第3章20「水面に浮かぶは隠者の影3」
まだ日が天高く上るような時間、けれども襲撃者は大胆にも一人で敵地の真ん中へと乗り込んできた。まるで、今が自分の時間だと声高に叫ぶように。
何故、という二文字がオレの頭の中を支配する。彼女の恩恵も、格好も、夜に行動する方が都合が良い筈なのに。この時間に行動を起こす理由がない筈なのに。
「オジサン、生きてたのね。束の間のメオトごっこは楽しめた?」
童貞がいつ美少女と夫婦になったって?と声に出して反論したかったが、ここは敢えてお口チャック。横に控える赤ずきん少女を下手に刺激したくなかったのだ。
その代わりと言っては何だが、思いっきり苦虫を噛み潰した表情でソレイユに答えを返してやった。抵抗がささやか過ぎる?力でも言葉でも簡単に返されるんだから、これがオレの精一杯なんだよチクショウ!
「ハッ!あの女と過ごすより良い夢が見れていたようで何よりだわ」
こちらを蔑むように鼻を鳴らすソレイユのお言葉に、オレの苦い表情に渋みが加わる。この夢世界に来てようやくまともな食事にありつけた、という意味では確かに良い夢だったと認めるけども!
ぐぎぎ…と歯を見せるオレの様子に大層ご満悦な襲撃者は、表情を一変させて姿勢を落とし、臨戦態勢へと切り替えていく。
「でもオジサン、夢はずっと見続けるものじゃないの。良い歳なんだし、いい加減現実に戻ってきてもらうわよ」
好き好んでオレが夢世界に来たとでも!?それはそれとして、オレの胸を正論で射抜くのは止めてもらえませんかソレイユさん…。
「相手は一人だ、必ず複数人で掛かれ!」
オレの哀しみに暮れる独白を他所に、エルフたちの指示が飛んでいく。いよいよ、戦闘の火蓋が切って落とされたのだ。
まず最初に仕掛けたのは、満足に食事にありつけなかった男エルフ。槍を構えた彼は、目にも留まらぬ速さで穂先を突き出していく。
「女に対する礼儀知らずには躾が必要ね?」
しかし槍は直線の攻撃に優れるがあまり、射程もある種読みやすい。レイラさんと同じく、拳や蹴りといった格闘戦を好むソレイユにとって、ただの前後移動の攻撃はカウンターを狙うのにうってつけだ。
問題は、拳や蹴りは当然ながら槍より有効距離が短い事。なら、距離を無視できる策があるのだろう。
「我らが控えている事!」「忘れてもらっては困るのぅッ!」
その狙いを崩す為、他のエルフたちも数拍遅れて動き出す。複数かつタイミングがズレる攻撃ほど、格闘家にとって恐ろしい事はない。
しかし、ソレイユに焦りの表情は見えない。それどころか、獰猛な笑みすら浮かべている。
「接近戦しか出来ないと思われるのは心外ねッ!」
格闘家の行動はただ一つ、床を力強く踏みつけただけ。瞬間、先ほどエルフたちを食らった、大きな穴を開けたような黒が侵食していく。
迫る影に呑まれたエルフたちの警戒心が高まる中、防御を固める為に魔法を詠唱する者や襲撃者の動きから目を逸らさない者と、各々の役割を果たしていく。だが、彼らが十全に役割を果たすより疾く、思考の隙間から攻撃はやってきた。
「影閃脚!」
ソレイユを囲むように構えていたエルフたちを、同時に影が襲う。無防備な鳩尾に、蟀谷に、顎下に、まるでソレイユが同時に彼らの目の前に現れ蹴りを見舞ったような自身の影の衝撃。人体の急所を的確に蹴り抜かれて、ソレイユに得物を突き立てる事が叶わず膝から崩れ落ちてしまった。
「くっ、そ」「抜かったわい…」「影の恩恵か…!」
思い思いに怨嗟を吐くエルフたちが、四肢に力を籠めて立ち上がろうとする。
ーーが、その様を黙って見過ごすソレイユではない。
「まずは3人」
床から突き上げるように、再び影が3人のエルフを蹴り上げた。なす術なく宙を舞ったエルフたちは、満足に受け身を取らせてもらえず影の沼に叩き付けられる。
あっという間の3人抜き、まるでレイラさんがやってみせたような百人組手の再演だ。人数はこちらの方が断然少ないけども。
そんな感心をしていると、カランと音を立てて倒れた彼らの得物が滑り落ちる音がした。意識を完全に手放したのだろう、泡を吹いているエルフもいる。…威力そんなにヤバイの、あの影の衝撃?
