22.No.006 妹系ヒロイン×フライアの中の人①
私は楓香。中学三年生。
私の事を溺愛してくれる、年の離れた兄が三人いる。
「ただいま、ぷーちゃん。出張先のお土産を買ってきたよ」
「わぁ〜い! 匠海お兄ちゃんありがとぉ〜! とってもお高いチョコレートだぁ〜!」
「ぷーちゃん、これ、約束のもの」
「わぁ〜! ぷーちゃんの大好きなブランドの限定カラーのお財布〜! ありがとうね! 航希お兄ちゃん!」
「このマフラー、可愛いぷーちゃんに似合うと思って」
「え〜! これって十万円位するカシミアのマフラーだぁ! いいの? 凪人お兄ちゃん、大好き〜!」
本日の貢ぎ物大会のMVPである、凪人お兄ちゃんに抱きつくと、凪人お兄ちゃんは嬉しそうに笑った。
匠海お兄ちゃんと航希お兄ちゃんは、少し寂しそうだけど、このハグは凪人お兄ちゃんへのご褒美なんだから。
ちなみに今日は、私の誕生日でもなんでもない、ただの普通の日。
この一幕だけで、私が兄たちに愛されていると言うことと、彼らがハイスペック男子だと言うことを、ご理解頂けたのではないだろうか。
⋯⋯⋯⋯え?
ただのシスコン&ブラコンなんじゃないかって?
別に否定はしない。その通り。
三人の兄は、何よりも私のことを大切にしてくれるし、何なら依存状態だとも感じる。
だとしても、それが私にとっては居心地が良いの。
兄たちが十歳前後の頃に生まれてきた私は、当時も今も、守るべき小さな妹のまま。
両親にとっても、待望の娘。
家族から必要とされて、可愛くしているだけで、ちやほやされるなんて、私にとって、これ以上の環境は存在しない。
この状態を維持するために、ハイスペックな兄たちに群がるハエのような女どもを、裏で必死に追い払って来た。
「ぷーちゃんは本当に可愛いな〜俺の妹はすぐ怒るし、殴りかかってくるし、可愛げがないんだよね〜俺の妹と交換してよ〜」
「駄目だって! ぷーちゃんは我が家の宝物なんだから!」
ある日、家に遊びに来た、凪人お兄ちゃんの男友だちは、羨ましそうに言った。
そう。私こそが、世の中の妹の中でも、最も優秀な妹。
クイーン オブ シスターなのだ。
そんな私が乙女ゲームを初めたのは、友だちに紹介されたから。
「ねぇねぇ、楓香ちゃんもこのゲームやらない? イケメンがたくさん出てきて、オススメだよ〜!」
友だちの華恋ちゃんは、スマホの画面を見せてくれた。
「へぇ〜恋愛ゲーム。華恋ちゃんも知っての通り、私って、恋愛に興味ないんだけど⋯⋯そんなに面白いの?」
華恋ちゃんは、私が強烈なブラコンなのを知った上で、仲良くしてくれる最高の友。
そして、私がぶりっ子なのは、兄属性の人物の前だけだ。
「このシトロンってキャラはね〜医術の才能溢れるカリスマなの! 分かりやすく言えば、病院長みたいな仕事をしている人! シトロンは番外編ストーリーにしか、まだ出てこないんだけど、シトロンはヒロインのことを可愛らしい妹って感じに、チヤホヤしてくれるんだよ〜! 優しくて、包容力があるシトロンに、大切にしてもらえるんだから!」
華恋ちゃんは、前のめりになってプレゼンしてくれる。
なるほど。妹のようにチヤホヤされる⋯⋯
現実世界でクイーン オブ シスターの私なんだから、ゲームの世界でだって、無双出来るに決まってるでしょ?
