第4章14「月下の密談3」
柔らかい月光が仄暗い礼拝堂を照らすだけでなく、ステンドグラスの紋様にも表れている。少し前にレイラさんが言っていた、光の当たり具合によって紋様が変わるという話も成程納得だ。
オレたちが座る会衆席からもよくその紋様が見えている。まるで月の加護を一身に受けているような、どこか誇らしささえ覚える造形に、思わず目を閉じ余韻に浸りたくなるーー。
「わーはーはーひーのーはーなーひーおーひーへー!!」
「『わーがーはーいーのーはーなーしーをーきーけー!!』…だって」
「いや訳さなくて良いから。雰囲気で分かるし」
現実世界の聖堂も小さな声を部屋全体に届かせる造りになっていると聞くが、まさか仕組みを悪用する悪魔がいるとは誰が想像しただろうか。
というより、いい加減普通に話してくれ。ゲームで同じような事を話すNPCの解読をした事がなければオレもぶん殴っていたかもしれないけど、とりあえず普通に話してくれ。頭が痛くなる。
それとこれ以上、プリシラに棒読みの翻訳をさせるな。大事な話とやらがあるんじゃなかったのか、自分の口で話しやがれコンチクショウ。
「レヴィ様、真面目にお話を。私の口から二度目の忠告を出させないでください」
「…まったくユーモアの欠片もない。吾輩にもお茶目な一面があるとアピールさせてくれたまえ。それとも白嬢ちゃん、シャレの分からない人?」
「この他人を的確に苛立たせる言葉選び、まるでソレイユ様を相手にしている気分です。カケル様、この握った拳をレヴィ様にぶつけてもよろしいでしょうか?」
止めてください、ただでさえ牛歩ながらも進んでいる話なのにもっと足踏みして話が進まなくなるじゃないですか。でもレイラさんの気持ちは物凄く分かるので首を縦にも横にも振れない…。
どうにかレイラさんを納得させようと、うんうんと返答の仕方を考えていたその時…「ぷぎゅ」と何かが潰れる音がした。どうやらオレの煮え切らない反応を是と捉えたらしいレイラさんが、“悪魔”の身体を踏み抜いた音らしい。
「れ、レイラ…さん?」
「はい、何でしょう?」
はい、ではないんですけど?今貴女が浮かべているのは一仕事終えた後の笑顔なんですけど!靴に必死にしがみつく軟体生物の震える身体が見えてないんですか!?
勿論、戦闘の素人が気付いて玄人が気付かない変化ではない。特に格闘職であるレイラさんの事だ、四肢に纏わりつく異物に気付かない訳がない。
オレが彼女の足元にある物体に視線を向けた直後、まるで見せしめのようにもう一度物体は踏み潰された。ギャグでも何でもなく、常人であれば必殺に等しい威力の脚が断頭の刃の如く振り下ろされ…命を絶った事だろう。
つまりは。どんな理由であれ、悪魔に救いは与えられないのだ。
「カケル様が『拳はちょっと…』という表情をされていましたので、脚で黙らせました」
「そう、なんです、ね。は、はは」
知ってますか、レイラさん。女性は全身の筋量が男性より少ないのですが、それでも十分量を担保されている脚での攻撃は腕よりも威力が高いのです。銃がダメなら大砲で、って理屈じゃないんですよレイラさん。
その大砲を至近距離で浴びて生きていそうな“悪魔”も大概だけども!この軟体生物、何で今の踏みつけで生きてるんだよ!?
「わ、吾輩でなければ三途の川を渡っていたぞ…。白嬢ちゃん、もしやタロット持ち?」
「そんなよく分からないものを私が持っていると?冗談は“ヤツヨ”様の存在だけにしていただきたいですね」
「それは違いない」
急に意気投合するんじゃねぇ、状況の温度差で風邪を引くわコンチクショウ!
