19.No.006 妹系ヒロイン×フライア①
奴隷事件から二ヵ月が経った頃。
結局あの後、エマ嬢とクグロフ父の取り調べの結果、奴隷商の居場所が判明し、逮捕に至った。
奴隷として売られようとしていた人たちも、全員解放された。
その内の数名は、住む場所や仕事探しからやり直さないといけないとのことだったので、私の屋敷を紹介すると、ここに就職したいと言ってくれて、頼もしい専門家が増えた。
気になっていたクグロフの二人の妹も、恐怖に震えているところを、すぐに保護された。
妹二人もクグロフと共に、この家で働いてくれることが決まった。
十四歳の双子のミントとシュガー。
クリーム色の髪の毛は、クグロフと同じ、ボリュームのあるくせっ毛だ。
この二人も女の子でありながら、人間離れした戦闘力を持っているとの事だけど、まずは、シフォンに色々と教わりながら、家の仕事を覚えてくれるそうだ。
そして私はというと、無事に中間テストを終え、長期休暇にはいったので、屋敷に帰ってきていた。
「アンジェリカ様〜! 頭をナデナデして欲しいです!」
「私もして欲しいです〜!」
ミントとシュガーは、椅子に座る私の腰に抱きついて来た。
「あら、甘えん坊さんね。よしよし〜」
右手でミントの、左手でシュガーの頭を撫でる。
まるで動物みたいに、柔らかくて触り心地の良い髪の毛だ。
「アンジェリカ様、自分もお願いします⋯⋯」
先ほどまで、少し離れたところで筋トレをしていたクグロフは、私の側にひざまずいて、頭を差し出した。
「クグロフもなの? よしよし〜」
今度はクグロフの頭を撫でる。
三人を順番に撫でると、とても気持ちよさそうにしている。
なんだか犬を撫でているような、ほっこりとした気分だ。
「あんなエマ様ですが、自分は感謝してもしきれません。アンジェリカ様という、生涯を捧げるに相応しい主と出会えたのですから」
クグロフは屈託のない笑顔で言ってくれた。
その日の夜。
お父様とお母様との夕食の席で、お父様からお話があった。
「実は、シュトーレン侯爵から頼まれ事があるんだ。なんでも、医術の素質がある娘を孤児院で見つけて養子にしたそうなんだが、余りにもその立ち振る舞いが幼く、ぜひアンジェの元で修行をさせたいと」
お父様は頭をかきながら言った。
「アンジェにとっては、せっかくの休暇なのに申し訳ないけど⋯⋯」
お母様は、困ったように自分の頬に手を添える。
孤児院出身の養女⋯⋯
嫌な予感しかしない。
けれども、シュトーレン家とは長い付き合いだ。
受け入れざるを得ないだろう。
「分かりました。わたくしに出来ることなら⋯⋯」
渋々、了承するしかなかった。
それから数日後、そのご令嬢が家にやって来た。
「フライア=シュトーレンと申しまぁす。よろしくお願いしまぁす」
彼女は両手でグーを作って、あごの下にもっていき、唇をアヒルのくちばしのようにしている。
「よろしくお願いいたします⋯⋯」
フライア嬢は、私より一歳年上の十九歳とのこと。
立ち振る舞いが幼いというのは本当らしい。
先行きが不安になるご対面だった。
お父様曰く、普段通りにしていれば問題ないとのことなので、庭園でティータイムをすることにした。
シフォン監督の下、ミントとシュガーが、慣れない手つきで紅茶を淹れてくれる。
緊張しながらも、真剣な表情で頑張ってくれているのが、なんとも可愛らしい。
「ありがとう。いただきます」
二人が一生懸命淹れてくれた紅茶⋯⋯
一口ひとくち、いつも以上にじっくりと味わう。
「なんかぁ〜この紅茶ぁ〜苦くないですかぁ〜?」
フライア嬢は、ミントとシュガーを横目で見た。
淹れるのに時間がかかったからか、言われてみれば、少し渋みがある気がする。
フライア嬢は味覚が優れているのかな。
ミントとシュガーは、不安そうに私の反応を伺っている。
