近 → 遠へ
九階層ボス戦。トレードに失敗しているうちに、バーバリアンキングの【狂人】スキルが発動してしまう。
こうなってしまったらスキルを交換するのは無理だ。普通ならこのてのスキルは長時間使えないというのが定番なんだけど、あのバーバリアンキングの場合は強化による体への負担はともかく、体力的には【疲れ知らず】の効果があるから疲労で止まることはないだろう
「くそ! 僕の考えが甘かったせいで……」
『リューマ! 後悔はあとだ! ああなった以上は迂闊に近づくのはあぶねぇ。今は嬢ちゃんたちと取り巻きを先に始末して魔法と弓で戦うんだ!』
そうか、危なくて近づけないなら離れて戦えばいいのか。うちのパーティは魔法も使えるのに、ついつい物理に頼りがちで忘れてたよ。
「でも、あいつの動きが読めないと安心して戦えない」
「きゅん!」
「モフ?」
タツマを乗せたモフが俺の足元で耳を槍のように固くして鋭い鳴き声をあげる。
「きゅきゅん!」
「……おまえが引きつけててくれるっていうのか?」
「うきゅん!」
『なるほどな、図体のでかいあいつの足元をうろちょろすれば比較的安全に注意を引けるな。よし、取り巻きを一掃するまであいつは俺たちが引き受けた』
タツマ……モフ……。
「わかった。すぐに戻るからちょっとだけ任せる。でも絶対に無理はしないで、別にこっちに向かってくることを教えてくれるだけでも十分だからね」
『わかってるって。こんなところで無茶して怪我なんかしたくねぇよ』
「きゅぅん!」
僕はちょっとだけモフの背中を撫でると龍貫の槍を握りしめて、リミたちが戦っている場所へと走り出す。同時に後ろでモフが走り出す音も聞こえる。今はモフとタツマを信じよう。
リミを前衛にしてレッドショットたちと戦っているふたりのところへ走り込むと龍貫の槍で近くにいたレッドショットたちを薙ぎ払う。
「りゅーちゃん! なんか凄い音したけど大丈夫?」
「リミ、シルフィ。僕が失敗してボスに【狂人】スキルを使われちゃったんだ。だから先にレッドショットを片付けた後に皆で遠距離から攻撃をしたいんだ。手伝って」
「わかりました。それではこちらは一気に片付けましょう。まだ練習中なのですが……おふたりともいったんさがってください」
僕の話を聞いたシルフィが大きな胸をプルンと震わせながら弓を構える。なにをする予定なのかはわからないけど、自信はありそうなのでここはシルフィを信じて、近場のレッドショットを突くとシルフィのところまでさがる。同じようにレッドショットを斬り捨てたリミもほぼ同時だ。
「残り八体。まとめて撃ちます。風の加護がなくなりますで敵の弓矢に気をつけてください」
そういったシルフィは矢のない万矢の弓を引く。
『風の精霊たちよ我が弓に集いて我らの敵を射抜け』
凄い……僕も精霊魔法を少し覚えたからわかる。集まった風の精霊が嬉々として万矢の弓に矢として集まっていく。自由奔放で気難しい風の精霊たちにここまで協力してもらえるなんて……。
「いきます!」
限界まで引いた弦を離したシルフィの弓から空気を引き裂く音が響く。
『ギャ!』『グゲ!』『ギー!』
次の瞬間、こちらを窺っていたレッドショットたちが同時に短い悲鳴をあげて倒れていった。
「え? まさか……」
「さすがに全部命中とはいきませんでした。リミさん、一体だけお願いします」
「了解、シルフィ。でも命中七は新記録だね」
一体残ったレッドショットに暴嵐の双剣を構えて走っていくリミ。どうやらシルフィは万矢の弓を手に入れてから、複数の敵を一度に攻撃できるような練習を積み重ねていたらしい。
「凄いよシルフィ! いつのまにそんな技を」
「リューマ様を驚かせようと思って秘密にしていたのですが……まあまあうまくいってよかったです」
まあまあなんてものじゃない。人数の少ない僕たちにとって複数に攻撃できる方法があるのはこれから冒険者として活動するのに絶対に役にたつ。本当はもっとゆっくりシルフィを褒めてあげたいんだけど、今は時間がない。
振り返ってバーバリアンキングを見ると、未だに長大な棍棒を振り回して暴れている。その足元をモフがちょこまかと動き回って注意を引きつけてくれている。さすがはモフ、避けるだけじゃなくてバーバリアンキングに角耳を突きさしたり、蹴りを入れたりと攻撃までしてヘイトを稼いでくれている。
でも一回でもバーバリアンキングの棍棒がかすったらきっとただじゃすまない。
「りゅーちゃん。こっちは倒したよ」
「ありがとうリミ、シルフィ。じゃあ、これからあいつを魔法と弓で攻撃する。リミは装備を変更しておいて」




