壁 → 少女
九階層のボスを倒し、十階層へ向かう途中、強制的に十階層へ落とされたリューマたちはそこでなにかに遭遇する。
【音波探知】では坂道になった階段以外に出口らしいものはない。探知に引っかかった相手が危険な存在なら、僕たちが坂道をのぼるは無謀。しかも僕たちの存在はすでにばれているらしいから、このまま視界が悪いのは僕たちにはデメリットしかない。なら! 僕は【光魔法】で光源をつくって天井に放つ。
強めに魔力を込めて作った明かりだから、しばらくは天井付近でここを照らし続けてくれるはず。
龍貫の槍を構えて照らされた空間の中をざっと見回したけど、本当になんにもないがらんとして殺風景な四角い空間。大きさは天井まで三メルテ、幅と奥行きが二十メルテくらい?
『リューマ……一番奥の壁だ』
タツマの言葉に僕はうなずく。音波探知でなにかがいると感じたのも同じ場所だった。僕の作り出した光源も、一番奥の壁までを照らしきれているわけじゃない。壁際はどうしても薄暗くなってしまう。
慎重に部屋の奥へと進んでいって、その薄闇に眼を凝らすとそこにはうっすらと人影のようなものが見える。
「誰かいるんですか?」
とりあえず襲ってくるような気配もないので、一応声をかけてみる。もしかしたら僕たちみたいに、この部屋に落とされてきた冒険者だって可能性もあるからね。
「やっとここまで来てくれた。ねぇ、もっと近くにきて」
どこか楽し気な声だ。声の感じからするとまだ成人する前くらいの女の子の声に聞こえる。
「どうするの、りゅーちゃん」
「……とりあえず声に敵意は感じないし、このままじゃ僕たちも出られないから」
「リューマ様、『道』がまだ繋がっていますから帰れますよ」
「あ、そうか」
シルフィには低階層での経験を十分積んだあと、低階層を飛ばして探索ができるようにダンジョンの入り口に【精霊の道】を設置してもらってあるんだった。だから、シルフィがここに入り口を開いてくれれば脱出はできる。
「じゃあ、シルフィはいつでも脱出できるように『道』の準備をお願い」
「わかりました」
小声でシルフィに退路の確保を頼んだ。正直言って逃げられる算段がたったのはありがたい。これなら声の主の姿を確認するくらいはしても大丈夫かな。 僕はもうひとつ小さな明かりを作ると壁際の天井付近に向かって投げる。その光に照らしだされたそこには……。
「おんなの……こ?」
「ねぇ、ねぇ、あなたたちが人間っていうんでしょ。わたし、ずっと見てたんだよ」
壁にハマっているかのように体の前面部だけを浮き出させているのは、見た目だけは少女の姿のなにか……? 服なんかは着ていないし、色は壁と同色だし、人間の体とは細部が違っていて凹凸がなくタツマの世界のマネキンみたいだ。
「きみは……なに?」
「え? わたし? …………あれ? なんだろう? あなた、わたしがなんだか知らない?」
ちょ、ちょっと! なんで僕が聞き返されちゃってるの? しかも自分のことがわらないとかどうすればいいのかわからないよ。
「僕はきみのこと知らないんだけど……いつからここにいるの?」
「……いつから? あれ、いつだろ? ……ずっと?」
首を動かすことはできるらしく、首をかしげながら僕に向かって聞いてくる少女の顔はどことなく、リミやシルフィに似ている。つまり顔だけ見ればとても可愛い。でも自分がなにかもわからず、いつからいるのかもわからない……か。とりあえず差し当たっての危険はなさそうだけど。
「じゃあ、名前は?」
「なまえ? それってあなたたちがよく言っている『りみ』とか『しるふぃ』とかっていうやつ?」
「そ、そうだけど……名は体を表すっていうし、その人を説明するうえでとっても大事なものなんだけど」
「ふ~ん……わたし、たぶんないかも? どうやったらもらえるの?」
「普通はお父さんとかお母さんから付けてもらうんだけど……」
「おとうさん? おかあさん? なにそれ? それに頼めばわたしもなまえもらえるのかな?」
どうやらまともな方法で産まれてきた存在じゃないみたいだ。
『リューマ、なにしてんだ! とにかくとっとと【鑑定】しろよ。そうすりゃ名前なんかすぐわかるだろうが』
あ、忘れてた。状況に飲まれて基本的なことを忘れるなんて……とにかく【鑑定】してみよう。
名前:―――――
状態:健常
LV:1
称号:孤独ぼっち(成長率0%)
年齢:114歳
種族:―――――
技能:なし
特殊技能:迷宮創造ダンジョンクリエイト(作成/変成/消去)
才覚:なし
なにこれ……名前がないばかりか、種族すら不明って。しかもスキルはないけど、このエクストラスキルは……。これってもしかして。




