お人よし → おスラよし
「……えっと、リューマさんたちはゴブリンに襲われて殺されそうになっていたライナさんたちのパーティを助けたんですよね?」
「……そういうことになる、のかな?」
「だったら、当然倒した魔物の素材も魔晶もリューマさんたちのものですよ。場合によっても謝礼すら請求してもよい事例だと思います」
「え! でも、父さんたちからは魔物の横取りはいけないことだって教わりました。ただでさえ僕たちは勝手に魔物を倒しちゃって経験とスキル熟練度をもらっちゃってますし」
「スキル熟練度?」
あ、しまった。僕の【鑑定】【目利き】コンボじゃないとスキルレベルまでは見えないんだった。
「あ、いえ、あの……ほらスキルもたくさん使って慣れてくると、体に馴染んできたりしますよね? それを僕たちは熟練度って言っているんです」
「あぁ、なるほど。確かにそういう感覚はありますね……でも、そんな目に見えないものだけではせっかく危険をおかして助けた行為に見合いません」
そうか、レナリアさんは僕たちが人助けをしたことが、もっと形あるもので報われるべきだと思ってくれているんだ。それはきっと、僕たちに感情移入してくれているから思うことだよね。そう考えると、なんだかくすぐったいけど凄く嬉しい。
「ありがとうございます、レナリアさん。でも、僕たちはこれでいいんです。もともと田舎者なので、いまのところお金の使い方とかも思いつきませんし、僕のいた村はみんなで助け合うのが当たり前でした。誰かを助けて見返りを求める人なんていなかったんです。ライナさんたちは本当に僕たちに感謝してお礼を言ってくれましたし、そんな人たちを死なせずに済みました。僕たちにとってはそれだけで十分な報酬なんです」
「リューマさん……」
「それに、ライナさんたちはリミたちを見ても差別したり見下したりしませんでした。僕にとってはそんな人たちと知り合いになれたことのほうが嬉しいです」
レナリアさんはちょっとだけ目をみはって固まっていたけど、やがて大きく息を吐き出すと肩の力が抜けていった。そのまま楽しそうに微笑んでいるシルフィに視線を向ける。
「シルフィさん、リューマさんはこういう人なんですね」
「はい、リューマ様もリミさんも素敵な人です」
ふたりで何やら見つめ合って微笑んでいるけど、シルフィは僕のこと褒めすぎじゃないだろうか? そんな『僕を褒めろ』的な指示を出したりなんかしていないはずなんだけど。
「わかりました。リューマさんたちがそれでいいなら、私がとやかく言うようなことではありません。では、薬草採取の報酬をお渡ししますので下にもどりましょうか? 今日はもう依頼に行かれないのであれば、その流れでギルドを出れば絡んできそうな冒険者たちが戻る前に帰れると思いますし」
「はい! ありがとうございます」
「あ、あと、この森の地図はとてもよくできているので、リューマさんたちさえ良ければギルドで買い取らせてもらいたいんですが」
席を立ったレナリアさんが、僕たちに森の地図を返してくれる。別に地図自体は秘密でもなんでもないから構わないんだけど……メイのダンジョンのときとは違って森の地図なら別にいいよね?
『……まあな、構わないっちゃあ構わないが、この世界で正確な地図は武器だ。普通は独占しておくものだと思うぜ』
『だよね、でもいいよ。なんとなく癖で作っちゃったようなもんだし』
『ふん、お人よしめ』
『はは、タツマも十分お人よし? おスラよし? だと思うよ』
僕は地図を受け取るとレナリアさんに向かって頷く。
「はい、構いませんよ。ただ、まだ本当に浅層の一部だけなので、正式にお渡しするのはせめて浅層部分が完成してからにしたいんですがいいですか?」
この状態で渡すのは中途半端で気持ち悪い。できるならキリのいいところまで作ってから渡したい。
「勿論、それで構いません。ダンジョンなんかと違って、森の地図というのは作りにくいんです。見通しも悪いですし、目印となるようなものが似たり寄ったりで距離感や方向感覚が狂うので、地図を見ていたら逆に迷うなんてこともあります。でもリューマさんの作られている地図はとても正確でわかりやすいので、初級冒険者たちが森で迷う事例を減らせると思うんです」
「あの、僕が作ったものも正確かどうかはわからないですよ?」
「いえ、大丈夫です。私も東の森に関しては何度も入っていて、それなりに知っていますが、ちょっと驚くくらいにその記憶と感覚にすんなりと合致するんです」
なるほど、レナリアさんも元上級冒険者なんだから東の森には何度も探索にいったことがあるんだ。その時の記憶と僕の地図が一致するってことなんだね。多分僕が作る地図は、距離や方向を【音波探知】の結果をもとにしつつ、【俯瞰】も併用しているから正確性が高いのかも。
「じゃあ、僕たちは下で報酬をもらったら帰ります。また明日よろしくおねがいします」
「はい、お任せください。今日は貴重な情報をいろいろありがとうございました」
「いえ、お役に立ててよかったです。ほら、リミ、メイ。起きて、帰るよ」
くぅ、くぅと気持ちよさそうに寝息を立てるリミのケモミミを優しくモフる。獣人は知らない人にケモミミを触られるのを凄い嫌がるんだけど、僕はリミから許可を得ているので大丈夫。
「……あふっ、んにゃぁ……くすぐったいよ、りゅーちゃん」
「ほら、起きて。宿に帰るよ」
「ふわぁぁ、はぁい」
「メイは……今日は疲れたかな。じゃあ、僕がおぶっていくか。シルフィ、メイの剣と盾をよろしく」
「はい、リューマ様」
僕らの装備は護身用の武器以外は全部アイテムバッグにしまってあるんだけど、メイはよほど気に入ったのか剣と盾を手放さなかったんだよね。今は勿論、寝てるので手から離れているそれをシルフィのアイテムバッグにしまってもらう。
僕はリミからメイを受け取って位置を整える。メイの体は元となった素材の関係で、見た目の大きさよりもかなり重めなんだけど、レベル三十超えの僕には誤差の範囲。
「ふふふ、なんだか皆さんが羨ましいですね。私も……いえ! なんでもありません。では下に行きましょう」
そんな僕たちの様子を優しく微笑みながら見ていたレナリアさんだけど、急に表情を強張らせるとなにかを振り払うように頭を振って、部屋を出ていく。その後姿が、僕にはなんとなく寂しげに見えた。