私は華恋ちゃんに、ゲームのやり方を手取り足取り教えてもらい、番外編のシトロン=コンフィズリーのストーリーをプレイした。
シトロンはハイスペックイケメンだし、華恋ちゃんの話によると、立ち絵にも気合いが入ってるから、後々攻略対象として、発表されるだろうとの事だった。
『ぷーちゃん、君って子は、すぐに僕を振り回すんだから。けど僕はそんな君が可愛くて、何でもしてあげたいって思えるんだ』
画面の中のシトロンは、私に向かって微笑んだあと、宝石がついたバレッタを贈ってくれた。
選択肢と好感度の上昇具合から推察するに、シトロンが好きなのは、おっちょこちょいで、少しピュアっぽい女性。
ま、こっちは全部計算して、演技しているんだけど。
あぁ、早くシトロンを攻略できる本編のストーリーが来ないかな。
ちなみに一番人気の王太子『ノエル=アフォガート』には弟が、フィジカル最強の狼男『クグロフ=ラングドシャ』には妹が二人いる設定だ。
つまり、彼らもまた、ハイスペックイケメン兄ということ。
けど私は、この人たちと、キスとか何とかをしたいとは、思わないんだよね。
シトロンの本編が配信されたら、この二人のエンディングみたいに、私たちは恋人になってしまうのかな。
それは、だるいな⋯⋯
なーんて考えていたら、ゲームの世界に迷い込んでいた。
私の身体の持ち主は、『フライア=シュトーレン』という、子どもがいない侯爵家のたった一人の養女。
なんだ。お兄ちゃんがいないなんて、つまらない。
憑依ガチャは、大ハズレ。
けど、ここからは私の腕の見せ所。
なんとしても、シトロンに近づいてやるんだから。
とある日の夕食中。
食事が終わりそうなところで話を切り出した。
「ねぇ、ねぇ〜お養父様ぁ〜わたくし、コンフィズリー領の治療院に修行に行きたいですぅ〜」
幸いなことにフライアは、チート級の医術の才能の持ち主。
シトロンの治療院でも十分通用するはずだ。
「そうだな⋯⋯ゆくゆくは、そう打診してみるのも良いだろうが、君はまだ、きちんと医術を学んだわけではないから⋯⋯」
普段はデレッデレの養父も、渋い顔をしている。
チッ。そんな簡単には、いかないか。
「では〜まずは、学園に通いたいですぅ〜」
養父と養母の顔を、上目遣いで見つめて甘える。
「そっ⋯⋯それは、だな⋯⋯」
「フライアには難しいんじゃないかしら。その⋯⋯十九歳⋯⋯だから⋯⋯ねぇ」
養父と養母は戸惑っている。
そうか。ここで年齢がネックになるとは。
となると、あとはパーティーの類でチャンスを狙うしか⋯⋯
いや、待てよ。
良いことを思いついた。
「ではわたくし、立派な淑女になるために、アンジェリカ様の元で修行したいですぅ〜」
妹のアンジェリカと仲良くしておけば、シトロンと出会うチャンスも増えるし、適当なタイミングでアンジェリカを蹴落とし、自分がシトロンの妹に成り代わることができるかもしれない。
さらに、養父母の私への評価は、アップすること間違いなしだ。
「そうか! ようやくフライアも、淑女の立ち振る舞いを学ぶ気になったか!」
養父と養母は感心したように、うなづいた。
思惑通りにコンフィズリー家に潜り込んだ私は、アンジェリカと共にお茶をした。
本来はアンジェリカの前でぶりっ子する必要はないんだけど、シトロンを前にした時とギャップがあると、コンフィズリー公爵夫妻や使用人たちの印象が悪くなるから。
それにしても、この世界の貴族って、毎日、一日中こんな事ばっかりしてるのかな。
お茶を飲んで、お菓子を食べて、お上品にお喋りして⋯⋯何が面白いんだろう。
この世界はスマホが無いからヒマなのよね。
しかも、この紅茶。
クグロフの妹たちが入れたのは良いけど、苦すぎて飲めたもんじゃない。
「なんかぁ〜この紅茶ぁ〜苦くないですかぁ〜?」
いつも私は、兄たちからの貢ぎ物の洗練された食品しか口にしてないんだから。
それに妹属性への同族嫌悪なのか、この二人を甘やかせない自分がいた。
そんなこんなで、退屈な日々を過ごしていると、とうとう彼が現れた。
玄関の花瓶の前で、アンジェリカと話している。
ハイスペックイケメンお兄様――シトロン=コンフィズリーだ。
放っておけない、ちょっと抜けてる女の子を印象付けるために、初対面から一芝居うつ。
「迷子のレディ、初めまして。僕はアンジェリカの兄のシトロン=コンフィズリーと申します」
シトロンは私の前にひざまずいた。
まるで王子様みたいに優雅な所作だった。
そこからは何故か、トントン拍子に、これから一緒に過ごしてもらえることになった。
私は嬉しい気持ちを、渾身のぶりっ子で表現することにした。