すると、ズブっと先ほどのエルフたち同様に影の中へと呑まれていくではないか。まるで「敗者は邪魔だからすっこんでなさい」とでも言いたげなぞんざいな扱いに、思わずオレは自分の影が呑まれていないか視線を落としてしまった。
「オジサンを巻き込む訳ないでしょ?そもそも、簡単に小突いただけで気を失うような相手に影閃脚使わないわ」
「さいですか…」
忌憚のない意見をありがとう、どうせオレは格闘姫に比べたら体力戦闘力どちらもゼロのモブですよチクショウ。
けれども、そんな光景を善しとしない女がオレのすぐ横に控えている事は忘れていない。フローア村の教会で一度ソレイユに土をつけた、赤ずきん少女だ。
「これいじょうは、させない」
「なら、守れるものなら全部守ってみせなさいよッ!」
水の大鎌を鋳造し、宙を跳ねるように大部屋を駆け巡る赤ずきん少女。的を絞らせない戦い方だと理解はできるが、これでは建物そのものを壊してしまうのではーー。
「く、崩れーーぎゃッ!」
ほら見た事か、派手に壁を崩した衝撃で土煙が舞い、天井の一部まで落ちてきた。及び腰になっていたエルフが数人、巻き込まれて埋もれたじゃないか。魔法は使えると思うから咄嗟に身を守れたとは思うが、あまり直視したくない光景だ。
…あれ。もしかしなくてもオレ、危なくないか?思考がようやく危険に晒された現実に追いつき、全身の汗腺が一気に開いた音がした。
「はっ…はぁっ、ハァッ」
脳活性物質が噴出し、全身に行き渡るまでにそう時間は掛からなかった。呼吸が乱れ、頭が割れそうなほど血が巡り、心臓の音が耳を衝くほどに煩く響く。こうなれば、視野も思考も狭くなるのは明白だ。
「う、あぁああああッ!!」
「あなた!?」「隙を見せたわねッ!」
恥も外聞もなく、影に呑まれて番人が居なくなった出入り口へと這うように駆けていく。現実でまともに運動しなかった為、筋力のない身体は贅肉を持ち上げるのに精一杯。それでも命の危機ともなれば、多少はマシに動く事ができるらしい。これぞまさに、火事場の馬鹿力という奴だ。
赤ずきん少女をソレイユの影が攻め立てている音が背後で響いているが、そんな光景に目をくれる余裕はどこにもない。幸い、今の真っ白な思考でも建物の真の出入り口までの経路は記憶している。この異常な精神力も、いつまで保てるかは分からない。一刻も早く、オレの意識が残っている間に脱出しなければ。
何故なら、ここはエリアス湖の近くにある大きな食事処ーー少しの衝撃でも崩れる可能性がある、簡素な造りの建物の地上3階部分。ここにオレの名前が彫られた墓標を建てたくなかったら、死ぬ気で足を動かすしかない。
●影閃脚
ソレイユの影を膨張させ、その影が触れた相手に、自分自身の影を使って蹴りを見舞う自業自得の技。いつ、どのタイミングで、どこに蹴りが飛んでくるのか分からない為、回避・防御が難しいとされています。
技から抜け出す為には、ソレイユが展開した影から脱出する事。また、影に触れた全員へ無差別に蹴りつける事から、味方の多い戦場では使用しにくい等、意外と弱点は多いです。
とはいえ、今回のように一人で複数人と戦う事になっても逆転制圧が可能な、ソレイユの「影纏いの恩恵」を十全に発揮した得意技。今話で単独行動を取ったのも、後に来る援軍を巻き込まない為という配慮もあるようです。
…が、当然の権利のようにレイラ、”ヤツヨ”には見切られます。特にレイラ相手は、恩恵による作用を受け付けない為、技の展開すらさせてもらえないという…。
その為、1章では単純な格闘戦で攻めるしかありませんでした。
●そういえば、主人公君たちがいる宴席ってどこーー地上3階!?
エリアス湖のすぐ近くにある、アクリス村が誇る大宴会場を兼ね揃えた食事処。エリアス湖が目と鼻の先にある為、赤ずきん少女が自身の恩恵を発揮するのにうってつけの場所です。
ただし、主人公君が焦っているように建物そのものは簡素な造り。今回のようにドッタンバッタンと暴れ回るだけで簡単に壊れかねません。…これは、次回は「Choose One」送りか?




