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夢渡の女帝  作者: monoll
第4章 希望を夢見た宙の記憶
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第4章51「女教皇と死神は天の調べに吊るされる9」

 超越物質タロットが呼び掛ける、この場にいない誰かに呼び掛ける。何の力も持たない筈の、弱者であった男が誰かを呼び寄せた。

 目覚まし時計としては無粋な、しかし応えない訳にはいかない男の声にボクの意識(・・・・・)は覚醒した。


「ーーは?」


 覚醒後の第一声が歓迎ではなかった事、眼前に軍服女キミの顔がある事に不満を言いたいところだが、どちらも我慢しよう。首筋をパックリと割ってくれた土剣つちくれは赦さないけどね。


「『目覚めの揺光(リコレクション)』」


 一瞥だけで不遜な土剣つちくれを燃やされ、いよいよ軍服女おんなの焦る表情が青くめていく。成程その程度かと、簡単ながらも戦力分析を終わらせ状況把握に努め始めた。


 どうやら男が取り出した超越物質(タロット)によって、戦況は大きく変わったらしかった(・・・・・)

 らしい、というのは今ボクが置かれた状況を少なすぎる情報の断片から察したからだ。何故彼自身が超越物質(タロット)を持っているのか、何の超越物質(タロット)なのか、今のボクには全く見当がつかない。


 それでも。軍服女おんなの嘲る表情が一転し、絶望を噛み締めるような表情を浮かべている様から、戦闘に巻き込まれた彼が救難信号ヘルプを出した事は間違いないだろう。

 彼と入れ替わるようにボクという存在イレギュラーが現れた事で、軍服女おんなの優位が消失した事だけは伝わってきた。


 恐らく精神的安定マウントを取りたかったのだろう。何の躊躇いもなく首に武器つちを押し当てるような人間だ、戦闘面では弱者である彼を相手に矮小な自己顕示欲を示したくなったのかもしれない。

 ならば軍服女キミを扱う方向性も定まるというもの。恨むなら愚かな欲を晒した自分自身を恨む事だ。


「あなた、そのすがた…」


 問題は、こちらに困惑の視線を向ける赤ずきん少女だ。

 ボクに敵意を向けるでもなく、しかし多量の水を圧縮して造られた武器こぶしを構える姿勢を崩さない少女。軍服女おんなと違い、己の恩恵ちからの使い方を熟知している水魔術の使い手のようだが、戦闘傾向はやや物理方面に特化したきらいがある。女教皇プリーステスちゃんに近しい雰囲気がある、と言い換えてもいい。

 軍服女かのじょと一緒に排除してしまっても良いものかと、一度思案する必要がありそうだ。属性相性の問題もある、慎重に言葉を選んで少女キミを見定めさせてもらおうーー


「すごいかっこうね。はやきがえ、っていうの?あたし、けいけんはしたけどなまでみるのはじめてだわ」


 前言撤回、このズレた返答(なれなれしさ)は味方戦力の可能性がある。覚えたての言語を話すような舌足らずのこの少女が?経験はした(・・・・・)?という疑問は棚の上にまとめて置いておく。

 確かに、女教皇プリーステスちゃんが近くにいるのに物理的な直線距離で文字通り飛んでこない事から、可能性の一つとしては考えていた。…いたが、この少女も少女で厄介な恩恵ちからを持っていると、敵対はなるべく避けるべきだとボクの直感が告げている。