というより、意気投合したなら早く本題に移ってもらえないだろうか。まだ漫才が続くならレイラさん程ではないがオレだって暴れるぞ。
「分かった分かった、今から話すぞ。本当だからな?」
オレの表情で伝わったらしく、ようやく軟体生物が姿勢を正す。…スライムがどうやって姿勢を正しているのかは分からないし、知りたくもないが。
だが、話を始めてくれるのならそれで良い。…もう最初の「話を始める」宣言から10分以上経っているが、大丈夫まだオレの堪忍袋の緒は守られている。伊達に現実世界の仕事で長時間説教と愚痴を聞いてはいないのだ。
「まずはおヌシら、『バレット・タロット』というゲームを知っているか?」
「…『バレット・タロット』?」
残念ながら初耳だ…が、現実世界で似たようなゲームを遊んだ事ならある。
具体的な内容までは思い出せないが、確か…最後の一人になるまでタロット同士を戦わせるという、奇抜な格闘ゲームだった気がする。
「確か聞いた事がある」と言葉を口から出しかけて…何故か本能がそれを留めた。
それどころか、口が酷く渇いていく。まるで悪事を働き、それが暴露された時のような焦燥感まで募ってくる。
(今のオレは、“悪魔”のタロット持ちーー)
少し前に、“ヤツヨ”から言われていた事をふいに思い出した。オレの最悪の想像通りのゲームであれば、これは殺し合いだ。
そして”ヤツヨ”が時折ある人物たちを指して言っていた言葉が、今になって弱者を刺してくる。
(女教皇、隠者、法王、死神…)
それぞれの名前で呼ばれていた人物たちの顔を思い浮かべ、時にはこの場にいる強者を盗み見て、体温を更に下げていく。
正直、今名前を挙げた生存者に勝負を挑んでも勝てる見込みがどこにもない。そもそも勝負したいとも思わない。ましてや、自分の命を賭けた戦いなんて真っ平だ。
だがオレが現実世界に帰る為には、“ヤツヨ”が見せていた虹色の小さな機械にエネルギーを溜める必要がある。
それをあと、どれだけ溜める必要があると言っていただろうか。溜める為の条件は、何と言われていただろうか。…この2点が、夢世界のどこかで繋がると何故考えなかったのか。
「私は初耳です。プリシラ様は?」
「あたしもはじめてきいた。たいようのくにのあそび?」
少なくとも、夢世界組では馴染みのないゲームである事は理解した。理解したが故に、オレの脳内はさらに酷く混乱していく。
このまま不確かな情報とはいえ開示して良いのだろうか。真相が分かった瞬間にレイラさんやプリシラがオレを殺しに来る可能性は?
“悪魔”の言葉をそもそも信じて良いのか、という疑問すら今のオレには浮かばない。だがオレが生きて現実世界に帰る為には、レイラさんたちのような相手に勝利しなければならない。ーー当然ながら、オレにはそんな力はない。
「カケル様、どうされましたか?お顔が優れないようですが…」
「ッ!?」
思わず息を吸い込んでしまう。その不用意な行動が、オレに隠し事があるとこの場にいる全員に知らしめてしまう。
そして、レイラさん相手に嘘は通用しない。嘘を嫌うレイラさん相手に上手く立ち回れるほど器用でもないし、頭も回らない。ーー実質の、詰みだ。
「おヌシの最悪の予想通り、これは殺し合いのゲーム。だがゲームである以上、何も力のぶつかり合いが全てという訳ではないのだ。…頭を、使うのだよ」
その詰みを、“悪魔”の言葉が捻じ曲げた。オレにとっては首の皮一枚繋がって助かった状況だが、一体“悪魔”は何を考えているのだろうか。
「だから吾輩は、正式にこのゲームを布告される前に動く事にした。大事な話とは、つまり同盟の話である」
「…成程、レヴィ様が仰りたい事は理解できました。戦闘するにしても傍観するにしても、集団で動いた方が良い事もありますからね」
話を上手い具合に逸らしてくれたが、要するにソレイユたちのように協力関係を結ぼうという話だろうか。ならば願ってもない話だ。
だがありがたい事に、情けないオレをレイラさんは「助ける」と既に言ってくれている。つまり遠回しに“悪魔”と同盟を組んでいる状態でもある…ような気がするのだが、そこの所はどうなのでしょう?
「幾つか質問があります。レヴィ様の仰るその殺し合い、何故私たちが参加しなければならない事をレヴィ様は知っているのです?そもそも、何故私たちが殺し合いをする必要が?」
どちらも当然の疑問だ、オレだって情報の出所を知りたい。
そもそも夢世界に来てから遭遇している戦闘も、レイラさんに差し向けられた刺客によるものばかりだ。そのいずれもレイラさんは返り討ちにし、彼彼女の命を奪うような事はしなかった筈。
それが前哨戦?いい加減にしろよ。まるで今までの戦闘が小手調べで、ここからが本番かのような言い方じゃないか。戦争でも始めるつもりかーー。
(せん、そう?)
