第4章閑話1-2(肉が食べたい!2)
「カケル様、ご無事でしたか!?」
「だいじょうぶ?けられてない?わるいちしき、ふきこまれてない?」
帰りを今か今かと待っていたらしい、落ち着かない様子のレイラさんとプリシラがエントランスで迎えてくれた。「戻りました」のオレの声が上塗りされる声量に思わず身体が驚いてしまう。
…まぁ無理もない話だ。交渉の場から無事帰還したオレを見るなり、文字通りひと飛びで距離を詰めてくる格闘姫たちに恐怖したらしい付き添いの暗殺者なんか、腰を抜かして震えているのだ。レイラさんたちの勢い付いた拳と蹴りなんか、彼らからしたら下手な斬撃や魔法より受けたくないだろう。
「五体満足ですよ、レイラさん。あとプリシラ、ソレイユが悪知恵を吹き込む訳ないだろ」
自分の夢の中の世界の筈なのに全く知識がないのだ。悪知恵を吹き込んだ所で、活かせる知識と行動力が無ければ意味がないというもの。
そもそも黎明旅団の暗殺者が傍にいる中で下手な事は言えません。
それでもオレが教会を出てから大人しく二人が待っていてくれていたのだと思うと、何だか申し訳ない気持ちになってくる。
「それなら良いのですが…」
ただ…その気持ちの中で小さく燻る、二人が暴れなくて良かったと安堵する心が何故か無視できない。
考えすぎ?いやいや、二人がオッサンの身体をノータイムでペタペタ触れる様は、何か内に溜まっていたストレスの発散場になっているのではないかと逆にこちらが心配になる。
「だ、大丈夫…。大丈夫、だから。その、ずっと触られるのはちょっと…」
「だめ。なにかしこまれているかもしれないもの」
それにしてもボディタッチの時間が長すぎる。正直、今の二人を直視できない。
レイラさんは控えめに手を握る程度なのだが、まるで身体検査をされているかのようなプリシラの過剰なまでな接触は、一体これから何をされるんだと思わず慄くほどだ。
「いやいや、ソレイユはそんな事する訳ーーいやするかも。でも出来ればレイラさんの恩恵で触れる程度にしてもらいたいなって…」
「いくさみこのちからはまだもどりきっていない。ここはあたしががんばるところ」
このように上半身をくまなく触れる口述を作ってはいるものの、プリシラの指先の動きが徐々に怪しくなる。まるでダウジングするように、オレの神経の過敏な箇所に狙いを定めて指で線を引く始末だ。
こちらから手が出る事は恐らくないが、心の許容量はそろそろ限界だ。何とか触れる時間を短くしたり距離を取れば多少制御できるオレの女性嫌いの意識も、これでは表に出さざるを得なくなる。
(た、助けてレイラさん…)
魚の口呼吸をしながら、思わず視線を横に滑らせレイラさんと目を合わせてみる。
そこには、白と青の法衣ドレスが似合う美少女が淑やかな笑顔を浮かべていた。ただ一点、彼女の白い肌にそぐわない青筋が額に浮かんでいる事を除いて。
「プリシラ様、近いですよー。カケル様がお困りですのでそろそろ離れてくださいねー」
いつもより若干トーンを落とした彼女の声は、感情を察する事が難しい性格の人間でさえ本能で理解するであろう怒りが静かに籠められていた。
表情だけ見ればただこちらに微笑みかけているだけなのに、怒りを表現できるのって一種の才能だよな。漫画でしか見られないと思ってたが、いざ目の当たりにすると先人たちの血の気が引く表情も理解できる。
…あの、プリシラさん?そろそろ離れてもらえると大変ありがたいのですが。できれば早急に、ほらレイラさんが拳をパキパキ鳴らしていらっしゃるから早急に!
「私も我慢しているのですから、プリシラ様も我慢してくださいねー。今から10数えるまでに離れないと、実力行使に出ますよー」
背筋に冷たい死神の指が線を引く音がした。体感温度が2度ほど急に下がったような気がする。
お、オレは何も悪くないぞ!今ならまだレイラさんも赦してくれると思うからすぐに離れるんだプリシラーー。
「…10ッ!!」
「ぶッ!?」
視線で非常事態を訴えかけようと顔を動かした瞬間、礼拝堂に破壊音が大きく響き渡った。オレとプリシラの間に強引に割って入った淡い水色の髪の断罪者が、罪を重ねすぎたモノを粛清した音だ。
ようやくプリシラが離れてくれたと安堵する気持ちなんて微塵もない、むしろ吹き飛んだ彼女のぞんざいな扱いに思わず「ちょッ!?」と驚嘆が漏れてしまう。
それよりレイラさん、一体いつ10数えたんですか?オレには過程の数字が全く聞こえなかったんですけど??
