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夢渡の女帝  作者: monoll
第4章 希望を夢見た宙の記憶
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第4章34「色染まるバケモノたちの舞踏会4」

 他者を理解するには、自分から相手に歩み寄る姿勢を見せる事が肝要だ。

 素直に物腰低く構えたり、横柄に胡坐をかいたりと、こちらが取るべき姿勢はに様々な択がある。

 あの覆面男の言葉を借りるようで癪だが、人生とは選択し続ける事だ。数少ない手札だけで、ほんの僅か先の未来を決め続けなければならない…そんな残酷で美しい歪な遊戯こそ、オレたちの人生そのものなのだ。


 勿論、選んだ択によって相手の捉え方(こたえ)が変化するのは言うまでもないだろう。

 だからこそ、言葉のやり取りはその場ですぐ返すのではなく、慎重に言葉を選ぶ必要がある。一度択を掴んだら、後戻りはできないのだ。


「貴様そのものがこの世界の常識、この世界の軸。貴様が笑えば世界もほころぶ、貴様がなげけば世界も雨に打たれる。貴様の心ひとつで、この世界も在り方を変えるのだ」

「…………、………は?」


 しかし、オレはその慎重さを思い出す事はできなかった。たっぷりと間を置き、熱で暴走し断線しかかった思考を巡らせようとし…本能ナニかが理解を拒んだ。

 目の前で尊大にこちらを見下している白薔薇の女が、『オレこそが夢世界いせかいの主人である』と、爆弾こたえをぶっこんできたのだ。


「そして妾たちはこの世界に棲むしもべ…違うな、貴様という核が生み出した情報の破片そのものだ。貴様の断片化した記憶と言い換えても良い。妾らはそれぞれ、貴様の様々な情報を継いで、それを基に形作られている」


 オレ自身が『ここは夢世界いせかいなんだ』と理解するのは問題ない。むしろ現実離れした身体能力を持つ少女たちに囲まれて、夢だと疑わないのなら感性が断線して(死んで)いる証拠だ。

 しかし、問題はこの事実を夢世界いせかいの住人が認知している事だ。自分の中に他者の思惑が入り混じった気持ち悪いナニカと断じず、あろう事か受け入れてすらいる「生きた」住人の在り方に、オレは困惑している。


「そして貴様りそうに近く妾らが在る程、この恩恵はとても大きくなる。貴様も身に覚えがあろう?雑兵の寄せ集めよりも、一騎当千の兵士を少数用意するだけで状況が瞬く間に変化する様を」

「…………」


 身に覚えがあるか、と言われたら首を縦に振るしかない。オレは、白薔薇女が指摘した事実をよく知っている。

 得物を持った複数人の手練れを相手に無双する姿を…自分の身長や体重の何倍もある筈の巨大な魔猪をたった2発の拳で討ち取ってしまうレイラさんの姿を、知っている。


 自分の存在が夢に近く在る程に力が漲る…モチベーションが上がると言い換えるべきだろうか。ここがオレの夢の中の世界である事を考えれば、なるほど一理あるだろう。

 つまり元からオレの思い描く理想に近しいレイラさんやソレイユは、常人より身体能力や恩恵そのものに大幅な強化を受けている状態にある…というのが白薔薇女の主張だ。


 とんだ夢世界いせかいの構造、性癖公開処刑場である。他人に知られたくない性癖とか、無自覚な性癖が今後オレの目の前に現れる可能性すらあるって事か?

 ここは地獄か?早く現実に戻してくれ。


「貴様は剣や槍といった得物…とりわけ火器を扱う者を忌避し、徒手空拳でのやり取りを好む傾向にある。ならばその嗜好に添ったしもべは、この恩恵を大きく受ける事ができる。基本魔術を4つ全て押さえた妾が、あの忌まわしい田舎娘に過去為す術もなく押され、やむを得ず体術を習得したのもこれが要因だ。手や脚の武具に凝った意匠があれば、間違いなく貴様の恩寵を得ようとする不埒者と見て良いだろう」

「ウルスラ様、ではカノンは…?剣術こそ修めれど、あまりカノンは体術が得意ではなくーー」


 思わず白薔薇女の演説に割り込んだ軍服女。彼女は体術が得意ではないらしい。…良い事を聞いた、後で格闘姫たちに言いふらしてやろう。

 とはいえ、彼女の疑問はもっともだろう。体術が得意ではないのなら、この白薔薇女の推測通りであるのなら、恩恵という強化バフを受ける事が叶わない。

 軍服女の疑問は、オレ自身も気になる。なので内心、白薔薇女の答えに期待していたのだが…。


「カノン、妾は貴様の口を動かして良いと一言も告げてないぞ?」

「っ…!し、失礼しましたっ!」


 軍服女の背伸び(ぎもん)を、白薔薇女は即座に叩き潰してしまった。

 言葉にしなくても解るだろう、とでも言いたげな冷たい視線。まるで蛇睨みのようだと思いながら、委縮した軍服女をオレは眉をひそめながら横目で盗み見る。


 疑問に答えてもらえなかった事には不満を覚えつつ、しかしお陰で思考の冷静さを僅かだが取り戻せた。

 ならば白薔薇女の解説えんぜつが再開されるまで、オレの中で情報を整理する時間に当てさせてもらおう。




 ソレイユは確か、この場にいる15人(・・・・・・・・・)に対して覆面男が開会宣言をした…と言っていた。

 摩訶不思議な造りをしているこの広い闘技場内で鬼ごっこをする事を考えれば、まぁ少なくも多くもない鬼の数。今でこそ白薔薇女たちに捕まってしまっているが、この場を逃れさえすれば、次に捕まるまでの時間を多少稼ぐ事はできる筈だ。

