渾身 → スキルトレード
『どういうこと?タツマ』
『そんなのわかるだろうが!嬢ちゃんに【水術】渡して使って貰うんだよ!』
『え……でも、今までリミは魔法とか使ったことないよ。僕は呪文とか知らないし、渡したところでちゃんと使えるとは思えないんだけど』
僕はタツマの指導の下、強くイメージして無詠唱で魔法を発動することが出来るようになっているから正式な呪文とか知らなくてもなんとかなるけど、リミはそうじゃない。魔法を交換してもすぐに使うのは難しいはずだ……こんなことなら魔法の呪文についてもっと勉強しておくんだった。
『そんなことは分かってる。だが、どうせお前が今持ってても使えないだろうが!だったら嬢ちゃんの【魔術の才】に期待する場面じゃねぇのか?』
……そっか、リミにはまだ覚醒してない才覚があったんだ。これの覚醒する条件が『何か魔法を覚えること』だったとしもおかしくない。
『いいかリューマ!こういう隠された力とか眠った力なんてのはピンチの時こそ目覚めるってのがテンプレなんだ』
分かる。確かに【中2の知識】の中にある物語のほとんどに大なり小なりそういう場面がある。試してみる価値はある。なにより、もたもた悩んでいる時間もない……ガンツさんの動きが流石に鈍くなってきている。
「リミ!後で全部説明するから、僕の顔を触ってくれる?」
「え?どうしたのりゅーちゃん。こんな時に……」
戸惑うリミ、気持ちは分かるけどここは信じて欲しい。僕の手がまともな状態なら僕がリミの手を触ればいいんだけど、今はちょっと使えない。というか痛いから最後のトレードの時まで動かしたくない。
「ごめん、リミにお願いしたいことがあるんだ。その為にまず僕に一度触ってほしい。時間がないんだ!頼むリミ」
「う、うん。わかった、別に嫌な訳じゃないし全然いいよ」
僕の真剣な眼にちょっと頬を赤らめながら頷いたリミはゆっくりと僕の顔を両手で挟む。……ていうか、片手で充分だったんだけど……挟まれるとちょっと恥ずかしい。……けど、今のうちに。
【技能交換】
対象指定 「解体1」
交換指定 「水術1」
【成功】
よし、後はリミの【魔術の才】に賭ける。
「うん、もういいよリミ」
「りゅーちゃん。まさかお別れの挨拶とかじゃないよね?」
よくわからない僕のお願いにリミが不安気な表情を見せる。死ぬ前に最後に触れ合いたいとかそんなシーンを想像したんだろう。そんな場面だったら、触ってもらうとかじゃなくて……き、き、キスとかにする。
「ち、違うよ。あいつに勝つために必要なことなんだ」
妄想を振り払うついでに慌てて首を振ってリミの不安を否定すると、僕が魔法を覚えた時のことを思い返す。
「リミ、魔力については母さんから聞いてるよね。それを意識しながら僕の上に水の球をイメージしてみて欲しいんだ」
「え?……うん」
ここまでくるとリミも、もう問答している場合ではないと理解したのか素直に話を聞いてくれる。母さんは自分が指導する時にはいつか必要になるからと、魔力の感覚と扱い方の指導をしてくれていた。母さんも魔法が得意な訳じゃなかったけど、0と1とじゃ大違いだ。教えてもらっておいて良かった。まあ、まさかこんな状況で必要になるとは思わなかったけどね……とにかく感謝しかない。
そして緊迫の数秒。眼を閉じて意識を集中し始めるリミ…………ほぼ同時に僕の頭上には大きな水球が現れていた。
「す……凄い。初めて魔法を使うのに1度目でこんなに簡単に……しかも規模が大きい上に発動が早い」
僕は交換した魔法を、無詠唱で使えるようになるのに毎日練習しても2か月近くかかった。もちろん、今のリミほど魔力に対する知識も慣れもなかったけどそれでもこれは……あまりにも常識外だ。
名前: リミナルゼ
状態: 健常
LV: 7
称号: 愛の狩人(思い人の近くにいるとステータス微増)
年齢: 13歳
種族: 猫人族
技能: 剣術3 槍術3 弓術2 採取3 料理4 手当2 裁縫2 水術1 敏捷2
特殊技能: 一途
才覚: 魔術の才
やっぱり!魔法を覚えたことで【魔術の才】が発現してる……悔しいけどさすがタツマ。所詮借り物でしかないにわか中2の僕とはこじらせ方が違う。
