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15.No.005 偽善系ヒロイン×エマ①

 謎の執事に変態扱いされて困惑していた私だったけど、連休が明けた事で、日常に戻っていた。

 今は寮の居室で、侍女のシフォンとティータイム中。


 例の執事は、ドロップス伯爵家の養女だったらしいけど、何故あの様な行動に出たかは、だんまりだそう。


 私のことを心配したノエル殿下の勧めで、これからはシフォンに、学園内でも一緒に過ごして貰うことになった。


「それにしても、ノエル殿下は、アンジェリカ様のことを海よりも深く愛しておられますね。わたくしも、殿下になら安心して、アンジェリカ様をお任せ出来ます」


 シフォンは何度もうなづきながら言った。 


「それに、やはり聡明な方でいらっしゃいます。他国では、無実のご令嬢が、いわれのない罪で王子から婚約破棄を言い渡されるケースが、後を絶たないそうです。なんでも、証拠を揃えもせず、片方の発言を鵜呑みにして断罪するのだとか」


「それは恐ろしいわね⋯⋯」


 そう考えると、これだけトラブルに巻き込まれているのに、私の事を必ず信じてくださるなんて、大切にされていると思っていい気がする。


「ちなみに恐ろしい目に遭ったご令嬢たちも、そのような逆境に負けずに、最高の幸せを掴んでおいでのようです」


「そう。それなら良かったわ」


「とは言え、アンジェリカ様の周囲は、明らかに悪意で満ち溢れております。わたくしもアンジェリカ様をお守りいたしますが、くれぐれもご注意ください。旦那様も大層心配されていましたから」


「そうね。あんなに心配そうなお父様は、初めて見たかもしれないわ」


 連休が明ける前、お父様とお母様とお兄様と四人で食事した際に、最近あった濡れ衣事件の話題があがった。


 学園に帰る日なんかは、お父様は涙目になって、私の足元にすがりついて来られて⋯⋯

 

 ある日。

 そんな心配性なお父様から手紙が届いた。


『やはりアンジェの事が心配だ。ミルフィーユ男爵の紹介で、ボディガードを雇う事にした。学園長のご許可も頂戴したから、いつ如何(いか)なる時も、君を近くで守ってくれる。彼の名はクグロフ。この手紙がつく頃には、そちらに到着するだろう』


 突然の事だけど、私にも護衛の専門家がついてくれる事になったらしい。

 シフォンが居てくれるだけでも、安心感が違うけど、か弱い女性二人では、危険な事に巻き込まれる可能性もあった。

 

 ボディガードと言うことは、武術の心得もあるだろうし、ついていて貰えるだけで、威嚇になるかもしれない。


 それに、男性にしか入れない様な場所も、見回りをお願い出来る。

 良いことづくめだと思った。

 けれども実は、彼は大きな問題を抱えていたことを、後に知ることになった。



 翌日。

 私の前にその彼は現れた。


 狼のような鋭い目に、高い鼻。

 ボリュームがあるチャコールグレーのくせっ毛に、薄いグレーの瞳を持つ、眉目秀麗な男性だ。

 筋肉質で身長は190センチ近い。

 たくましく、頼りがいがありそうだ。

 年齢は二十歳とのこと。


「クグロフ=ラングドシャと申します。戦闘能力には自信がありますが、貴族のお嬢様にお仕えするのは初めてです。至らぬ点があれば、ご指導ください」


 クグロフは丁寧に頭を下げてくれた。


 早速彼は、私が教室に居るときは教室の外で、私が寮に居るときは部屋の前で、待機してくれる事になった。

 

 

 クグロフが到着して数日後の休日。

 ノエル殿下にお呼ばれしたので、シフォンとクグロフについてきてもらい、お部屋を訪ねた。


 クグロフがノエル殿下にご挨拶をした後、殿下と私はソファに座り、トルテが淹れてくれたお茶を頂く。

 話題は新メンバーのクグロフの身の上話だ。


「どうして、クグロフはボディガードになったの? 代々貴族を護衛している家系なの?」


 ラングドシャ家というのは、初めて耳にしたけど。


「実は自分は⋯⋯本来ならアンジェリカ様にお仕えできるような生まれではありません。ミルフィーユ男爵家に拾われる前は奴隷でした」


 クグロフは表情を曇らせながら言った。

 まさか、そのような辛い過去があったなんて、想像もしていなかった。

 一気に場の空気が重苦しくなる。


 そもそもこの国では、奴隷制度は固く禁じられている。

 けれども、広い国の何処かには闇の勢力が存在し、裏では違法行為が行われているのが現状だ。

 

「そうだったんだね。辛いことを思い出させるようだけど、その時の状況を詳しく教えてくれないかな? 直ぐに調べさせたい」


 ノエル殿下は、トルテに記録を取るように指示した。


「承知いたしました。まず、奴隷商に自分を売ったのは、実の父親です。家は飲んだくれでギャンブル好きの父親と、まだ幼い妹二人の四人家族でした。自分は頑丈なのが取り柄だったので、大工や獣狩りなんかをしながら、家族を養って来ました。しかし、父親が作った借金は膨らむ一方で、自分の稼ぎだけでは返しきれませんでした」


 クグロフはうつむきながら、拳を握りしめる。

 その手には、爪が食い込むくらい力が入っていて、とうとう、ポタリと血が垂れた。

 私はすぐにその手を取って、治療する。


「アンジェリカ様?」


「突然ごめんなさい。あまりにも痛々しくて。続けて?」


 驚くクグロフにそう伝えると、彼は私に頭を下げたあと、話を再開した。


「焦った父親が、妹たちを売りに出そうと企んでいる事に気づいた自分は、妹たちを守るため、身代わりになることにしました。若くて力があると、肉体労働の仕事があるからと、そこそこ高い値段で売れたようです。父親の借金は無事に無くなり、手元にお金が残るほどでした。そのお金を妹たちの生活費に充てるよう、父親に誓わせ、奴隷商とともに市場に向かいました。正確な場所は分かりませんが、王都の南に位置すると思われます。潮の香りがしていたのと、近くに闘技場があるから、そこで稼いでも良いと言われましたので」


 王都の南、海の近くで、闘技場がある⋯⋯

 メイラードの街かな。


「なるほど。だいたい見当はついたよ」


 ノエル殿下は、便せんを取り出した。

 陛下に手紙を送るのかな。


「それで、ミルフィーユ男爵とは、いつ知り合ったの?」


 あの街は、ミルフィーユ男爵の領地とは、遠く離れているけど⋯⋯


「ミルフィーユ男爵のご令嬢――エマ様が、自分を購入して下さったのです」


 その言葉に、この部屋にいる全員の動きが止まった。

 男爵令嬢が奴隷商にお金を払って、奴隷を購入した?

 それって犯罪じゃないの。

 購入した奴隷を私のお父様に紹介したって、どういうことなの?


 クグロフは、自分がまずい事を言ったことに気がついたらしい。

 不安そうな顔になってしまった。 


 何やら厄介な事件に巻き込まれた予感がした。

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