 …おっと、覆面男の存在も忘れてはならない。あの男もオレという賞品を手元に置いておきたい性格だろうし、女だらけの鬼ごっこの中に、突如鬼として混ざってきたとしても驚かない自信がある。


(覆面男と言えばアイツ、レイラさんたちの事を番号で呼んでいたよな。2番と9番、だったっけ)


 ふと、覆面男の事を考えていたら気になる事を思い出した。レイラさんとソレイユの呼称の違和感だ。

 独特な呼称は世の中探せばいくらでも見つかるだろうが、呼称それぞれに付けられた由来があるものだ。覆面男にも同じく、レイラさんたちを番号呼びする理由がどこかにある…と思いたい。

 では番号呼びの理由は何なのか?この答えは…本当に何となくだったが、オレの記憶の彼方からふんわりと浮かんできた。


(レイラさんは女教皇(プリーステス)、ソレイユは隠者(ハーミット)…タロットのアルカナの名称だ。これに割り振られた番号も2番と9番、偶然にしては出来過ぎだよな)


 それは、自称女神様の“ヤツヨ”がつけていた呼称だ。彼女も覆面男と同じく、独特な呼称をレイラさんたちにつけていた。

 過去に何度も名前を知る機会があったにも関わらず、頑なにその呼称を変えなかった理由は“ヤツヨ”本(にん)にしか分からない。


 だから、それ以外の道筋から答えを探すしかない。何でも良い、ここはオレの夢の中の世界だから見聞きした事に何かしら意味がある筈だ。

 例えば覆面男に無造作に放り出されて見させられた、開会宣言を受けた女たちの様子とかーー。


(…開会宣言の時の、皆が入れられていたおりと番号!くっ、時間と紙さえあれば…!)


 ほんの数分前まではハッキリ覚えていた筈の恐怖きおくを、オレの脳は既に漂白しつつあった。正常な脳の働きをしている証拠だ、それ自体はとても喜ばしい。

 それをオレは、これから自ら色を付けて思い出していく。解答用紙を真っ白で差し出すよりは、何かしら埋めていった方が心持ちが良いというものだ。


 だが、年齢とは非常に残酷だ。意識の外にある箇所からボロボロと崩れ落ちる記憶、感情。若い頃ならすぐに思い出せたこれらも、セピア色に変われば全てを思い出すのも苦労する。

 まだ脳内てもとに残っている当時の感情の残骸から、記憶を掘り起こし、断片を繋げていくしかない。幸い、直近で状況を振り返る機会があったので、記憶の屋台骨(きょうふ)はまだ残っているのだから。


(レイラさんは2番の部屋に、ソレイユは9番の部屋に、プリシラは13番の部屋にそれぞれ押し込められていた)


 ここは何度も顔を合わせた事のある面々なので、思い出す時間もあまり掛からない。

 では目の前の軍服女、今も床で寝こけているもう一人の…道化っぽい格好をしている女の3人は、場所が少し曖昧だ。だが幸いな事に、白薔薇女の番号だけは思い出せた。


(確か白薔薇女コイツは…1番。レイラさんの横にあったおりだった事と、ソレイユと一緒に顔を見ていた事が幸いしたな)


 もしここまでのオレの仮説が正しいのなら、“ヤツヨ”は白薔薇女の事を魔術師マジシャンと呼ぶだろう。

 実際、プリシラから聞かされた逸話や、本人の語り草から魔術を得意としている事が伺えるので、オレの考えはあながち間違いではない筈だ。


 …だが、簡単に思い出せるのはここまでだ。既に番号と顔が結び付かない組み合わせがある上、軍服女や道化女のような初めて顔を見る相手の番号など、気を配る心の余裕は当時のオレにはなかった。


(あぁクソッ!情報はもう打ち止めか…!)


 早く味方だれかと早く合流したい。今のオレの中の気付きでは、ここが展開の終着点だ。“ヤツヨ”でも良いから、相談する相手が欲しい…!


「一人会議は終わったようだな。なら妾の話を再開しても良いな?」


 んで…アンタはご丁寧にオレの思考潜航が終わるのを待ってたのかよ。そんなにオレの表情は読みやすいのか。

 レイラさんやソレイユらに読まれる表情なら何も言う事はないが、見ず知らずの人間にも指摘されると心の安寧が揺らぐというものだ。


 目元をピクピクと小さく痙攣させつつ、オレは白薔薇女に会話の続きを促した。


「では貴様、死にたくなければ5秒以内に這え」

「会話再開早々にご機嫌な挨拶だなオイーー」

「馬鹿もの!『風刃』が来るぞ、首を下げろ!!」


 眉をひそめて嫌悪感を示した直後、軍服女によって強制的に床へと組み伏せられてしまう。

 直後、風を纏った手刀やいばがオレの首があった場所にめがけて突き刺さっていた。


「その方のを受け続けると妾の手が汚れる。く退くがよい」

「カカッ!では存分に汚してもらおうか、ヌシの血でな!!」


 まるで忍者のようなはやい一撃、それを白薔薇女は最小限の土壁で防いでみせた。

 暗殺者の正体は、かつてオレの命を奪いに来た“悪魔”に溺れた筈の和装の女。既にこの世界に存在しない筈の女が、獰猛な笑みを浮かべて再びオレの前に現れたのだった。

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