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20.No.006 妹系ヒロイン×フライア②

 お兄様という救世主の登場によって、フライア嬢のお世話から解放された。

   

 あの御方はいったい何がしたいんだろう。

 私の元で学びたいと言いながら、ここ数日で何かが改善した様子はない。

 私のお兄様を、お兄様と呼ぶところだけは、真似しているみたいだけど⋯⋯

 

 考えていたら頭が痛くなってきたので、面倒なことは忘れて、自室で過ごすことにした。


 

 ノエル殿下が来られる前に、やっておくべき事がある。

 まずは、机の上に、ピンクの薔薇が描かれている宝物入れを取り出す。

 その美しい箱の中身は、ノエル殿下から今まで頂いた手紙やグリーティングカードだ。


 ノエル殿下のメッセージを読み返すと、確かにそこには、熱烈な愛の言葉が(つづ)られていた。

 

 今回の滞在に関する手紙にも、『僕の愛しのアンジェリカ』だとか、『君を想うと胸が苦しくて、耐えられない』だとか、色々と書いてある。

 

 なるほど。

 これは社交辞令じゃないんだ。


 そう思ったら、今まで私が出してきた返事は、随分とあっさりしていて、冷たい印象だったのでは⋯⋯

 学園の先生方に出すような、(かしこ)まった内容しか書いていなかった気がする。


 こんな事では、殿下に見放されてしまうかもしれない。


 手紙を箱にしまったあと、次に取り出したのは、恋の教科書――ロマンス小説。


 鈍感で素っ気ない私が、男心を勉強できるようにとシフォンが貸してくれたものだ。


 殿下にお会いするまでに、しっかりと内容を理解しておかないと。

 幸い、ご到着まで、まだ時間はある。


 借りた本のタイトルは、『眠れぬ真夏の夜の夢〜耳元で響くセミの鳴き声〜』


 なるほど。良く出来ている。

 サブタイトルのおかげで、一見してこれが大人の(18禁)恋愛小説だとは、誰も思わないだろう。

 こうやって世の中の淑女(しゅくじょ)たちは、この刺激的な本を楽しんでいるのね。


 なになに⋯⋯

 この物語の主人公であるご令嬢は、まだ恋を知らないようだ。

 そんな主人公が最近気になっている殿方に、恋とは何かを尋ね、教えを請う場面ね。

 

『恋と言うのはね、相手に強く惹かれるということ。その人の事を考えるだけで胸が苦しくて、切なくて⋯⋯けれども、辛いことばかりじゃない。その人の笑顔が見られるだけで、自分まで幸せになれるんだ。難しく考えなくても、相手とキスしたいと思えるかどうかだよ。僕と試してみる?』


 ⋯⋯⋯⋯どうしよう。いきなり刺激が強すぎる。

 私は十八歳なんだから、大人の小説を読んでもいい年齢なのに。

 

 ページをパラパラめくると、あんな事やこんな事が書かれている。


『アイリーン⋯⋯そこは⋯⋯いけないよ⋯⋯』

『もっと⋯⋯強く⋯⋯激しく⋯⋯』


 想像以上の刺激に、いたたまれなくなった私は、机の上にその本を置いて、ベッドの上を転げ回った。

 

 

 それから程なくして、ノエル殿下が到着された。

 お父様とお母様、お兄様と使用人たち総出でお出迎えする。

 

 お父様とのご挨拶が一段落したところで、ノエル殿下は私の方へ歩いて来た。


「僕の愛しのアンジェリカ、たった一週間会えなかっただけで、胸が苦しくて切なかったよ」


 殿下は私の手を取って、甲にキスをした。


 胸が苦しくて切ない――つまり、殿下は、私に恋して下さっているということ⋯⋯


「ノエル殿下、この度は遠いところをお越しいただき、ありがとうございます」


 ドレスの裾を軽く持ち上げ、お辞儀をする。

 けれども、これでは今までの私のままだ。


「殿下にお会い出来て嬉しいです。私も少し、寂しかったです」


 こんなことを言う性格だと思われていないはずだから、怪しまれちゃうかな。

 けど、これは想いをきちんと言葉にして伝えただけで、ウソではない。


 不安な気持ちで殿下の顔を見ると、驚いたように目を見開いていた。

 その頬は、ほんのわずかに赤くなっている。


「そうだったんだね、アンジェリカ。君も僕に会いたいと思ってくれていたんだね。嬉しいよ」


 感極まったように、優しく抱きしめてくださる。


 ちなみに、両親と兄と使用人たちに温かく見守られる中での出来事だ。

 恥ずかしくって全身の血液が沸騰しそう。


「ありがとう、アンジェリカ。本当に、ありがとう」


 ノエル殿下の笑顔は、まぶしく輝いて見えた。


 

 殿下のご滞在の準備が整ったあと。

 私がいつも、どのような休日を過ごしているかが知りたいとおっしゃったので、庭園で鉛筆画を描く事にした。


 ちなみに、お兄様がフライア嬢をもう一つの庭園に連れ出してくれるそうなので、あの御方と殿下が遭遇する心配はない。


 ひまわり畑を正面にして、椅子に腰掛け、100色ある色鉛筆の中から、花びらを表現できる色を選んでいく。


 ノエル殿下は、斜め後方にあるガーデンチェアに腰かけ、紅茶を飲みながら、私の事を眺めているみたい。

 後ろから視線を感じて落ち着かない。


「アンジェリカは多才なんだね。お花も生けられるし、ピアノとフルートも演奏できる。もし僕に絵の才能があれば、ひまわり畑に(たたず)む君をキャンバスに描いて、部屋に飾って眺められるのに」


 ノエル殿下は本気か冗談か、そう言って微笑んでいる。


 いや、冗談かもしれないと思うクセをやめよう。

 殿下は私に恋してる。

 殿下は私に恋してる⋯⋯


 そう言えば、恋をしているというのは、キスしたいと思えるかどうかだと、あの小説には書いてあった。

 ということは、ノエル殿下は、私とキスしたいと思ってくださっているということ?


 じゃあ、私はどうなんだろう。


 微笑む殿下の唇を見つめると、『どうしたの?』と言いたげに首をかしげられる。

 その透き通った青い瞳が、真っ直ぐに私を見ていて⋯⋯


 想像しただけで、顔が熱くなって、心臓が破裂しそうになる。

 もしかしたら、これが恋なのかもしれないと思った。

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