「今のジャブで意識を飛ばさなかった事を後悔してください、プリシラ様ぁ…」
怒りで息を荒くする断罪者が、追撃せんと腕を捲る勢いで一歩ずつ土埃の舞う中心地へと足を進めていく。
姫曰く「小パン」の威力の遥かに超えている拳を赤い死神に落とさんと、白い女教皇が足音を立てていく。どっちが死神か分かったものじゃねぇや…。
「れ、レイラさん落ち着いて!自分は大丈夫ですから!これ以上の攻撃はプリシラが本当に死にますから!!」
「カケル様は甘やかしすぎです!プリシラ様に今一度私たちの関係性というものを知らしめておかなければ私が収まりません!!」
む、ぅ。それを言われるとオレも言葉に詰まる。
というかすぐ2、3時間前まで“悪魔”と一緒に今後レイラさんの傘下に入る重大な決断をした筈なのに、オッサンに寄りかかるのが早過ぎだ。なろう小説か何かかこの夢世界は、もっと自分の中で葛藤しなさい。
しかし、このままレイラさんを放置したら折檻という名の私刑まで状況が深刻化し兼ねない。プリシラはアクリス村で老司祭に殺されかけた件もあるので、オレの夢見が悪くなるどころの話では済まなくなってしまう。
「と、とりあえずソレイユとの交渉結果を伝えたいので。落ち着いてください、ね…?」
「むぅ」
それに、ソレイユの答えは二人とも分かっているのかもしれないが、交渉の結果をオレの口から伝えるべきだろう。
「カケル様は甘すぎます」と顔を膨らませ、視線で尚も訴えるレイラさんの姿を、今は直視できそうにない。だが表情では不満を訴えつつも拳を解いてくれた。こちらの言葉には従ってもらえるらしい。
ーー腰を抜かしているとはいえ、まだこの場には暗殺者があるのだし、どうせソレイユ自身もこのやり取りをどこかで盗み聞きしている事だろう。嫌な仕事は早い内に済ませておきたい。
それに土埃が晴れるのを待っていたら、折角思い留まってくれたレイラさんの気がまた変わるかもしれない。なので中々起き上がってこないプリシラの様子をチラと窺いつつ、早速話を切り出していく。
「何となくレイラさんも予想しているとは思いますが、交渉結果を伝えます。…ソレイユの言葉のまま伝えると、『アンタらに恵む肉はない』との事です」
「それだけ、ですか?」
コクンと首を縦に振り、オレはレイラさんに嘘をついていない事を証明してもらう。元より嘘をつくつもりは無いし、彼女自身に納得してもらった方が話が早い。
だが口火を切ってしまった以上、思考の火は燃え盛るばかりだ。…あぁ、レイラさんが次に取るであろう行動が今から手に取るように分かってしまう。
そこの貴方、我慢できなくなったレイラさんが「ひと狩り行ってきます!」と強行するかどうか賭けてみる気はあるかい?オッズは行くに1、行かないに100だぞ。
「それであれば勿論、聞かなかった事にします」
「ですよねー」
やっぱり納得してくれなかった。それどころか、満面の笑みを浮かべながら爪先で床を叩いて脚の感覚を確かめていらっしゃる。
恐らくこのまま止めなければ、本当に「私だけで肉を調達してきます!」と飛び出していきかねない。いや制止する人間がいなかったら今頃予備動作なしで行動している。
この考えの衝突が積み重なって、国同士が争う事になったんじゃなかろうか…とは、流石のオレも口には出さない。というより、この夢世界事情をよく知らないオレからは口を出したくても出せない。
さてどう収めたものかと思案し始めるオレの身体が、何故かひょいと浮いた。具体的には、レイラさんにお姫様だっこされた。もう嫌な予感しかしない。
「えっと、レイラさん?念の為に聞きますけど、何をしようと?」
「勿論、今から狩りに出かけようと。肉が無ければ果物を食べればよい、とはいかないのですよ」
ですよねー。
せめてグラビティは過剰にかけないでくださいね?と視線で訴えると、ニコリと笑みが返される。うーん以心伝心、オレの言いたい事が通じてくれて何よりだ。
…え?良い歳したオッサンが年下の女の子に抱えられて恥ずかしくないのかって?何度も抱えられてるから、もうそんな思考すら湧かなくなってきたよ。
慣れって、怖いね。
2話使っても完結しないだと!?…1回の投稿で文字数を増やせば解決?それはそう。
次回辺りでこの閑話を完結させたいですね。
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●この赤ずきん、オッサン相手にベッタベタやでぇ…
命を救った程度でこんなに懐かれるのなら、主人公君のお見合い相手も簡単に見つかりそうなものなのですけどねぇ…(暗黒微笑)。
さて、プリシラがここまで献身の姿勢を見せるのはヒロインちゃんに下った事、そして「永誓の契り」を交わした事も関係しますが、それとは別にもう一つ違う意味でも主人公君の近くに居たい理由があったりします。
尤も、こちらはプリシラ自身も無意識なようですが…詳細は後のエピソードにて。
●ところで“悪魔”は何をしているんです…?
プリシラがヒロインちゃんの小パンをまともに被弾してしまって目を回しているので、その介抱です。「嬢ちゃんもガードくらいしなさい」と説法しながら、裏ではせっせと悪巧みをしている様子。
この模様は、機会があれば書いていきたいですねぇ…。




