃぃぃ、でも兄ちゃんだぁぁぁぁ」


 なんて感動の再会。ヨカッタヨカッタ、めでたしめでたし……。

 老兵は帰らせて頂くよ……


「おいコラ! 待ってたのに一人で帰ろうとすんじゃねえ!」


 いや、だって……邪魔しちゃ悪いかなって……。





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