 ボク自身の直感に間違いはないだろうが、一抹とつぜん不安うらぎりが無いとも言いきれない。第三勢力ではないと確信を得る為、ボクは少女と会話を続ける事にした。


「この超越物質タロットの特性だろうね。今後キミも少なからず経験する事になるだろう、今のうちにその共感性羞恥に慣れておくといい」

「…………がんばる」


 ーー成程。今の言葉選びで赤ずきん少女の正解を引けた事からして、彼は上手くこの夢世界いせかいを渡り歩けているらしい。良きかな良きかな

 ならば少女への警戒度を多少下げても問題ないだろう。背後からの奇襲には引き続き警戒しつつ、意識を軍服女おんなの処理に割いた。


「どうして景品アンタが、タロットカードを使ってんのよ!?話がまるで違うわ!」

「ほう?」


 感情を失くした口調で消えるように呟いた軍服女おんなの言葉を、聞き逃さなかった。

 景品、話が違う。人間かれを景品にするなど、普段なら愉快な話と腹を痛めながら床を転がるのだが、今回ばかりは事情が違う。


 この夢世界いせかいの中で、彼の命を勝手に散らす訳にはいかない。ボクが元の世界に戻る為の道標を、路傍の小石に躓いた程度のアクシデントで壊させるわけにはいかない。

 ボクの中にある軍服女おんなを生かす理由が、明確に消し飛ぶ音がした。


「アンタがそんなへんちくりんな変身をするなんて!アタシは聞いてないッ!!」

「キミのその言葉には同意するけど、キミの言いたい放題を容認すると風評被害が広がりそうだねぇ」


 男の身体でワンピースを身に纏い、その上にカーディガンを羽織ったペアルック衣装は流石に女神であるボクも思う所がある。

 色合いもオリジナルに寄せてきている辺り、細部まで模倣しようとする超越物質タロットの勤勉さが伺える。恐らく何度か同じ人間を召喚すれば、外身だけは完璧な瓜二つの人間が出来上がるのではないだろうか。


 とはいえ、召喚される度に強制ペアルックの刑に処されるのは遠慮願いたい。ボク自身の心の安寧にも関わるし、男の精神状態を歪ませたまま放置すると痛いしっぺ返しが飛んでくる可能性がある。

 特に女教皇プリーステスちゃん辺りが怒ると厄介なので、今の内に手を尽くさせてもらおう。


「キミが『知らない』と頭を悩ませるのなら、可能性は二つ。一つはイレギュラー。キミが追い詰めたつもりだった彼自身が偶然、超越物質(タロット)に目覚めたというだけの話だよ」

「それは有り得ない!いかにも何も持っていないような冴えない男が、アタシたちのように選ばれた人間が手に入れられる力を手にできる訳がーー」


 初手から答えを教えてあげたつもりだったが、思考が偏りすぎていて重症だ。

 戦場での景色は千変万化、あらゆる可能性が乱舞する。万に一つの可能性の芽が出るかもしれないと柔軟な思考ができないのなら、それは戦闘経験が少なすぎる証左だ。

 呆れて物が言えないという言葉は、今のボクの心の中の事を表す為にあるのだと思う。


「ならば残る可能性は一つ、キミに与えられた情報が限られすぎた。彼はタロットを持っていないと…情報を敢えて、キミに提示しなかった」

「いい加減にしなさい!ウルスラ様はアタシにそんな大事な話、教えてくれない筈がない!!」


 ステレオタイプも極まると目も当てられないし、雑音として聞き流すのにも限度がある。幻想を見せる女神ボクが、まさかストレスで健康を害するような幻覚に悩む事になるとは夢にも思わなかった。

 そもそも、軍服女キミの詳細な主従関係を語られてもボクには何も響かない。情報の真贋を見極める絶対的な基準を他人に定めている時点で欠伸が出る。


「アタシはカノン、カノン・エルメ・ヴァレンティシア!ウルスラ・フォン・ムルメラス様の腹心にして御方の剣であるアタシに、それ以上無礼な口を開くなァァ!!」


 そう、今明かされた自分や敬愛する主サマのフルネームだって。ボクにとってはどうでも良い情報なのだ。

 これから存在が消えるキミの情報なんて、いくら仕入れても知識の無駄だーーと、実際に口にしないだけ有情だと思ってもらいたいんだけどな。


「うるさい無礼だと強い言葉を使って自分を鼓舞しているように見せるのは構わないけど、その所為せいで視野が狭くなるのは感心しない」

「だから口を開くなと言ってーーごぶッ!?」


 壁の役割に徹していた筈のゴーレムの頭部が、「ゴー!?」と悲鳴を上げながら軍服女おんなに突撃していく。その内の一体の頭が、軍服女おんなの横っ腹へと突っ込んだ。

 正確には壁になっているゴーレムたちの頭だけを器用に取り外し、それらを乱雑に打ち出しているだけなのだが…彼らは一体何が不満なのやら。


 そもそもこのゴーレムたち、土でできている割に強度や柔軟性は人間以上。恐らくもっと乱雑に扱っても躰が砕ける事はないだろう。自我がそれぞれの個体にあるのが欠点ーーいや、これも味と考えるべきか。

