38.No.009 オタク系ヒロイン×クロエの中の人②
宿泊研修二日目の夜。
今夜は予想通り満月だ。
アンジェリカの部屋の向かい側の学生と、部屋を交換してもらい、様子を伺う。
アンジェリカは、患者さんの治療に大忙しで、夜になってようやく自室に帰って来た。
さて、ここからどう運命が動き出すのか。
ノエル以外の男が、部屋を訪ねてくるの?
けど、それじゃ、ノエルがその事実を知る手立てがないかもしれないわよね。
ドアののぞき穴からじっと観察していると、なにやら慌てた様子のアンジェリカが飛び出して行った。
すぐに追いかけないと!
私はビデオカメラを手に取り、アンジェリカの後を追った。
森の奥に入って行ったアンジェリカは、クグロフを介抱しようとしているみたい。
その瞬間、全てを理解した気がした。
そうか。今夜は満月だから、クグロフが狼男に変身してしまう日だ。
警戒心ゼロのアンジェリカの様子から察するに、彼女は彼の秘密に気付いていない様子。
程なくして、クグロフがアンジェリカを押し倒した。
キターーーー!!
これがアンジェリカの男性問題。
クグロフはアンジェリカにキスしたり、愛を乞うたりと苦しそうにしている。
なるほど。
ここで、優しいアンジェリカはクグロフを助けるために、彼を受け入れてしまう展開なのか。
このシーンをノエルが直接目撃するか、噂を耳にするかして、ショックを受けて闇堕ちしてしまう。
悪役令嬢誕生の歴史的瞬間に立ち会えると思うと、ビデオカメラを構える手が震える。
「アンジェリカ様、申し訳ございません⋯⋯騙すつもりは無かったのです⋯⋯今までは薬用植物を摂取することで、変化を抑えていたのですが⋯⋯今日に限って、紛失してしまったのです⋯⋯」
辛そうに語るクグロフ。
⋯⋯⋯⋯え? 薬用植物を紛失した?
昨日メープルに引かせてもらった、ガチャの景品の説明欄を確認する。
『クグロフの薬』
この謎の草はそんな名前のアイテムらしい。
つまり、クグロフのオオカミ化の原因は、私ってことじゃあねぇか!
ごめんね、アンジェリカ!
あなたを貶めるつもりは無かったの〜!!
頭を抱えて狼狽えていると、アンジェリカの声が聞こえた。
「ごめんなさいクグロフ、わたくしには出来ない。貴方の事は、人として好きだけど、恋人として好きなのはノエル殿下だけなの。わたくしがキスしたいのは、ノエル殿下だけなの!」
なんと、アンジェリカは意外にも、きっぱりと断った。
そこに、運命に導かれたように、現れたノエル⋯⋯
ノエルの活躍により、クグロフは沈静化された。
そしてそこからは、ノエルとアンジェリカの甘々なキスシーンに突入した。
美男美女のこういう姿って、様になるのよね。
運営さん、このシーンをスチルにして下さいと、元の世界に戻れたらリクエストを送信しよう。
「アンジェリカ、大好きだよ」
「わたくしも、大好きです。ノエル殿下」
照れたように微笑み合う二人を見て、こちらまでニヤけてくる。
これは眼福でした。
垂れた鼻血を拭いながら、踵を返す。
さ。部屋に帰ったら、撮れた動画をもう一度再生して⋯⋯
「クロエ嬢、君はさっきからコソコソと何をしているんだい?」
後ろから聞こえたのはノエルの声だ。
やば、うっかり見つかってしまったみたい。
「いえ、わたくしは、お二人の幸せを祝福する、ただの一般人です⋯⋯」
「だったらどうして君が、クグロフの薬を持っているのかな?」
「え、何のことでしょう⋯⋯」
「香りが特徴的だから分かるんだ。昨日になってから突然、君からクグロフと同じ香りを感じるようになった。そして起きた、この騒ぎ⋯⋯」
「いや、わたくしは偶然、草を拾って⋯⋯」
「あと、君が持っているその機械はなんだい? ダックワーズ先生が使っていた、防犯カメラによく似た機械は。まさか、僕たちの逢瀬を記録していたんじゃ⋯⋯」
「ももも申し訳ございません! お許しを〜!」
投獄を恐れた私は、ノエルの追及から、走って逃げることしか出来なかった。
「メープル、私はただ、平和にこの世界を楽しみたかっただけなのに⋯⋯」
「クグロフの薬は悲しい偶然だとしても、元の世界でも盗撮は犯罪なのニャ。今までのクロエの態度が信頼に足るものだったから、ノエルも許してくれたのニャ。ラッキーだったとしか言いようがないのニャ」
メープルは後ろ足で身体を掻きながら言った。
救いようのない理由から、私のような間抜けまで、散っていったヒロインは数知れず。
ヒロインに、とことん厳しいこの世界は、本家のゲームとは一味違う、幻の『悪夢モード』だと確信したのだった。