「え……きゃあ!」
僕の声に驚いたリミが眼を開け、目の前に浮かぶ大きな水球に驚きの声を上げる。……そして驚くということは集中力が途切れるということで、集中力が途切れるということは魔法の制御が消えるということだ。そうなれば当然リミが作った水球は重力に引かれて地面に落ちる。
そこまで妙にのんびりと考えた僕に滝のような水が落ちてきた。
想像以上に重くのしかかる水に打たれながら、それでも僕は徐々に上がる口角を抑えることができなかった。だって、リミのおかげでうまくやれば手足を失わずに済むし、これだけの量の水を簡単に作れるなら攻撃魔法としてもフレイムキマイラへの効果が期待できる。さっきまでの状況に比べれば格段に勝算が上がったんだから無理もないよね。
「だ、大丈夫?りゅーちゃん……ごめんね。まさか本当に水が出るとは思わなくて」
「いいんだよリミ!リミのおかげで勝てる可能性が増えたんだ。いい、よく聞いて。これからなんとかガンツさんにフレイムキマイラの動きを止めてもらう。そうしたら僕があいつの後ろ足辺りに突っ込むから僕があいつに触る、その直前になるべく大きな水の球をあいつの後ろ足にぶつけて欲しいんだ」
「え?……そんなこと言われても、魔法を使えることがわかったのだって今だし、うまく出来るかどうか……」
リミの耳と尻尾がしゅんと垂れている。これは落ち込んでいる時とか自信がない時のだ。
「大丈夫!リミなら出来るよ。リミには魔法の才能があるんだ。僕が保証する!だから、僕を……ううん、僕とこの村を助けるために力を貸して欲しいんだ!」
「りゅーちゃん……うん。わかった、やってみるね。ガードンおじさんも、マリシャおばさんも、りゅーちゃんだってこんなに怪我をしてまで頑張ったんだもん。リミだってやる!」
リミの耳がピンっと立った。よし!これは気合いが入った証拠だ。これなら任せても大丈夫、リミのことなら僕が一番よく知ってるんだから。
『タツマ、父さんをよろしく頼む』
『任せておけ、おまえもしくじるなよ。必ず次で決めろ!』
「うん!じゃあ行くね」
僕は走り出すと同時にガンツさんにフレイムキマイラの動きを止めてもらうように依頼するといつものように死角を目指して走る。走る度に腕に響いて痛いけど我慢。
今回はリミの魔法のタイミングがあるので【隠密】は使わない。今のフレイムキマイラならガンツさんが動きを止めてくれれば触れるだけの隙が出来るはずだ。
どこか鋭さの欠けるフレイムキマイラの前足の攻撃を、ガンツさんは大槌をうまく使って捌く。【爪術4】があった時とは雲泥の差の攻撃だからガンツさんの大槌でも充分戦える。やがて、フレイムキマイラが無造作に振り下ろした真上からの叩きつけをわずかに下がって避けたガンツさんがお返しといわんばかりにその大槌を振りかぶり、地面を叩いた前足の真上から力一杯叩きつけた。
そのまま、ガンツさんは全力でその足を押さえ込むつもりのようだ。ガンツさんもここが正念場だと感じているということかもしれない。後は僕とリミの仕事だ。
「リミ!行くよ!」
一声掛けて走り出す。思い切ってかなり距離を詰めていたから10歩も走れば射程圏内だ。ただ誤算だったのは、ガンツさんは前足を押さえているだけなので、逆に後ろ足の動きが激しくなっていることだった。
くっ……前足まで移動するか?でも、それまでガンツさんは多分保たない。動きさえ止まってくれれば。……ていうか止まれよバカ!……え?
「え、本当に止まった?」
そのとき、僕の心の叫びに応えるようにフレイムキマイラの動きが止まる。
『バカ!止まるなリューマ!奴は前足を引き抜こうと踏ん張ってるだけだ!すぐに動き出すぞ!』
「…っとそういうことか!」
叱咤するタツマの声に現状を理解した僕は最後の数歩を一気に駆け寄って、火傷が幾分ましな方の右腕を後ろ足へと伸ばす。と、同時にさっきも体感した滝のような水の感触と耳に障る蒸発音。その白い水蒸気の中、渾身の【技能交換】を発動した。
【技能交換】
対象指定 「火無効5」
交換指定 「爪術4」
【成功】
今回のわらしべ
『 水術1 → 解体1 』
『 爪術4 → 火無効5 』




