英雄 → 涙
その後、僕たちは外套を着せ、フードを被せたハイエルフを連れて半壊した村の中を横断して、東門の外にいる村の人たちの下へと移動した。
途中、村の惨状を見て息を飲んだハイエルフが肩を震わせてフードの陰から光るものをこぼしていたけど……気付かないふりをした。今は何を言っても恨み言や皮肉になってしまいそうだったから……
東門の外で待っていてくれたリミに父さん達のところへと案内してもらう。村人達は東門から少し離れたところまで避難していて10分ほど歩いた。
その間、リミはずっと外套を被ったエルフを気にしていたけど雰囲気を察してくれたのか何も聞かないでくれた。リミに案内されてたどり着いた村人達の避難場所は大きな木が1本立っている小高い丘の周辺だった。
丘の周りで無気力に座り込む村人達には重い疲労の色が見える。多分だけど肉体的な疲労よりも精神的なものの方が大きいんだと思う。住んでいた家が壊れたり焼け落ちたりした人もいるし、なにより家族同然に付き合ってきた村の人たちをたくさん失ってしまった……本当は僕だって声を上げて泣きたいくらいだった。
でも、僕は今まで守護者の息子ということでほんの少しかもしれないけど村の人たちより優遇されていた。優遇されていたといってもほんの少し食料を多くもらったりとか、見張りを免除してもらったりとか些細なことだけど、貧しいポルック村ではそんなほんの少しのことだって大変だったはずなんだ。
村の人たちは一番危ない仕事をしてくれているんだから当然だよって言ってくれていたけど、父さん達はいつも言っていたんだ。その分は守護者としてしっかり働けばいいって……その言葉のとおり、父さんも母さんも精一杯戦った。その結果怪我をして動けなくなっちゃったけど、だったら今度は僕が父さん達の代わりに村の為に出来ることをしなきゃいけない。
「りゅーちゃん。あの天幕の中に村長さんとおじさん達がいるよ」
リミに教えられた場所には布を枝に吊って広げただけの簡素なテントが作られていた。いつ逃げ出すかも分からないし、別に雨が降っている訳でもないのにわざわざテントを作ったのはなぜだろう。
『それだけお前の親父さんとお袋さんが村民に頼りにされてたってことじゃねぇか』
あぁ、そうか。怪我をして動けない父さん達の姿を村の人たちに晒し続けると村の人たちが不安になっちゃうからか。
「あ、そうだ。リミの……えっと……ミラン……おばさんとデクスおじさんは?」
「うん……大丈夫だった。お母さんが崩れた家に足を挟まれてて、ちょっと危なかったんだけどりゅーちゃんが早く行けって言ってくれたからお父さんと2人でぎりぎり助けることが出来たよ。今は、私が出したお水をみんなに配ったりしてくれてると思う。ありがとう、りゅーちゃん」
そっか……良かった。ミランさんやデクスにもしもの事があってリミが泣くようなことにならなくて本当に良かった。
「ううん、僕は何もしてないかな……おばさんを助けられたのはリミが頑張ったからだと思うよ」
「……うん。それでもありがとうね、りゅーちゃん」
「そっか……うん、わかった。……じゃあ、ちょっと父さん達と話してくるね」
意外と頑固なリミは多分引かないと思うので、素直に感謝を受け取ると、エルフを連れてテントの中へと入る。別に外で待っていてくれても良かったんだけど、タツマとモフも一緒である。
布の端を持ち上げて中に入ると、端の方に敷かれた毛布に横たわる母さん、その看病をしてくれているのは母さんをここまで逃がしてくれたラビナさん。そこにほど近い位置に意識を取り戻した父さんと、村長のジンガさんが逃げ出す時に持ち出してきたのか木箱のような物に腰掛けていた。
父さんはかなり血を流したせいか、大分顔色が悪い。心配だけど多分言っても休んではくれないだろう。
「おお!リューマ坊……ガンツに聞いたぞ。大活躍だったそうじゃな」
暗い雰囲気に気をつかってのことなのか、天然なのかは分からないけど暢気な村長に思わず溜息が漏れる。この程度のことが受け流せないなんて僕も大分疲れてるな。
