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36.No.009 オタク系ヒロイン×クロエ①

 今日から三日間かけて行われる、宿泊研修に向かう馬車の中。

 右隣にはノエル殿下が、向かいにはシフォンと、クグロフが座っている。

 トルテは馬車の運転係だ。


「僕の愛しのアンジェリカ。行きも帰りも同じ馬車だなんて、神に感謝したいね。最高な気分だよ」


 ノエル殿下は横から私を抱きしめ、頬ずりする。

 恐らく先生方が気を遣って、私たちをペアにしたんだろう。


「ノエル殿下? プライベートな空間とは言え、研修中ですので⋯⋯」

  

「アンジェリカ⋯⋯どうしてそんなに、つれないことを言うんだい? こんなに近くにいるのに、触れられないなんて、苦しくて耐えられないよ」


「そう⋯⋯ですか⋯⋯」


 吸血鬼事件と誘拐事件の後から、ノエル殿下のスキンシップは、激しさを増している気がする。


 決して嫌なわけでは無い。

 むしろ嬉しいんだけど⋯⋯


 有り難いことに、シフォンとクグロフは、気配を消しながら俯いている。


「実りある研修にすることは、もちろんだけど、自由時間もあるそうだから、素敵な三日間にしようね」


 ノエル殿下は、私の右頬にキスしたあと、微笑んだ。


 

 馬車に揺られること数時間、お昼前にはシトロンお兄様の治療院にたどり着いた。


 ここは、コンフィズリー領の森を切り拓いた広大な土地に作られた病院で、最大300人の患者さんが入院出来る病棟、スタッフや学生が寝泊まり出来る職員棟、給食や洗濯などの裏方業務の担当者が出入りする管理棟の三つの建物から成り立っている。


 それぞれの馬車で移動してきた学生達は、正面玄関前の広場に整列する。

 

「みなさん、遠いところ、このような田舎までよく来て下さいました。まずは部屋に荷物を置いて頂いて、昼食にしましょう。午後からは施設の見学をして頂けたらと思います」


 そう言って出迎えてくれたのは、白衣を着たシトロンお兄様だ。


「シトロン卿、この度は、ご協力頂き感謝いたします」


「いえいえ、キャンディ先生。ご無沙汰しております。いつも妹がお世話になっております」


 お兄様はキャンディ先生と握手を交わした。

 


 食堂で食事をとった後は、シトロンお兄様が院内を案内して下さった。


「このフロアには、主に内科系疾患の患者さんが入院しています。最近は朝晩の気温差が激しいので、風邪を引いている方も多いです。風邪のせいで、喘息や糖尿病などの基礎疾患が急激に悪化するリスクがありますから、まだあまり症状が重くない内に、入院してもらう事も多いです」


 お兄様の視線の先には、七十代位の男性患者さんと、治療を施すスタッフがいた。


 見たところ患者さんは、熱っぽそうなのと、軽い咳があるくらいで、会話中には笑顔も見られて、そう酷い様子ではなさそうだ。


 けれども、これから悪化する可能性を考慮して、軽症の内に対処すると。


「先ほどもお伝えしたように、今の時期は風邪が流行していますから、毎日この治療院には、たくさんの患者さんが来られます。明日からは、みなさんにも風邪の治療を行って貰いますので、よろしくお願いしますね」


「実践の第一歩は、風邪の治療か!」

「持病が悪化しないように、きっちり治さないとな!」


 シトロンお兄様の言葉に、学生達のやる気が、みなぎったようだった。



 研修二日目。

 この日は昨日受けた説明通り、学生たちで手分けして風邪の患者さんの治療を行った。


「あらあら、今日はアンジェリカ様もいらっしゃるんですね。いつもお世話になっております」


 この治療院にいつも通っているという、領民の方から声をかけられる。


「はい。昨日からここで、研修をさせて頂いているんです」


「そうでしたか。それでは、よろしくお願いします」


「はい。失礼します」


 軽度の風邪症状の治療は、私の能力では、だいたい一人辺り一時間くらいかかる。

 朝から夕方まで、次々と訪れる患者さんの治療を行っている内に、息つく間もなく夜になった。



「はぁ〜やっと終わった〜!」


 全ての患者さんの治療が終わり、与えられた部屋に帰り着く。

 お兄様は毎日こんなにも大変な思いをして、働いていたんだ。


 いや、常に人手不足な中、難しい症例にも対応しているお兄様の方が、何倍も大変に違いない。


 自由時間があると聞いていたけど、寝て起きたらもう最終日か。

 

 窓の縁にもたれて、空を見上げる。

 やけに明るい夜だと思ったら、今夜は満月か⋯⋯


 この治療院以外、近くに建物も無いし、森の近くで空気が澄んでいるからか、いつもより綺麗に輝いて見える気がする。


 しばらくそのまま月を見上げていると、視界の端を通り過ぎていく人影が見えた。


 あれは⋯⋯クグロフ?

 

「はぁ⋯⋯はぁ⋯⋯」


 なんだか息を荒くしながら、前かがみになって辛そうに歩いている。

 風邪が流行しているから、感染しちゃったのかも。


 心配になった私は、森の中に入って行った彼の後を追った。

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