23.No.006 妹系ヒロイン×フライアの中の人②
シトロンに一緒に過ごそうと誘われた私は、彼のエスコートで、庭園を散歩することになった。
赤・白・オレンジ・黄色・ピンクと、色とりどりのチューリップが、それぞれ帯のように色分けされて咲いていて、こだわって手入れされているのが分かる。
「どうだい? アンジェリカと過ごしてみて、勉強になったかい?」
シトロンは優しい笑みを浮かべる。
この質問はチャンスだ。
自然にアンジェリカを蹴落として、私がこの家の妹に成り代わるんだから。
「アンジェリカ様は、と〜ってもお上品で〜ぷーちゃんも見習いたいって、思ってたんですけどぉ〜二人きりになると結構キツイ言い方をされますしぃ〜⋯⋯⋯⋯って、はわわっ!」
ここでわざとらしく両手で口を覆ったあと、シトロンから顔を背ける。
酷い目に遭ったけど、お兄様の前で、うっかり口を滑らせてしてしまったことを反省している演技だ。
「そうだったんだね。アンジェリカは、あんな見た目だから勘違いされやすいけど、誰にでも分け隔てなく優しくできる子なんだ。どうか誤解しないでやって欲しい」
シトロンは申し訳なさそうに頭を下げた。
なにそれ。
裏表がある人なんて、珍しくもなんともないのに、まるでアンジェリカを絶対的に信用しているみたいじゃない。
「アンジェリカ様って〜少しお下品なところがありますよね〜? 無意識なのか、ティータイム中に、お鼻をほじったりぃ〜」
「そうか。全く想像がつかないけど、僕には見せない、そんな一面があるのかもしれないね。あの子は抜けているところがあるから」
「あとぉ〜暑くなって来たからってぇ〜お股を開いて、スカートの中身を扇子で扇いだりとかぁ〜」
「そうなんだね。そんなお転婆な所も可愛く思えてしまうなんて、僕も末期症状だ。はははっ」
残念なアンジェリカの姿を想像しているのか、お腹を抱えながら笑うシトロン。
⋯⋯⋯⋯ウソでしょ?
全部、根も葉もないウソだけど、シトロンは私の話を冗談半分で聞いているってこと?
それとも、どんな下品な行動でも受け入れられてるってこと?
私はお兄ちゃんたちの前で、夢を壊すようなことは絶対にしないし、お兄ちゃんの彼女を追い払う時には、こういう作戦も有効だったのに。
想像以上に、シトロンからアンジェリカへの好感度が高いことに驚く。
その後は、天真爛漫アピールのために、蝶を追いかけ、走り回って疲れたので、二人並んでベンチに座り、休憩することになった。
ここで、うたた寝作戦に出る。
右に座るシトロンの肩を借りて、すやすやと眠るフリをする。
これでどう?
子どものような姿を見て、守りたくなったでしょ?
しばらくしてシトロンは、私が眠ったことに気がついたらしい。
肩にそっと上着をかけてくれる。
シトロンの体温が残っていて、温かい。
そうそう、これこれ。
こんな風にお姫様扱いされるのが、私の理想なのよ。
満足すぎて、表情が緩んでいないかな。
ま、それもいい夢を見ている位にしか思われないか。
幸せな気持ちでシトロンにもたれていると、ふわっと身体を持ち上げられる感覚がした。
え! まさか、お姫様抱っこまでしてもらえるの?
