ガードン → 裁定
ひとしきり泣いて、気持ちが落ち着いてくると今度は恥ずかしさが込み上げてくる。成人した大人が父の腕の中で号泣とまではいかないまでも、そこそこ大泣きしていたという事実がいたたまれない。
「なんだ?照れているのか?いいじゃないか、成人していたって子は子だ。こんな時くらい自分の親に甘えたって構わないさ」
父さんは笑いながらそう言ってくれるが、そういう訳にもいかない。そっと涙を拭うと父さんの腕から抜け出す。きっと周囲の人達は、今の僕達を見ていたはずでどんな顔をしているのかを考えると恥ずかしくて周りを見られない。
「う、うん。もう大丈夫だから……それよりも父さん!」
強引に話を戻すべく、後ろで待機していたエルフに視線を向ける。エルフはフードで顔を隠しているから恥ずかしさを感じないで済むしね。
「ああ……例の女だな」
僕の言いたいことを正確に把握した父さんに、僕が知りえた情報を伝えていく。
行商人が人魔族だったこと。その人魔族が他種族に強い恨みを抱いていたこと。エルフが【闇術】で精神支配されていたこと。その能力で魔物を呼んでいたこと。人魔族がモフに倒されていること。戦闘後にエルフの精神支配の術を解除してあること……
「そうか……フレイムキマイラとの戦いの他にもそれだけのことをしてくれてたのか。今回村が全滅しなくて済んだのは間違いなくリューのおかげだな」
「違うよ父さん。父さんやガンツさんがフレイムキマイラを抑えてくれなければ、僕は何も出来なかった。他にも命がけで戦ってくれた人達や、避難に協力してくれた人達……皆が頑張ったからこれだけの人が生き残れたんだ。それでもたくさんの人が……」
言葉に詰まる僕の頭に父さんが手を乗せた。
「そうだな」
父さんはそれだけ言うと、視線をエルフに向けた。
「まずはフードを取ってもらえるか」
「……はい」
エルフは緊張しているのか、返事こそ一瞬の間があったものの父さんの指示に素直に従い縛られたままの両手で器用にフードを上げた。
「ほう……これは」
フードを取ったエルフを見てジンガ村長が感嘆の声を漏らす。その目にはちょっとだけ好色なものが混ざっているように見える。っていうか村長、歳を考えてください。
「名前は?」
「深森のシルフィリアーナと申します。人族の方々には聞き慣れないと思いますのでシルフィリアーナと……それでも長いようならばシルフィで構いません」
エルフ……シルフィはゆっくりと両膝を地に着け頭を垂れるとそう名乗った。確かエルフはプライドの高い種族だったはず。選民意識が強く他の種族よりも優位種であるとの意識が強い。
エルフ同士以外で自分の本当の名前を教えることは稀、ましてや略称で呼ぶなど侮辱していると思われかねない。しかもシルフィはハイエルフ……それだけ彼女は今回のことを重く受け止めているという証拠だろう。
「そうか……ではシルフィ。今回のことの顛末を全て話してもらえるか」
「はい……私が見聞きしたことは全てお話しします」
それからシルフィの話した内容は、こんな田舎のポルック村には本来全く関わりがなかったような話だった。
シルフィのいた里。つまりエルフ達が暮らしていた場所は、驚くことにジドルナ大森林の奥にあるらしい。
もっとも、そのままでは当然暮らせないので長老と呼ばれるハイエルフ達の秘術によって里全体を巨大な結界で覆って魔物の侵入を拒んでいるようだ。でも何故エルフ達はそんなところで暮らしているのか……
まだ若いシルフィはその理由を知らなかったが、狭い里の中だけの世界に鬱屈はしていたらしく、薬草を取りに行くという口実の下いつも結界ぎりぎりまで森の中に入って行くのがシルフィの毎日の日課になっていた。と言ってもあくまで口実で碌に採取もしないでぶらぶらしているだけだったのかな……スキルに【採取】すらないからね。
