43.No.010 重課金系ヒロイン×ビクトリア④
陛下に殴られたノエル殿下と、サヴァラン殿下を目の当たりにして、呆気にとられる私とお父様。
それとは裏腹に、二人は特に驚く様子もなく、王妃殿下も使用人たちも、感情を表に出さないようにしているのか、無表情だ。
その様子から、これが日常の出来事なのだと分かる。
「申し訳ございませんでした」
サヴァラン殿下は謝罪し、ひざまずいたまま、自分の頬の傷を治した。
「ノエル、お前はどうなんだ」
陛下はノエル殿下を睨みつける。
「僕は自分の気持ちに嘘をつきたくありません。発言は撤回致しません」
ノエル殿下は、陛下の顔を見上げながら言い返した。
「なんだ、その生意気な目は! 自分の想いを貫き通したければ、さっさと力を取り戻せばいいものを! この、身の程知らずが!」
陛下は再び手を振りかぶった。
危ない。また殴られる。
「おやめください」
私はとっさにノエル殿下をかばった。
「離れなさい、アンジェリカ嬢。これは王家の問題だ。私は、よその娘を躾ける趣味はない。それとも君たち親子にも別の罰が必要か?」
陛下の声は怒りに震えている。
「アンジェリカ! 危ないから離れて!」
ノエル殿下は私を遠ざけようとする。
「イヤです! わたくしなら、いくらでも傷が治りますから。痛めつけるなら、わたくしにして下さい! ノエル殿下がこうなったのも全て、わたくしの責任ですから!」
「アンジェ!」
お父様の悲痛な叫び声が聞こえる。
最高権力者に逆らってしまった。
もう処刑は免れない。
それなら言いたいことを全部言ってやる。
「陛下、どうかご理解ください。わたくしにとっては、ノエル殿下の隣にいること以上に、大切なことはありません。才能だって、王太子の地位だって関係ありません。わたくしは、ありのままのノエル殿下を愛しているのです!」
わがままを言っているのは分かってる。
自分の家門に課された使命があることだって分かってる。
けれども、お願い。どうか、この気持ちを分かって⋯⋯
「アンジェリカ! 良く言ったのニャ!」
突然聞こえた間の抜けた声。
拍手をしながら飛び出して来たのは、太ったトラ猫だ。
何故か宙にプカプカと浮いている。
この生き物は何?
どうして私の名前を知っているの?
「我が名はメープル。この世界を作り出した、神のような存在なのニャ」
トラ猫は、ふんぞり返りながら言った。
「神のような存在⋯⋯メープル様⋯⋯」
そして何故かメープル様の後ろから現れたのは、ビクトリア嬢、カトリーヌ嬢、パトリシア嬢、そして、オリビア嬢だ。
「この子たちは、あちらの世界から連れてきた存在なのニャ」
メープル様は四人のことをそう紹介してくださった。
「アンジェリカ、私たちの完敗です。ノエルの能力をお返しします」
「アンジェリカ、あなたのこと、ずっと誤解してた。たくさん意地悪して、ごめんなさい」
「あなたは悪役なんかじゃない! 真のヒロインよ!」
「二人には幸せになって欲しい!」
四人は口々に言った。
これはいったい、どういう状況なのか⋯⋯
「そう言うことで、この者たちは、責任を持って元の世界に返すのニャ。けど、その前にやる事があるのニャ」
メープル様はそう言うと、陛下の元へフワフワと飛んでいった。
「グラッセ=アフォガート。ラスボスらしく見事な働きっぷりだったのニャ。迫真の演技だったのニャ」
メープル様は悪そうな顔で笑いながら、陛下に顔を近づける。
「いえ、私は、別に、そんな⋯⋯」
さっきまでの勢いが無くなり、タジタジの陛下。
え? 先ほどのは演技なの?
「確かに息子たちに厳しいキャラとして、この国王を作り出したから、こちらが責められたものじゃないのニャ。しか〜し! 責任感が暴走気味で、愛と夢の乙女ゲームなのに、ドン引きするほど簡単に息子たちを殴りすぎなのニャ。このままお咎めなしなのは、後味が悪いのニャ」
王冠の上に浮かぶメープル様を、陛下は不安そうに見上げる。
「というわけで、グラッセ=アフォガートに、この姿を授けるのニャ。国王と二代目メープルの二足のわらじを履いて、活躍してもらうのニャ」
メープル様はそう言うと、身体からまばゆい光を出した。
すると、メープル様の姿が、三十代前半位の女性の姿に変化し、代わりに、陛下が太ったトラ猫の姿になってしまった。
「ニャー! これはいったいどういう状況なんニャ! どうか、お救いくニャさい!」
陛下改め二代目メープル様?は、床をのたうち回った。
「あともう一人、どうしたって報われない男がいるのは、本編の配信に期待するのニャ」
メープル様は、サヴァラン殿下の元へ歩いていき、肩に手を置いた。
サヴァラン殿下は、気まずそうにメープル様から目を逸らす。
あれ、サヴァラン殿下の目が赤いような⋯⋯
陛下に殴られたせいかしら。
本編の配信とは何のことなのか。
「それでは皆、また会う日まで、幸せに暮らすのニャ〜!」
メープル様と四人のご令嬢たちは、光を放ちながら消えていった。
つまり、最近私たちの周りで起こっていた一連の事件は、この世界を作った神、メープル様が仕掛けていたということ?
わかったような、わからなかったような⋯⋯
「僕だけの最愛のアンジェリカ!」
ノエル殿下は固まる私を抱きしめた。
彼の顔を見上げると、先ほど陛下に殴られた傷が綺麗に治っている。
「ノエル殿下! よかったです! 力が戻ったんですね!」
「そうだよ。だから僕たちは今まで通り、婚約者であり、愛し合う二人でいられるんだ!」
ノエル殿下は更に力強く抱きしめてくれた。
その温もりに、幸せな気持ちで身を預ける。
お父様とサヴァラン殿下は拍手してくださり、陛下は⋯⋯それどころじゃないみたい。
試練を乗り越えた私たちは、二人でいられる幸せを噛み締めながら抱き合った。
次回、最終話です。




