28.No.008 トラブルメーカー系ヒロイン×ソフィア①
波乱万丈の長期休暇が終わり、平和な学園生活が戻ってきた。
注目のご令嬢たち――水をかけられたと訴えたパトリシア嬢や、木から落ちてしまったオリビア嬢、私の言動の全てが気に入らない様子だったカトリーヌ嬢も、謹慎が解けて、学園生活を続けている。
今は昼休みで、ノエル殿下と二人で食事をとっているところだ。
「平和というのは良いものですね」
「そうだね。ここ最近が事件続きだったせいで、平和の有り難みを実感するよ」
近くに立って控えている、シフォン、クグロフ、トルテも大きくうなづいている。
「ごちそうさまでした」
「ごちそうさまでした。それでは行こうか」
食事が終わり、五人で廊下を歩き、教室へと向かう。
「いっけな〜い! 遅刻っ! 遅刻ぅ〜!」
廊下が交差する地点に差しかかる直前、突然女性の可愛らしい声が聞こえてきた。
え? 遅刻するような時間だったかしら。
急いで左手の腕時計を確認するも、時間にはまだまだ余裕がある。
「アンジェリカ! 危ない!」
「「「アンジェリカ様!!」」」
「え?」
ノエル殿下、シフォン、クグロフ、トルテは、大声で私に危険を知らせながら、こちらに手を伸ばしている。
必死の形相の四人が、私の腕を掴んで引っ張ってくれた反動で、代わりにノエル殿下が、私のいた場所に移動した。
そこからは全てがスローモーションに見えた。
ノエル殿下に向かって、一人の女子学生が全速力で突っ込んでくる。
何故か、口にはトーストを咥えて⋯⋯
可愛らしいポニーテールが特徴的なあの御方は、ソフィア=フロランタン伯爵令嬢?
「「「「ノエル殿下!」」」」
私たち四人が叫んだときには、もう遅かった。
殿下は横向きに倒れ、側頭部を床に激しく打ち付けた。
「ノエル殿下! ノエル殿下!」
急いで駆け寄り、大声で意識を確認するも、殿下の反応はない。
どうしよう、私を庇ったばっかりに⋯⋯
頭を強く打ったから、動かさない方が良いよね。
とにかく治療を。
けど、頭の治療なんて複雑な事は、やったことがない。
「殿下、すぐに先生を呼んで参りますから!」
「お待ち下さい、アンジェリカ様。ここは、わたくしが」
ソフィア嬢は私を制止し、ノエル殿下に手をかざした。
この御方もまた、測定不能な程の能力を持つ、孤児院出身の養女。
ソフィア嬢は真剣な表情で、ノエル殿下の治療にあたっている。
徐々に野次馬が集まって来て、私たちの周りを取り囲み始める。
皆が見守る中、ソフィア嬢は笑顔で顔を上げた。
「治療は成功です!」
「ん⋯⋯」
ノエル殿下は、一瞬まぶしそうにしたあと、ゆっくりと目を開けた。
「君が僕を治療してくれたのかい?」
「はい、ノエル殿下。私の力があれば、これくらいお安い御用です!」
「そうか、ありがとう。助かったよ」
ノエル殿下は、差し出されたソフィア嬢の手を握って起き上がった。
「脳の治療なんて、まだ習ってないのに凄いな!」
「あっという間に治しちまったぞ!」
「さすがソフィア嬢ですわ!」
殿下の無事に安堵し、ソフィア嬢を讃える拍手が鳴り響く。
「アンジェリカ⋯⋯君は大丈夫なのかい?」
「はい。ノエル殿下のおかげです。ありがとうございました。ご無事で何よりです」
「心配をかけたね。けれども、君が怪我をしなくって、本当に良かったよ」
ノエル殿下は私の頭を撫でてくださった。
めでたし、めでたし。
⋯⋯⋯⋯⋯⋯ん?
確かに治療してくれたのはソフィア嬢だけど、そもそもノエル殿下は、ソフィア嬢のせいで危険な状態になったんだよね?
ノエル殿下は、その事に気がついているはずだから、私がわざわざ騒ぐ事ではないけど⋯⋯
隣にいるシフォン、クグロフ、トルテの顔を見ると、三人とも腑に落ちない様子で、首をかしげていた。
翌日以降もソフィア嬢はトラブルを起こした。
階段から落ちそうになった彼女を、助けようとしたノエル殿下が、足首を怪我したり、彼女が持つ傘の先端が、ノエル殿下の目に当たったり⋯⋯
そして翌週、とうとう大事件が発生してしまう。
この日の授業は、古典治療学と言って、念を使わない治療方法を学ぶものだった。
古典外科学と古典薬学の二つから選ぶことができて、私は古典外科学を、ノエル殿下は古典薬学を選択した。
「外科手術を行う際に、必ず押さえておくべき重要なものの一つが麻酔です。効果がありながらも、副作用や合併症を起こさない、適切な量の麻酔を、適切な部位に効かせる必要があり、高度な専門知識が必要です。効かせたい部位に応じて、薬剤の種類と投与方法を選択します。処置の内容によっては、複数を組み合わせる事もあります」
なるほど。
私たちが使う医術とは違って、より幅広い知識と複雑なテクニックが必要なんだ。
大事な内容ばかりなので、必死にメモを取っていると、古典薬学の先生が、なにやら焦った様子で、教室に入って来た。
「ミス・アンジェリカ! ミスター・ノエルが、事故に遭いました! 貴女の名前をうわ言で呼んでいます! すぐに来てください!」
先生は私の元に駆け寄って来た。
「なんということでしょう! ノエル殿下が事故に!? すぐ参ります!」
急いで立ち上がり、身一つで教室を飛び出した。