 総合して、意外と使い勝手が良さそうな人形たちだ。…一体誰がこんな上等な素材を召喚してくれたのか気になるが、答えに辿り着いた途端に肩を落としそうだから思考はここまでにしよう。世の中、知らない方が良い事だってあるのだ。


「いつ壁になっているゴーレムが、その場から動かないと思っていたんだい?最近のゴーレムは、頭をボールのように跳弾させる事だってできるんだよ」

「そんな事したら土兵ゴーレムが可哀想ーーがはッ!」


 無機物相手に可哀想とは心が過ぎる。…が、個人的には評価点をあげても良い。報酬はゴーレム吶喊ヘッドだ。

 しかし報酬が不服だったらしく、こちらを睨む軍服女おんなの表情が一層険しくなった。成程、もっと報酬が欲しいのか。


 ならば吶喊あたまのおかわりだ。先ほどよりも速度を少しあげるので、急所あたまだけは確実に守ってくれたまえ。頭蓋骨粉砕で一発退場なんて、みっともないだろう?


「それともう一つ。ーーいつボクの後ろに控えていた彼女が、拳を解いたと勘違いしたんだい?」


 高速で飛び交うゴーレムの頭たちを縫うように、赤ずきん少女が己の脚力にものを言わせて軍服女へと迫っていく。

 拳に水が溜まっているのだから、ボクと同じく遠距離から弾いて飛ばせば簡単に決着がつくというのに。わざわざ格闘戦に持ち込もうとする辺りは女教皇プリーステスちゃんと同じ戦闘狂いの臭いがする。


 赤ずきん少女の接近を感じ取った軍服女おんなが、必死の形相で応戦しようと土剣を構えた…所を、無慈悲にゴーレムの頭が弾いていく。

 絶望と怒りの入り混じった視線が、ボクに向けられた。ーーそんな眼で見ないでくれ、余計に嗜虐心が刺激されてしまうじゃないか。


「誰もが1対1で戦ってくれるとは限らない。キミが掲げているであろう騎士道通りに相手が動いてくれるなんて考えているのなら、これを機に考えを改めると良い」


 己の命の危機に、なりふり構わっていられないとようやく理解したのだろう。軍服女おんなの周囲に土の塊がいくつも展開され、徐々に剣の形が作られていく。

 しかし作成速度があまりにも遅すぎた。ようやく使い物になる形に整った頃には、ゴーレムの頭が軍服女おんなの得物を残らず撃ち落としていく。


 作っては潰され、作っては墜とされを繰り返す間にも、赤ずきん少女は拳の射程圏内まで接近する。ーーいよいよ、軍服女の表情に絶望の色が濃く表れてきた。


「キミの敗因は油断じゃない、感情に身を任せて己の無力を認めなかった事だ。だから、拳での決着を(・・・・・・)狙われたんだよ」


 軍服女おんなの腰を浮かせるように突撃した赤ずきん少女が、そのまま床へと押し倒す。満足に受け身を取らせてもらえなかった軍服女おんなが衝撃にのたうち回る間に、赤ずきん少女は全体重を骨盤に下ろして膝を肋骨にピッタリとくっつけた。


「はなッ、離せ!このッ、このーー」

「まともにかくとうせんのぎじゅつをしゅうとくしなかったあんたが、このたいせいからぬけだせるとおもわないことね」


 マウントポジション、しかも打撃を振り下ろすのに理想的な態勢で拘束された軍服女おんなが、必死に抜け出そうと足掻いているのが見える。赤ずきん少女の短いスカートが、軍服女おんなの抵抗によって紳士の目に毒な位置まで捲れてしまっているのが不憫でならない。

