35.No.009 オタク系ヒロイン×クロエの中の人①
今回は中の人からスタートです。
私は真央。二十五歳のOL。
乙女ゲーム『ドルチェのような恋をして』のオタクだ。
私は、このゲームに登場する、全攻略対象のメインストーリーの各エンドにたどり着いた上に、毎月配信される季節の番外編も、全てのキャラのルートをプレイしている。
大抵の人は推しキャラが存在して、特に番外編は、そのキャラが主役のストーリーしかプレイしないという人も多い。
そんな中でも私は、全てのコンテンツに目を通す、オタクの中のオタクなのだ。
そんな熱意を買われたのか、乙女ゲームの世界に潜り込むことが出来た。
この世界で与えられた役割は、クロエ=オランジェットという、公爵令嬢だ。
悪役令嬢アンジェリカと同じ、公爵家の令嬢。
けれども私は、アンジェリカを蹴落とす気なんて起きない。
おバカな他のプレイヤーたちと一緒にしないで欲しい。
私は真面目に授業を受けているし、邪魔をしたり、誰かを傷つけたりするなんてことは、もっての外。
礼儀正しく、大人しく過ごす。
私はただ、真実を知りたいだけなんだ。
ノエルルートのアンジェリカは、ノエルを闇堕ちさせた(または、させそうになった)悪役令嬢として、国外に追放されてしまう悲しい役回りだ。
ノエルが闇堕ちした理由は、明言されてはいないものの、彼の心情を察すれば分かる。
考察班の調べでは下記の通り。
①アンジェリカが、ノエルより医術の面で優秀だったこと。
②そんなアンジェリカが、ノエルの恋心に気がつかず、無関心で、素っ気なかったため、ノエルの幼少期のトラウマが刺激されたこと。
③そして極めつけに、アンジェリカが、男性問題を起こしたこと。
この三つが原因だとされている。
この世界に来て、実際にアンジェリカ本人と関わった感触では、確かにアンジェリカは優秀だし、ノエルに対して、少なくとも人前では、あからさまな好意を見せたりしない。
では、男性問題とは、いったい何の事なのか。
これについては、番外編『君と見上げる満月』のトルテルートで、少し語られる。
『この季節の満月を見ると、三年前のことを思い出します。ノエル殿下が傷つき落胆されたお姿を⋯⋯私は、あの御方のあのような表情を、もう二度と見たくないのです』
トルテはヒロインに対して、こう語っていた。
このイベントの三年前には、王立医術学園の宿泊研修が、実施されていたことになっている。
つまり、今度の宿泊研修の満月の夜、アンジェリカは男性問題を起こすことになる。
最近のアンジェリカは、確かに複数の男性から好意を寄せられているものの、ノエルと向き合っているように見えるんだけどな。
せっかくこの世界に来られたんだから、観察者として、何があったのか確かめてやる。
◆
ある日。
来月に控えた宿泊研修についての説明会が開催された。
「この宿泊研修は、二泊三日の日程で行われます。研修場所は、コンフィズリー公爵領の治療院――ミス・アンジェリカの兄上のシトロン卿の仕事場です。ミス・アンジェリカ、ご協力感謝致します」
キャンディ先生は、アンジェリカに頭を下げる。
「いえいえ、わたくしは何も⋯⋯」
アンジェリカは謙遜した。
浮気なんて、するような子には、見えないけどなぁ。
「研修の目的は、実際に病を抱える人々に対して、どの様に治療を施しているか、その現場を知ることです。軽症な患者さんに対しては、シトロン卿や我々教師の監督の下、みなさんにも実際に治療を行って頂きます」
「おぉ! 実践もあるのか⋯⋯」
「貴重な経験になりそうだ!」
学生たちは浮足立っている。
「当日は、馬車に分乗して、治療院を目指します。くれぐれも、体調を崩さないように。それと、研修前に事前学習課題とレポートの提出をお願いします。これから詳しく説明しますので、メモの準備を」
研修の準備に慌ただしくしている内に、宿泊研修当日を迎えた。
メープルに頼んで引かせてもらったガチャで、手に入れたのは、いい香りのする謎の草が入った袋と、ビデオカメラ。
私はビデオカメラを片手に、アンジェリカとノエルの動向を追い、記録に残すことにした。