確かこの夢世界には「太陽」と「月」の2つの国しかなく、互いの国は何かと理由をつけては衝突する…とかしないとか。
まさか、この殺し合いの正体ってーー。
「順を追って説明するぞ。まず吾輩がゲームを知っているのは、事前情報を握っていたからだ。恐らく白嬢ちゃんたちも、あと数日もしたら理由は嫌でも解る」
初撃から容赦ねぇな情報爆弾。ほら見ろ、美少女二人の眉間に皺が寄ったじゃねぇか。
そもそもが胡散臭い話、どこを切り取っても信用して良いと思える要素がない。誰が信用するんだそんな与太話。というよりいつそんな情報を仕入れたんだ。
…だが、軟体生物が言わんとする背景が大まかに想像できてしまうのは狡い。何故なら、この場にいるのは今の発言に心当たりのある当事者たちだからだ。
「殺し合いをする必要がある、というのは…。ある人物が関わる戦争は例外なく、不条理に満ちたゲームに変貌するからだ。流石の吾輩でも、現段階でこれ以上の言葉は出したくても出せぬ」
「その殺し合いを謀っている不埒者の名前は?」
「名を明かすくらいなら許されるであろう。歩みを止めた者、“審判者”と呼ばれている」
「…ここまでの内容で嘘を仰ってはいなさそうですね」
つまり、太陽の国と月の国の戦争が間もなく始まろうとしており、それを皮切りに“審判者”とやらが企てる殺し合いが始まってしまう…という事か。
そもそも戦争は殺し合いと同義だろう。ならば、その人物がゲーム感覚で企てたのは戦争そのものという事にならないだろうか。
「ふざけている」
飛躍しすぎた極論に苛立ち思わず口から出てしまった言葉に、プリシラの浮かべる表情に影が落ちた。
彼女はレイラさんやソレイユ相手に格闘戦で立ち回る事ができる実力者なのだ、もしかしたら今の戦争が起こるという話はどこかで聞いていたのかもしれない。
何だったら、彼女の上司であるウルスラから戦列に加わるよう命令されていてもおかしくはない。…そこに拒否権は、恐らく無かっただろう。
「あなたをくににらちするはなしがなければ、なんのうたがいもなく、あたしはいまごろぐんにくわわっていたとおもう。いまは…はなしをうけて、あるいみよかったとおもっているわ」
プリシラの罪を告白によって、オレの推理モドキが現実味を帯びてくる。余計に彼女の上司への腹立たしさを覚え、二言目の怨嗟が口から漏れそうになった。
…間違えてはいけない。プリシラがやろうとした事は確かに悪だったが、それを裁く権利はオレにはない。
仮にオレが裁く人間だったとして、少なくともオレは彼女を罰する気は無い。必要以上に精神を追い詰める必要も感じない。…ならば、ここでオレがプリシラの話題に対して口を開くのは論外だ。
「『バレット・タロット』に関わるのは22人。1対21より、2対20の方が勝率は上がると吾輩は考えるが…どうかね?」
オレが閉口し、レイラさんが思案する中で“悪魔”は再び同盟を持ちかけてくる。勿論オレは歓迎だ。命を狙われる可能性が少しでも抑えられるのなら、手を組むべきだ。
だが、“悪魔”の相手はレイラさんだ。話を受けるも断るも彼女の考え次第ーー。
「黎明旅団の方々ともお話はしましたが、同盟を結ぶにあたり私が最も優先するのはカケル様の安全。レヴィ様とプリシラ様には同じ事を約束いただく、これが私からの条件です」
自分の命すら危ういこの状況で、嘘はないと解っていつつも“悪魔”の言葉を鵜呑みにして良いのかという葛藤もあった事だろう。
だがそれでも、レイラさんは真っ先にオレを守る事を優先してくれた。それを嬉しく思いつつも、申し訳ない気持ちも同じくらいこみ上げてくる。
「そもそも私は、太陽の国との戦争を止める為に“賢者”の位を戴いています。争わない為の同盟であれば喜んでお受けしましょう。…返答は?」
言葉を向けられた“悪魔”が、その口を開く前にプリシラが前へと出る。彼女の表情からは、後ろめたさが消えていた。
「あたしは、ウルスラさまのめいれいでいままでうごいていた。でも、めいれいにそむいたあたしは、くににかえってもころされるだけ。なら、あたしのいのちはもっとゆういぎにつかいたい。あたしをたすけてくれたひとに…てをさしのべてくれたひとに、おんがえしがしたい」
「吾輩は元よりそこの男から生まれた存在、宿主を傷つけられるのが一番の不利益と理解している。あとは、白嬢ちゃんが吾輩たちの言葉を信じるか否かだ」
プリシラの言葉に、“悪魔”の言葉が重ねられる。それらを受け、レイラさんの手が差し伸べられた。
ーー礼拝堂を月明かりがステンドグラス越しに照らす中。来たる戦争の為、不条理に抗う為、ここに同盟は結ばれた。
「貴方がたの言葉が、偽りにならない事を願っています」
…ソレイユたちも、今の話を聞いてくれていれば良かったのにな。オレはふと、そんな事を思ったのだった。
●ヒロインちゃんの踏み潰しでも生還する”悪魔”
これでも体力ゲージがレッドゾーンだったりします。プリシラの恩恵を解析してパk…学習した自動回復によって徐々に回復するとはいえ、あとひと踏みされていたら実は洒落になっていませんでした。
心底後悔した表情で呟いた「…仕留め損ないました」とは、後にこの事実を知ったヒロインちゃんの言葉なのだとか。
●『バレット・タロット』
“審判者”が企てたとされる、全22人による殺し合いゲーム。現実世界で主人公君が寝る直前までプレイしていた『タロット・パレット!』とは似て非なるゲームとなっています。
詳細は後に本人から語っていただくとして、ここでは「タロットの大アルカナを持つ者同士で何かするのかな?」程度に知識を留めていただければ。