 …さて、セコンドがこの場にいたなら流石にタオル投入を勧める所だ。逆転劇が望めるほどの力量差がないと知りつつ、格闘戦の心得のない人間が必要以上に壊される様を見たくないのならね。


「いったわよね、ほねなし(・・・・)になるまでぶんなぐるって。でもあたしはやさしいから、さいごのことばくらいはきいてあげる」


 生殺与奪の権利を得た赤ずきん少女が、ゴボリと拳に溜まった水の音を立てる。これ以上の抵抗は無駄だと、感情が消えた顔が軍服女おんなを見下ろしている。

 まさしく死神の立ち振る舞い。大鎌から篭手に得意武器を鞍替えしても伝わる死の気配に、軍服女おんなが吼えた。


「裏切り者のクソエルフがァァアアアア!!」

「それがゆいごん?じゃあ、ウルスラさまにそうつたえておくわ」


 赤ずきん少女の握りしめた小さな拳…その周囲に纏わりついた水の篭手が振り下ろされる度、ただの打撃が打ち込まれた以上に軍服女おんなの躰が跳ね上がる。

 しっかり腰を落として体重を乗せているのだろう、無意識に躰を逸らし抜け出そうとする軍服女おんなは赤ずきん少女の拘束から逃げられない。


「ご、のーーお゛ぉッ!?」


 命を守る為に顔を守ろうと動かした軍服女おんなの腕は、水の拳が無慈悲に弾いていく。

 まだ柔らかさが残っている少女の頬肉いのちが、余す事なく腫れ上がっていく。

 敗北を受け入れるうわ言を呟きたがる口を、聞く耳を持たない拳が叩き壊していく。

 女と女の戦いだからこそ、相手に一切の情け容赦を与えない。自分の隙を晒せば容赦なくつけ込まれる同性のサガを知っているからこそ、赤ずきん少女の振り抜く拳に一切の加減ためらいはない。


「い゛つまで、も゛…ぢょうじ、にぃ…」


 みずを浴びる度に軍服女おんなの抵抗する力が奪われ、すっかり防御の腕が上がらなくなった事でより無防備にみずを受け続けているのが傍から見ていても分かる。

 最初こそ澄みきっていた水の篭手も、今となっては透明性はどこにもない。篭手が赤色に着色しきっても、少女はまだ満足しない。


「ま゛っで…な゛ぐら゛、な゛ぃで…」


 軍服女おんなの悲鳴の質が変わっても尚、ひたすら無言のまま命を刈り取るカマを何度も振り下ろしていく少女。抵抗が少なくなった事で、より効率的に頭蓋骨を粉砕できると言わんばかりに肘まで躊躇なく落とし始めていく始末だ。

 超高度から落とされる滝水の圧力に押し潰される様は、滝拳(パウンド)葬とでも呼ぶべきだろうか。およそ華奢な少女に結び付いて良い単語でないのは確かだ。


「や゛、だ…じに、だぐ…な゛ぃ」


 耳をすませてようやく聞き取れる程の小さく細い声は、あっという間に湿った打撃音にかき消される。

 傲慢だった理性が生きたい本能に屈服した後も、少女のカマは振り止まない。赦しの時はとうに過ぎたと、服や髪に返り血が跳ねようとも怯まず、雄弁に語って聞かせていた。


「も゛、ぅ。や゛め」


 軍服女おんなの生きたい本能が弱りきったと見たカマが、トドメと言わんばかりに大きく振りかぶって勢いを落とさず顔の中心へと振り下ろされた。

 一際大きく軍服女おんなの躰が跳ね上がり、やがて糸の切れた人形のように跳ねた四肢が床へと落ちる。





 武装を解きながらようやく少女が立ち上がった頃には、水で守られていた筈の小さな拳は赤く染まりきっており。軍服女おんなの顔からは、すっかり生気が抜け落ちてしまっていた。

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