「村長……たくさんの村の人たちが亡くなりました。とてもじゃないけど僕は活躍したなんて言えません」
「……お、おぉ、そうか。そうじゃな……すまんのぅ。だが、今の儂らには新しい希望が必要なんじゃ」
「村長!その話はするなと言っておいたはずですが?」
「そ、そうは言ってもじゃな、ガードン。守護者であるお前も、その伴侶であるマリシャも戦える状態ではないのじゃ。村の者達にはそれでも大丈夫だと思えるような新たな希望が必要なんじゃ」
「それを成人したばかりのリューにやれというのは認められないと言ったはずです。リューは近日中にリミちゃんと一緒に旅立つ予定だと言ったでしょう」
「じゃ、じゃが!村がこんな状態で旅立つなど……」
「たかだが成人したばかりの男の子1人に頼らなければどうにもならないような村なら、どちらにしろ長くはない!」
「しかし!それでは儂らは魔物が出たら死を待つだけではないか!」
「それも心配いらないと言ったはずです。フレイムキマイラとの戦いで生き残ったヒュマス、ガンツはレベルが上がったはずです。とりわけガンツにおいてはとどめを刺していますから大幅にレベルが上がっているでしょう。森に狩りに出ていたシェリルのグループも戻ってくれば充分な戦力です。……なにより私とマリシャも完全に戦えなくなった訳ではありません!」
「む……むう」
……あ、なんだか2人の雰囲気に飲まれて呆然と眺めてしまった。いろいろ気になる言葉があったけど……結局のところフレイムキマイラ戦で活躍した僕のことを大体的に村の皆に広めて、希望の象徴みたいにして僕を使いたい村長と、そうはさせまいとする父さんの対立みたいだった。
父さんも村長の言いたいことはある程度理解できるんだろうな……仮に村長が諦めても村人が勝手に僕をそう見始める可能性があることも。だから……
「いずれにしろ、リューマ達は数日中に旅立たせます。村長……ポルック村出身の初めての冒険者です。気持ちよく送り出してあげましょう」
僕とリミの旅立ちをまるで予定してあったかのようにして、僕がそう見られないようにしてくれてるんだ。
『いい親父さんだな……お前がこの小さな村に縛り付けられないようにしてくれてんだな』
うん……知ってる。父さんと母さんはいつでも僕が尊敬できる最高の両親で、超えるべき師匠だ。
「……そう……じゃったな。リュー坊もリミちゃんもほんに頑張っておった、毎日毎日、お前の家から訓練の音が聞こえない日はなかった。……そんな2人の門出に大人の都合で泥を塗るのはあまりにも情けのないことじゃったな」
どこか憑き物が落ちたような顔で溜息をつく村長。
ジンガ村長もいつもはとても気の付くいい村長さんなんだけど……さすがに今回の件はなりふり構っていられないほどの衝撃だったんだと思う。こんな僕を英雄に祭り上げなきゃと思い込む程に。もっとも今の僕が英雄だなんてとんでもなく名前負けで、引き受けてもすぐにメッキが剥がれて面倒くさいことになっていたと思うけどね。
「驚かせて済まなかったなリュー。まずは、ちょっとこっちに来てくれ」
村長が納得してくれたことに安堵したのか、幾分顔色が良くなったような気がする父さんが残っている右手で手招きしている。
なんだかよく分からないけど、取りあえず言われるがままに父さんの近くまで行くと父さんは、その一本しか無い手を僕の背中にぐるりと回して強く僕を引き寄せた。
「よく、やってくれた!お前は俺たちの自慢の息子だ」
え、ちょ……ちょっと待ってよ父さん。せっかく……せっか……く、ここまで、頑張ってきた……のに。そんなこと……され、たら……
「と……さん、父さん、父さん!生きてて良かっ……手……ごめ……あり…………う、ぁ」
後は言葉にならなかった、ずっと抑えてきていた不安や痛みや恐怖、後悔……そして安堵が父さんに抱きしめられたことで一気に溢れてきて僕は幼い子供に戻ったかのように泣いた。