「申し訳ありません。すぐに淹れなおして貰いますので。わたくしのは、このままで大丈夫。ありがとう」
フライア嬢の紅茶は、シフォンが淹れなおしてくれる事になった。
フライア嬢は、今度は満足そうに飲み干していた。
それからもティータイムは続き⋯⋯
「それでぇ〜わたくしも医術を学んでみたいんですけどぉ〜もう十九歳だからって、学園には入れて貰えなくってぇ〜ぷんぷんなんですからぁ〜!」
フライア嬢は先ほどからずっと、人差し指を口元に当てながら、話を続けている。
この御方はとても表情が豊かだ。
頬を膨らませて怒ったり、舌を出して照れたり、髪の毛をくるくる指に巻きつけて甘えたり⋯⋯
ちなみに、十九歳だと入学できないというのは、学園側のルールではないので、シュトーレン侯爵のお考えだろう。
それからも、フライア嬢のお相手をする日々は続き、私の時間と体力と精神力は、ごっそりと削られて行った。
それから数日後。
今日から三日間、ノエル殿下がこの屋敷に滞在される事になっているので、エントランスホールを飾り付けようと、庭園で摘んだお花を花瓶に生けていた。
せっかくこんなところまで来て下さるんだから、華やかな雰囲気にしないと。
あれでもない、これでもないと苦戦していると、声をかけられた。
「アンジェ、さすがだな。とてもセンスがある。花の表情が生き生きとして見える」
それは、私の七歳年上の兄。
シトロンお兄様だった。
レモンイエローの長髪を後ろで結んでいて、瞳の色は私と同じ赤。
優しい笑顔に、品のある佇まい⋯⋯私の自慢のお兄様だ。
「お兄様! いつお戻りに?」
お兄様は王立医術学園を卒業後、コンフィズリー家の領地に治療院を開設し、普段はそこで人々の治療にあたっている。
それは、医術の優れた才能がある人間しか成し得ないことだ。
「つい今しがただ。今日はノエル殿下がいらっしゃると聞いて、せっかくの機会だから、お話をしたくって」
お兄様が両手を広げるので、挨拶のハグを交わす。
「なんだか厄介な事になっていると、母上から聞いた。殿下と過ごすのに邪魔にならないよう、彼女の世話は僕に任せて欲しい」
お兄様は耳元で声をひそめて言った。
その視線の先にいるのはフライア嬢⋯⋯
「はわわ! ぷーちゃん、道に迷ってしまったみたぁい〜! ふぇ〜ん!」
ちなみにぷーちゃんと言うのは、ご自分の事らしい。
確かに、あのご令嬢とノエル殿下を対面させてはいけない。
お兄様は、ゆっくりとフライア嬢の元へ近づいていく。
「迷子のレディ、初めまして。僕はアンジェリカの兄のシトロン=コンフィズリーと申します」
お兄様はフライア嬢の前にひざまずく。
「やばぁ〜い! 本物のシトロンだぁ〜!」
フライア嬢はそんなお兄様を見て、顔を赤くしながら身体をくねらせる。
いくらこういう場に慣れていないにしても、侯爵家のご令嬢が、公爵家の跡取りに対して、呼び捨てなさるとは⋯⋯
「フライア嬢、お兄様に失礼です。シトロン卿とお呼びになった方がよろしいかと」
どうして私が、こんな事をわざわざ説明しないといけないのか。
身内の立場だけに、恥ずかしい事を言っている気分になる。
「やだぁ〜アンジェリカ様ったら、怖ぁ〜い!」
フライア嬢は両手をパーにして、口元を塞いで、驚いたように目を見開いている。
なんだか頭にくる反応だ。
「呼び方は、この際もう、どうでもいいよ。フライア嬢、今日からしばらくの間、僕と一緒に過ごしてくれないだろうか? せっかくのいいお天気だし、どこかへ出かけてもいい。殿下とのお話が終わったら声をかけるから、客室で待っててくれないか?」
お兄様は私を片手で制止し、フライア嬢に優しく微笑みかける。
「わぁい! ぷーちゃんお出かけ大好きっ! よろしくお願いしますねっ! シトロンお兄様ぁ!」
フライア嬢は私のお兄様に抱きついた。




