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16.No.005 偽善系ヒロイン×エマ②

 お父様が私の身を案じて雇ってくれたボディガードのクグロフは、元々は奴隷だったのをミルフィーユ男爵家のエマ嬢に購入されたと告白した。


「奴隷の売買が禁じられているのは、この国の常識。いくらミルフィーユ家が、存続が危ぶまれる家門だとしても、その事実を知らないはずがない。そもそも、奴隷を購入出来るだけの資金があるかも、微妙なところだ」


 ノエル殿下は首をひねった。


「自分は市場に到着後、地下室で檻に入れられていたのですが、どうやら隣の奴隷たちが病気を持っていたようで、間もなく感染し、高熱にうなされていました。ですので、エマ様に購入された時の事は詳しくは覚えて居ないのですが、エマ様のお屋敷に到着したあと、治療を施して頂き、命の恩人が誰であるか、きちんと覚えておくように言われました」


 なるほど。

 人助けのために奴隷を購入したとなると、話は違ってくるかもしれない。

 とは言え、他にも奴隷にされている人がいたみたいだから、速やかに通報するのが正しい選択だとは思うけど。 


「それで、ミルフィーユ男爵家では仕事がないからと、こちらに紹介して頂いたという流れです」


 クグロフは複数の人間を経由して、ここに来てくれたんだ。

 たらい回しみたいで気の毒だけど、命まで取られなかったのは不幸中の幸いか⋯⋯


「事情はだいたい分かったわ。教えてくれてありがとう。個人的には妹さんたちが心配ね⋯⋯」

 

「僕もそれは気になった。様子を見に兵士たちを向かわせよう。君には悪いけど、奴隷商と繋がりがある父親も放ってはおけない。君の家はどこにあるんだい?」

 

 ノエル殿下がクグロフに尋ねる。


「自分の村は⋯⋯」


 とクグロフが答えかけた所で、校庭の方から大きな声がした。


「お〜い! クグロフ〜! いるんだろ〜! 出て来いよぉ〜!! ヒック。頼むよぉ〜!」


 クグロフに似た容姿の中年男性が叫んでいる。


「あの親父⋯⋯殿下、アンジェリカ様、申し訳ございません。すぐに黙らせますので」


 クグロフはそう言うと、窓から飛び降り、華麗に着地した。

 え? ここは、5階なんだけど⋯⋯


 それに、よくよく見ると、クグロフの父親の後ろに馬車が止まっている。

 あれは、ミルフィーユ男爵家の家紋だ。

 どうしてここに?


「放ってはおけません。私たちも下に降りましょう」

 

 私とシフォン、ノエル殿下とトルテは大急ぎで階段を降りた。


「クグロフ〜! 悪かったよぉ! 戻って来てくれよぉ〜!」


 父親は泣きながらクグロフにすがりついている。

 お酒を飲んだ直後なのか、顔が真っ赤だ。


「親父⋯⋯」


 クグロフは困惑している。

 そこに、一人のご令嬢が、目を潤ませ拍手をしながら歩いて来た。


「良かったわね、クグロフ。お父様と仲直りできて」


 おそらく彼女がミルフィーユ男爵家のエマ嬢だ。


「お父様は心を入れ替え、反省された⋯⋯あなたを探しに、わざわざ家までいらっしゃって、頭を下げておられたのですよ? お二人で仲良くお家に帰ると良いわ。妹さんたちも待っているんだから」

 

 エマ嬢は何故か勝手に話を進めながら、クグロフの背中に手を添え、学園の出口へと促す。

 まさかクグロフを勝手に連れて帰るつもり?


「お待ち下さい。釈然としないのですが」


 待ったをかけると、エマ嬢は舌打ちした。


「あらまぁ。これはこれは、悪女と名高いアンジェリカ様ではありませんか。生き別れた親子の感動の再会に水を差すおつもりですか? そんなに()()()()()クグロフが気に入りましたか? アンジェリカ様は顔立ちが整った男を侍らすのが、お好きですもんねぇ?」


 初対面だと言うのに、エマ嬢はいきなり喧嘩腰だ。


「悪名とかなんとかは、どうでもいいですが、クグロフをどうするおつもりですか?」


「お父様と妹さんたちと、また一緒に暮らせるようにしてあげるに決まっているじゃないですか」

 

 エマ嬢は、当たり前のように言った。


「お待ち下さい! いったいどこの世界に、自分が遊んで作った借金を返すために、子どもを売り飛ばす親がいるのですか? そんなことをしておいて、少し謝ったくらいで済むはずがありません。そもそも、どうやって貴方はエマ嬢の元にたどり着いたんでしょうか? 奴隷商がわざわざ話すわけがありませんから、脅すか何かしたのでは? クグロフ、一旦落ち着いて冷静になりましょう?」


 このまま連れて行かれたら、彼はまた酷い目に遭う。

 クグロフの元に向かい、腕を掴んで引き留める。


「チッ! あぁ、そうだよ! 全部そちらのお嬢様の言う通りだ。コイツは金になるって事が分かったからな。連れ帰ってもう一度、別の奴隷商に売り飛ばしてやるんだよ! 俺の息子なんだから、どうしたって勝手だろ!?」


 父親はクグロフの髪の毛を乱暴につかんで、出口に向かおうとした。


「ちょっと、止めて下さい! 乱暴しないで! 離して!」


 父親の腕を掴むと突き飛ばされた。

 地面に倒れ込みそうになったところを、ノエル殿下が抱きとめてくれる。

 

「アンジェリカ! 大丈夫かい!?」


「はい、大丈夫です。申し訳ありません」


 殿下の手を借りて立ち上がる。


「親父⋯⋯よくも、俺のアンジェリカ様に手を出したな!」


 クグロフの声は怒りに震えている。

 そこからはあっという間だった。


 クグロフは父親のあごに、掌底打ちを食らわせ、ふらついたところに回し蹴りを入れた。

 足をかけ地面に背中をつけさせると、のしかかって首を絞め落とした。


 すごい。クグロフは、本当に強い人なんだ⋯⋯


「エマ嬢? 僕は君とミルフィーユ男爵と話をしなければいけない。奴隷売買に関わった上に、僕のアンジェリカをこんな目に遭わせたんだ。ただで済むとは思わない事だね」


 ノエル殿下とクグロフの手によって、クグロフの父親とエマ嬢は拘束された。

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