初日からここまでしてもらえるなんて、さすがはヒロイン。
それにしても、シトロンって想像以上に身体を鍛えているのね。
目を閉じて触り心地を確認すると、かなり筋肉質なように感じる。
そう。まるで、マッチョみたいに⋯⋯
ベッドに寝かされる感覚と、メイドの声に薄目を開けると、そこにいたのはシトロンではなく、クグロフだった。
まぁ、公爵家のお坊ちゃんが、簡単にそんなことまでしてくれないか。
お兄ちゃんたちなら、絶対に運んでくれるのにな。
ふて腐れた気持ちで寝ていると、いつの間にか夜になっていた。
メイドが部屋まで運んでくれた食事を頂きながら、お助けキャラの猫に助けを求める。
「ねぇ、メープル。どうしたらシトロンの気を引けるのかなぁ?」
私が相談すると、メープルは溜め息をついた。
「こちらとしては、ヒロインたちが迷走の末に撃沈する姿を観察して、大笑いするのが目的なのニャ。だからあんまり、事前に具体的なアドバイスはしたく無いのが本音なのニャ」
メープルはやる気がまるでないような様子で、私の膝の上に寝そべっている。
「え? 今なんて言ったの? お助けキャラのくせに、ヒロインが撃沈するところを見て笑ってるって? ふざけないでよ!」
怒りに任せて首の後ろのたるんだ肉をつかむ。
何この猫。
膝にかかる重みは、よくいるデブ猫と変わらないのに、貼り付いたみたいに、全然持ち上がらないじゃない。
必死に格闘していると、メープルは重い腰を上げた。
「仕方ないのニャ。サポートガチャを回すと良いのニャ」
メープルは面倒くさそうに、謎の空間からカプセルトイの機械を取り出してきた。
このガチャは、課金した人しか回せないものだから、ソシャゲ版では一度も回したことが無いんだよね。
ガチャで手に入るものは、アバターの服や部屋のインテリアなど、攻略に必要な『魅力』がアップするアイテムだったはず。
レバーを回転させると、ピンク色のカプセルが出て来た。
気になる中身は⋯⋯なにこれ。本?
タイトルが、『眠れぬ真夏の夜の夢〜耳元で響くセミの鳴き声〜』ってことは、ホラー小説か。
アイテム説明を確認すると、どうやらこれは、アンジェリカの部屋の机の上に置いてあった、18禁小説らしい。
つまりこれは、アンジェリカの弱みということだ。
さて、これをどう活用するか⋯⋯
客室を出て食堂に向かうと、シトロンとノエルとアンジェリカが、ケーキを食べていた。
片付け中の使用人たちの様子から察するに、公爵夫妻もいたのだろう。
私を除け者にして、家族団欒してたんだ⋯⋯
しかも、シトロンとノエルが、アンジェリカの事で固い握手を交わしている。
それを温かい目で見守る、クグロフら屋敷の使用人たちと、ノエルの執事のトルテ。
なによ。アンジェリカばっかり注目されて、優しくされて、愛されて。
小説の使い方は決まった。
男たちの前で恥をかかそうと、刺激的なページを見せびらかすも、何故か何も起こらなかった。
「どうして何も起こらないのよ。普通、こんなものを読んでるなんて知ったら、男たちの幻想が砕けて、ショックを受けるはずでしょ?」
メープル相手に愚痴りながら、客室のベッドに倒れ込む。
「何も起こらなかったわけではないのニャ。アンジェリカは正直者だと、男たちの前で証明されたのと同時に、異性に興味津々の年頃の女の子だと言うことが分かって、男たちの頭の中では、良い方向に妄想が膨らんでしまったのニャ」
メープルは憎たらしい顔で笑っている。
「は? お助けアイテムって、私を助けてくれるアイテムじゃないの? おかしいでしょ⋯⋯」
「フライアは妹属性にこだわるせいで、変な小細工をして台無しにしているのが、もったいないのニャ。普通にしていれば、攻略対象たちと仲良くなれたはずなのニャ」
「素の自分じゃ駄目だよ。お兄ちゃんたちだって、抜けてて、かわいこぶってる私が好きなんだから」
「そんなこと無いのニャ。作られたキャラだけで愛されるほど、現実は甘くないのニャ。きっと、あの兄たちなら、フライアが鼻をほじっても可愛いと言ってくれるのニャ。フライアのことを一番大事にしてくれる、現実の兄たちをフライアも大切にした方が良いのニャ〜」
メープルは、目がなくなるほど、にっこりと笑いながら、そう言ってくれた。