だけど、ある日。いつもとは違う方角に薬草を取りに行った時、珍しい薬草が群生する場所を見つけてしまった。いつもの薬草なら放っておいたのだが、その薬草はとても貴重なもので里でたまに流行る病の特効薬になるものだったので、その日だけは本当に採取をし始めた。
しかし、夢中で採取をしているうちに知らぬ間に結界を出てしまっていたらしい。
そこからは精神支配の影響下にあり、記憶は曖昧になっているらしいが、最初はアドニスに結界の抜け方や破壊の仕方をしつこく聞かれた。だがシルフィが知らないと分かると、今度はシルフィの能力について事細かに説明をさせられた。
そこで【精霊の道】についても知られてしまい、アドニスのいる場所と結界を抜けた場所を【精霊の道】で繋ぐことでジドルナの奥地に結界で閉じ込められる形になっていたアドニスを外に出してしまったらしい。
その後、外の世界の情報を収集するかのように辺境を移動、途中で見つけた村や行商人は例外なく全て皆殺しにしていったらしい。その道中で行商人に化けて移動することを思いついたようだ。
ポルック村の西側地域を荒らして回ったアドニスは、調査は充分だと告げ一度ジドルナに戻るつもりだった。その途中に見つけたのがポルック村だった……とのこと。
アドニスの人魔族以外に対する憎悪はとても強く、ポルック村以外でアドニスに出会って生き残った人はいないらしい。
「……なんと……まあ……人魔族、か」
シルフィの長い話を聞き終えたジンガ村長が呟く。
「何か知っているのか?村長」
「む……古い文献の中に見たことがある。人魔族というのはその昔、今よりも魔物が多くはびこっていた時代に被害にあった女性達が産み落とした魔物の血を引く者たちのことじゃ」
『へぇ……魔物とのハーフか。どうりであの見た目。それにあれも持っていたことにも説明がつくな』
人魔族ってそういう人達だったのか……正直ちょっと衝撃で混乱する。タツマはなんか納得して何か呟いているけど僕程混乱はしていないようだった。
「でも、どうしてあんなに他種族を恨んでいるんですか」
「リュー坊、儂らの中にはちょっと自分達と違うだけで受け入れられない人もたくさんおる。人族も、獣人族もドワーフのような妖精族も仲良う暮らしとるポルック村が特殊なんじゃ」
村長が悲し気に表情を曇らせる。確かに、ポルック村以外ではまだまだ獣人族を蔑む人達もいるって聞いたことがある。
「穏やかで優しく愛らしい獣人族ですらそうなのに、魔物の血を引く異形の人達を他種族の者達は受け入れられなかったんじゃよ。後はお決まりの迫害の歴史じゃ……」
……確かにそれなら恨む気持ちは分からなくもない。でも……だからと言って全ての人達を殺すなんて間違ってるのは間違いないんだからアドニスを肯定するつもりは毛頭ないけど。
「さて……事情は分かった。おそらく嘘もついていないだろう。悪いのは人魔族の男だということも間違いないが……どんな事情があったにせよ、これだけの被害が出ている以上は無罪放免という訳にはいかないな」
「……はい。いかなる処罰もお受けいたします」
シルフィは処刑さえも受け入れる覚悟があるようだった。彼女はさっき村の惨状を見て泣いていた。きっと今まで殺されてきた人達のことも覚えているんだろう。自分では望んでいないのに無理やり自分の能力で人を殺し続けなければならないというのはきっと辛い日々だったんだと思う。
「……分かった。ではポルック村守護者ガードンが深森のシルフィリアーナに裁定を下す」
父さんは厳かにそう言うとアイテムバッグから何かを取り出した。
「お前を奴隷に落とす。これからはポルック村再興のため冒険者として働くリューマに仕え、その旅に同行することを命じる」
……え?奴隷?……何言ってるの父さん。
『巨乳エルフ奴隷キターーーーーーーーーーー!!』
次話あたりで1章が終わりそうです。MFの選考基準の最低10万字まであと2000文字くらいあるので締め切りまでには更新する予定です。




