第80話
「という訳で解散だ。封霊石を使って戻ろう」
「え、ちょっと待って」
競技が終わり、用無しとなったこの場から颯爽と去ろうとした俺はコンの尻尾によって身体を拘束される。
こっちが待って欲しいんだが?
「どうやって王冠を見つけたの?」
「その前にこの拘束解いてくれない?」
というか見つけたのはベオウルフだろと契約者であるガレスへと視線を向けると彼もしっかり捕まっていた。
真顔でこちらに視線を向けるガレスの瞳からは早く説明しろという強い視線を感じた俺は一度、息を吐きながら説明を始めた。
「最初に違和感を覚えたのは競技が始まって十分少し経ったくらいだったかな? ずっと霊力探知をしていたら全く動く気配の無い大きな霊力反応に気付いたんだよ。お前らがドンパチやり合っている間も、俺がヘルプラントから逃げている間もな」
あれほどの衝撃と霊力を感じれば人だろうと精霊だろうと何かしらの動きを見せるだろう。
けれど、その霊力は一向にその場から動く気配を見せなかった。
「……それで当たりを付けたってこと?」
「付けきれた訳じゃない。考えれば可能性なんて無数にあるしな。けど状況が状況だったからな、賭けに出るしかなかったんだよ」
「なら彼の魔剣の一撃は…………」
そこで一緒に話を聞いていた暗が割って尋ねてきた為、ガレスが代わりに答えた。
「勿論、貴女も狙ったけど本命は後方の壁だよ。まぁ、いきなり触手で引っ張られて何事とは思ったけどね」
「俺もギリギリだったからな」
ヘルプラントは使役するにはなかなか難儀な性格で暗への攻撃と彼女の位置の誘導で手一杯になった俺は最後の一撃を放つ余力がまるで無かった。
故に最後の詰めを行う人物、ガレスの存在が必要不可欠であり、多少強引でも引っ張ってくるしかなかったのだ。
「で、後は霊力反応の下にベオウルフを送ってお祈りだ。結果はご覧の通りな訳だが」
正直、ずっと疑惑の段階で確固たる証拠など何一つ無い中での分の悪い賭けだったが、運が良かった。
「…………」
「不満そうにするなよ。勝ったんだから良いだろ?」
姉を倒したかったと言外にそう告げてくる燈に俺はそう言い返す。そもそもお前の家族問題など知ったこっちゃないのだ。
「まっ、文句は後で聞く。今は帰るぞ」
「………はぁ、掌で躍らせるつもりが踊らされていたのね」
ため息混じりにオロチの顕現を解きながら暗は呟く。
別にそんな大層なものではないが、下手に否定して勘違いされるのも嫌なので特に何も言わずに棄権用の封霊石を取り出す。
「ねぇ、最後に一つ聞いていい?」
「何だ?」
そんな俺に暗は最後に一つ聞いてきた。
「もし霊力反応が王冠じゃなかったらどうしてた?」
「ああ、それなら—————」
肩透かしな質問に身構えてしまった俺は力を抜きながら当然とばかり回答を口にする。
「勿論、リタイアした」
*****
『王冠奪取』の競技終了後、大精霊演武祭の流れが大きく変わった。ユートレア学院はこの勝利を契機に勢いが増し、調子を上げていった。
その中でも特に調子を上げていたのは他でもない俺達、ユートレア学院の大将であるミーシャ・ロムスだった。
「流石ですね、ローク・アレアス。ユートレア学院の生徒会長として私も鼻が高いです」
一体、俺の何が彼女の琴線に触れたのかは全くもって不明だが、とにもかく「私も負けていられませんね」とミーシャは謎の奮起を見せた。
「彼があれほどの活躍を見せたのです。私が無様を晒す訳にはいきません」
そう言って呼び出された天使の輝きは普段にも増していたように思える。というか、実際に光り輝きながら周囲に高火力の霊術をぶっ放して精霊達を跡形もなく送還させていた。
競技への出場はミーシャ単独だったにも関わらず、その圧倒的な実力で他校の精霊をちぎっては投げ、ちぎっては投げの大活躍で彼女は見事にトップを飾った。
