27.No.007 おかん系ヒロイン×オーロラの中の人②
世間は夏の長期休暇中のある日。
アンジェリカが王宮を訪れ、応接室に入って行くのが見えた。
そこに、隠しきれない幸せオーラを放ちながら、早足で入って行くノエル⋯⋯
原作とは違って、二人は順調に愛を育んでいる様子。
うんうん。
良いじゃない。
いくら国王の指示でも、婚約者を愛しちゃいけないなんてルール、守る必要ないわよ。
幸せのお裾分けを頂いた気分で、廊下の窓を拭いていると、サヴァランが応接室から出てくるのが見えた。
おやおや、いつの間に⋯⋯
サヴァランのただならぬ様子に、急いで柱の陰に隠れる。
そのまま様子を伺っていると、彼は壁に手をついて、うなだれた。
「くっ⋯⋯俺だって⋯⋯アンジェリカだったら良かったのに。どうして⋯⋯」
辛そうに、つぶやくサヴァラン。
⋯⋯⋯⋯そうかそうか。
この世界のサヴァランは、アンジェリカに片想いをしてるのか。
けど、あの子はお兄ちゃんの婚約者だからね。
辛いよね。
もしこれが自分の息子たちだったとしたら、こんなにも悲しいことはない。
苦しみを乗り越えて、自分の幸せを掴むんだ。
頑張れ! サヴァラン!
心の中で応援しながら、その場を離れた。
「ねぇねぇ、オーロラさん! この前の桜餅みたいな変わった食べ物、また作って下さいよ!」
「あれは美味しかったな〜まさか桜の花や葉を食べる地域があるとは知らなかった」
「最初は抵抗があるかもしれないが、あの完成度なら、陛下やお客様にも、お出し出来る」
従業員食堂の前を通ると、使用人たちに囲まれた。
この世界に無い食べ物を作ろうとして、春に桜餅を作ったら、大喜びされたのよね。
花を使った料理か⋯⋯
私が働いているレストランでは、食べられる花のサラダが、特別な日のメニューとして人気だった。
もうすぐサヴァランの誕生日だし、実用化に向けて研究するのも悪くないかも。
私は庭師にお願いして、花を分けてもらった。
バラとパンジー、コスモスとタンポポ。
これがもし、食用に栽培されているものならば、問題はなかったはずだ。
「これでもう完成なんですか?」
「生のまま食べられるものなんですね」
「一気に華やかになって、彩りもよくなりました!」
使用人たちは、目を輝かせながら、完成したサラダを見つめている。
「サラダとしても食べられますし、ケーキの飾りにも使えますよ! 詳しくは忘れてしまいましたけど、野菜よりも高い栄養素を含んでいるものもあったはずです!」
「それなら最高じゃないですか!」
「いただきます! ん! 美味しい!」
「慣れない食感だが、味わいに癖は感じないな」
みんな笑顔で嬉しそうに、サラダを食べてくれたけど、それから十分も経たない内に、体調不良を訴え始めた。
どうして気づかなかったんだろう。
こんなにも立派な庭園を維持するためには、強力な農薬が使われているかも知れないって。
私が作ったサラダを食べた使用人たちは、青白い顔をして、お腹を押さえてうずくまったり、嘔吐を繰り返したり、苦しんでいる。
どうして私は一緒に食べなかったんだろう。
みんな、私を信じてくれたばっかりに⋯⋯
すぐに、ノエルとアンジェリカとサヴァランが、助けに来てくれた。
三人は、真剣な表情で患者と向き合いながら、治療していた。
時折、深呼吸し、汗を拭いながら辛そうに⋯⋯
医術を使うのって、あんなにも集中力と体力を使うものなんだ。
ゲームでは、もっと涼しい顔で、やっているイメージだったのに。
三人の働きの甲斐あって、七人全員が無事に回復した。
「みなさん、この度はご迷惑をおかけしました」
私はその場ですぐに謝罪をした。
「まったく。オーロラさんに殺されるところだったぜ〜」
「トラウマものですけど、オーロラさんにはいつもお世話になってますから」
「サヴァラン殿下に背中を擦って頂けたなんて、家族に自慢できます〜」
「農薬入りはもうごめんだけど、これに懲りずに、また何か作ってくれよな」
みんなは私を責めなかった。
王宮でこんな騒ぎを起こしたのだから、処刑されてもおかしく無かったけど、数日間の謹慎と減給処分のみで許されることになった。
「今回の事件をきっかけに、サヴァランがノエルを認めたことで、兄弟仲が少し改善したのニャ。いわゆる怪我の功名なのニャ」
メープルは満足そうにうなづいた。
「それなら、良かった」
「しか〜し、この場合、怪我をしたのはオーロラじゃなくて、被害者の使用人たちなのニャ」
「それは、本当にごめんなさい」
「悪いと思ったのなら、もう一働きしてから、元の世界に帰るのニャ。負のオーラを纏うサヴァランを幸せにすることで、間接的に王宮で働くみんなも幸せになれるのニャ」
メープルは私の背中をバシッと叩いたあと、塵のように消えていった。




