副ギルドマスター → パーティ
どういうことだろう? アイテムバッグを誰からもらったかを知ってなにか意味があるのかな? これは父さんから借りているものだからもう十五年以上ポルック村にあったもの。この街に覚えている人なんていないと思うんだけど。
「これはもらったのではなくて、父から借りているものでいずれ返す予定のものです」
一応相手は副ギルドマスターだし、変に誤魔化さずに正直に答える。自分のものじゃないってことをちゃんと伝えておけば、売ってくれとか寄越せとか迫られても借りものですから駄目という抗弁もできる。
「そうか……あげたんじゃなく貸しただけ、か。相変わらず堅いやつだ……」
僕の回答を聞いたゴートさんはそのいかめしい顔をほころばせてため息をついている。でもその呆れたような言葉とは裏腹にどこか嬉しそうにも見える。
「あの……どういうことでしょうか?」
「ああ! 悪いな。さっき一階でそのバッグを見つけて、どうしても持ち主と話をしたくてな」
「なぜでしょうか? こんな形のバッグなんてアイテムバッグでなければいくらでもありますよ」
「確かにな、だがお前の持つそれだけは俺……いや、俺たちにとっては特別だ。お前にそれを渡したのはガードンとマリシャ。そうだろ?」
にかっと白い歯を剥き出しにして笑うゴートさんが、あまりにも無造作に放り込んできた名前に僕たちは思わず固まっていた。ここまできて実感したけど、ポルック村は本当に田舎だ。そんなところに十五年以上も住んでいる父さんと母さんの名前が街にきた初日に出てくるなんて思いもしなかった。
「どうして……僕の両親の名前を」
「お前の名前も知ってるぜ。リューマ、そうだろ? あいつからの手紙がきたのはずいぶん前に一度だけだが、そこにはお前のことも書いてあったからな」
「……もしかして、この街で冒険者をやっていたころの父さんと母さんを知っているんですか?」
答えがわかりきっている質問だ。父さんたちがあのポルック村から、わざわざ手紙を出そうと思うほどに関係が深い相手なんだから……。
「ああ、お前の両親とはパーティメンバーだった。盾役の俺、攻撃役のガードン、回復役とサブのアタッカーのマリシャ、そして魔法使いがもうひとり。当時の俺たちはこの街の冒険者の中でトップを争うほどの有名なパーティだったんだ」
「そうなんですか! 冒険者時代の話を父さんたちはあまりしてくれないので……知りませんでした」
それを聞いたゴートさんはあきれたように肩をすくめて見せた。
「あいつはまだ、気にしてやがるのか……」
「あの……父さんたちがなにか?」
「ああ……俺たちのパーティはな、個々の実力もさるものながらパーティとしてもバランスも取れた優秀なパーティだったんだ。俺たちが一度ダンジョンに潜って出てくれば、しばらく遊んで暮らせるくらいの稼ぎがだせるくらいにな。だがある日、ガードンが急にパーティを抜けると言い出したのさ。理由はお前たちもわかるだろう?」
僕は頷く。街で虐げられていた人族以外の人たちと街を出て、皆が笑って暮らせる場所を作るために辺境のさらに外へと旅立ったんだ……そうしてできたのがポルック村だ。
「そうすると、ガードンに惚れていたマリシャも一緒に着いていくことになってな。アタッカーとサブアタッカー兼ヒーラーがぬけたら、残ったタンクとメイジふたりじゃ連戦が続くと厳しいし、ダンジョンで長時間は戦えない。だからといって新しいメンバーを増やそうにも、俺たちに見合う実力のあるやつはみんな他のパーティだった。それならばと、一から誰かを鍛えるのも面倒だったからな。ガードンたちが旅立つと同時にパーティは解散だ」
「……」
「おっと、勘違いするなよ。俺たちは別にそんなことを気にしちゃいない。一緒に冒険していたときは楽しかったし、わざわざ困難な道を選んだあいつを馬鹿な奴だとは思うが……尊敬もしている。だから俺たちはパーティの財産として所有していたそのアイテムバッグを餞別としてあいつに渡したんだ」
そうだったのか……ポルック村から離れられなかった父さんは、実際にゴートさんたちにアイテムバッグを返す日がこないことをわかっていた。だけど、父さんはいつかこのアイテムバッグをゴートさんたちに返すことを忘れていない。だから僕に『貸して』くれたんだ。
ゴートさんは昔を懐かしむように目を細めると、ゆっくりと席を立った。
「邪魔して悪かったな。リューマ、忠告だ。お前は気付いていないだろうがお前の立場は、実は危うい」
「え? な、なんででしょうか? 僕たちは今日、街に着いたばかりなのに」
ゴートさんは僅かに表情を歪めると小さな溜息をつく。その表情には現状に納得がいっていないというのがありありと見て取れる。
「いいか、覚えておけ。ガードンはここの領主に現在も嫌われている。だから、ポルック村の名前は出さないほうがいいし、領主には近づくな。それからギルドマスターも領主のいいなりだから、基本的にはかかわるな。なにかあればレナリアを通して俺のところへ持ってこい。さっきの新ダンジョン発見の報告も俺のところで預かっておく」
「は、はい」
「それと昔ほどじゃないが、いまでも獣人や亜人が攫われたり奴隷に落とされたりすることがある。仲間の嬢ちゃんたちをしっかり守ってやれ。見た目を幻で誤魔化すアイテムも希少だがないわけじゃない。探してみるのもいいだろう」
ゴートさんの言葉にリミとシルフィの体が強張る。想像以上に厳しい街の状況に萎縮してしまったのだろう……父さんたちはこんな街をなんとかしたかったのかな? でもこの街を変えることはできなかったから、この街の外に未来を求めたのかも知れない。
「最後にレナリアだがな……あいつも冒険者に憧れ、冒険者が好きな娘だった。ある事情があって、冒険者をやめてからも冒険者に関わっていたいからと受付嬢になった。それからは冒険の虫が疼かないように坦々と業務をこなす毎日だったんだが……どうも将来有望な冒険者の卵を見て火が着いたようだ。ああなるとちょっとうるさいだろうが、彼女は優秀だ仲良くしてやってくれ」
「はい」
「よし。じゃあ、またなリューマ。こんどゆっくり村での話を聞かせてくれ」
ゴートさんは笑いながら部屋を出ていった。あれが……父さんと一緒のパーティを組んでいた人。見た目も、器も大きい人だ。




