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13.No.004 男装系ヒロイン×ジュディの中の人①

 私は結衣。

 幼稚園の先生を目指している女子大生。

 短大入学をきっかけに一人暮らしを始めた。


 学生生活は多忙を極め、毎日朝から夕方まで授業があるし、実習も大変。

 ダンスやボール遊び、マット運動など体育会系の授業もあって体力を消耗する。

 毎日クタクタになって帰って来ると、ベッドに倒れ込み、一歩も動けなくなる。


 そんな私の癒しは、『ドルチェのような恋をして』という乙女ゲーム。

 スマホの中に広がるのは、寝転がったまま気軽にのめり込める夢の世界。


 攻略対象の内、私が好きなのは、王太子ノエルの専属執事、『トルテ=ルリジューズ』


『結衣様、どうぞこちらへ。私が貴女の疲れを癒して差し上げます』


 画面の中のトルテは、色っぽく微笑む。


 いつも真面目で、職務に忠実で、面倒見も良くて⋯⋯

 普段は感情を表に出さないけど、仕事柄お世話好きで、ヒロインを徹底的に甘やかしてくれる。

 砂糖系イケメンな所も魅力的だ。


「あぁ〜トルテにお世話してもらいたいな。甘やかしてもらいたいなぁ」


 そんな事を願いながら、泥のように眠った。 

 


 そして目覚めたら、私はこの世界に迷い込んでいた。

 

 この世界での私は、伯爵令嬢のジュディ=ドロップス。

 トルテ好きの私にとっては、王家の人間以外はハズレ。

 けれども、憑依ガチャは引き直せないみたいなので、今の環境で頑張るしかない。


 

 まずはトルテと接触するために、街に来た。

 トルテはいつも、この街に買い出しに来ている。


 特に、王室御用達のティーブランドには、必ず顔を出すはず。

 毎日朝から夕方まで、街をうろつき、トルテが現れるのを待つ。


「お嬢様は、毎日何時間も何をなさっているのか⋯⋯」

「分からない。紅茶を買いに来たというわけではなさそうだが⋯⋯」


 付き人たちの噂話なんて関係ない。

 トルテに会うためには、手段なんて選んでられないんだから。


 そしてとうとう運命の日がやって来た。

 

 いつものように、何も買わずに店内をうろついていると、ドアが開いた。


――カランカラン


 誰かの来店を知らせるベルが鳴る。

 もう何度、この音に期待させられては落ち込んだか分からない。

 思い通りにならない苛立ちを感じながらも、ゆっくりと振り向くと、そこには、トルテが立っていた。


 身長約180センチの長身で、手足は長く痩せ形に見えるけど、その執事服の下には、鍛えられた筋肉が隠れていることを私は知っている。


 トルテは店主に会釈したあと、迷いなく茶葉コーナーに向かう。

 何をどれだけ買うつもりかは分からないけど、お会計に進まれる前に、行動しなければならないか。


 私の作戦は、名付けて『運命のお嬢様との再会』

 その内容はこうだ――


 トルテは四歳の頃、同じく王宮で執事をしている父親に連れられて、とある貴族の家を訪ねた。

 それは、トルテの父の恩人であり、気心知れた仲の人物だったらしい。

 

 幼いトルテはお手洗いに立ったあと、戻るべき部屋が分からなくなってしまい、その貴族のお嬢様(推定年齢四歳)がティータイムをしているところに迷い込んでしまう。


 可憐で優しいお嬢様は、トルテを叱ることなく、共にティータイムを楽しんだと言う。

 その事がきっかけで、トルテはお嬢様への淡い恋心を抱く⋯⋯つまり、初恋だ。


 しかし、トルテは、幼き日の記憶の中のお嬢様が、どこの誰だったのかまでは、分からなかった。

 父親にさり気なく尋ねようとするも、その正体は現在も不明のまま。


 そんな状況で、ヒロインが彼の前で、とある言葉を発することで、ヒロイン=初恋のお嬢様という事に気づく。

 

 つまり私は今から、彼の前でその言葉を発する事で、自分が運命の相手だと思い込ませようというわけ。


 紅茶を真剣に選ぶトルテに近づき、隣に立つ。


 彼は丁寧な手つきで、アールグレイの箱をいくつか手に取り、吟味していく。

 伏せられたまつ毛が長くて、色っぽく感じる。

 

 いつまでも見ていたいけど、私はやらなければならない。

 さぁ、トルテ、耳の穴をかっぽじって、よーく聞いてなさい。



「まぁ、美味しそうな()()()()ケーキだわ」



 私は渾身(こんしん)の美声で、つぶやいた。


 よし、決まった。

 可愛い顔を作って、ゆっくりとトルテの方を見る。


 目を見開く彼は私を見つめた後、少し頬を赤くしながら、感動の再会に目を潤ませるという、神スチルのシーン回収⋯⋯のはずだった。

 

 けれどもトルテは、こちらを見向きもしない。

 あれ? もしかして、聞こえなかった?

 実はワイヤレスイヤホンをしてました。なんてオチは無いはず。


 整ったその顔をよくよく観察していると、口角が少し上がって、頬を赤らめているように見える。

 まるで、幸せな妄想に浸っているような⋯⋯


 トルテは立ち尽くす私には目もくれず、商品を購入して、店を出て行った。

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