そんな彼女に感化されるようにメンバーたちも奮起し、我が校のエース達はその名に恥じぬ実力で次々に競技順位一位を勝ち取り、他のメンバー達も彼らに続いて好成績を収めていった。
そんな活気に満ち溢れたムードの中、俺はというと—————。
「だから勝つ為には仕方なかったんだって」
「私なら押し切れた」
「いーや、無理だな。お姉さんの方が余力あった。間違いない」
「ッ!!」
「おい、言葉で言い負かせないからって暴力を振るうんじゃねぇッ! 悔しいなら言葉で言い返せッ! この餓鬼がッ!!」
控室を出て納得のいかない燈との口論をずっと続けていた。
「君達、いつまで続ける気だ」
「俺も終わりにしてぇよ!」
燈が衝動的に振り下ろしてきた刃を白刃取りで受け止めながら俺は呆れるガレスに向かって叫ぶ。
一体、燈と話始めてどれくらいの時間が経ったのか。時計が無いので正式な時間は不明だが、少なくともかれこれ一時間以上は話し続けている気がする。
「ってか、お前だって分かってるだろ?」
「何が?」
ようやく落ち着きを取り戻して刀を鞘にしまう燈に俺は言う。またその刃が鞘から引き抜かれるかもなと思いながら。
「今の自分じゃ絶対勝てないことに」
「……ッ!」
ギリッと歯を食い縛る音が耳に入ってくるが、その手が刀の柄に伸びることは無かった。
つまり、俺に言われるまでもなく、燈自身も実力不足をしっかりと自覚しているということだろう。
「お前とガレス、それに俺も混ざっての三人掛かりで戦ってアレだ。お前だけじゃ一時的に優位に立てたとしても最後には押し切られるよ」
「…………」
そもそもあのオロチとかいう精霊が規格外過ぎる。恐らく俺が知っている学生の中で最も強い契約精霊だろう。
「……先輩でも勝てなかった?」
「勝てない」
即答する。絶対に勝てない、勝てる訳が無い。
「確かにアレは無理だね。少なくとも正攻法じゃ勝てない」
「それに依代を忘れたからな、まず勝てなかった」
「そこについては本当に反省してくれ」
「はい」
溜息混じりのガレスからの指摘に俺は素直に頭を下げる。
事実、依代を忘れたことについては競技後、ガレスには怒られたし、待機メンバーからも問い詰められた。
やれ、わざと忘れたのか? だとか、何か精霊を出すつもりだったのか? 真の狙いは何だったんだ? やら色々な憶測を口にされて非常に困った。
一応、忘れただけとは言ったが、彼らのあの顔は信じていない人の顔だった気がする。
変な誤解をされてないといいけど…………。
「……少し話が逸れたけどお前じゃ無理って話だ。ただ、それは今のお前ではって話だ」
「……!」
「確か似たようなことをレイアにも言ったけど、お前……いや、俺達はまだまだ成長途中だぞ? 少し生き急ぎだ」
驚いた様子の燈に俺は呆れ気味に言う。何だろう、今年の一年はそういう子が集まっているのだろうか?
「それにガレスから聞いたぞ。姉との実力差を感じているなら、まずは解決するべき問題があるんじゃないか?」
「………」
「事実だろ、僕を睨むな」
まぁ、精霊と契約すらしていない奴が何を一丁前に説教をしているんだと思わなくもないが、自分のことは棚に上げて話を進める。
「まぁ、お前達の間に何かしらがあったことは分かるし、別にお前の目的を止める気も無いが、今のお前はユートレア学院の代表選手だ。私情を捨てろ……とまでは言わないけど、学院の勝利に貢献するようには動いて貰う」
「……………」
「それに今日で世界が滅びる訳じゃないんだ。とりあえず、今回は競技でムカつく姉貴のチームを負かせるってことで妥協してくれないか?」
「…………はぁ」
俺の言葉に暫く黙っていた燈はやがて自分の中に溜まっていた何かを吐き出すように息を漏らす。
「……うん、先輩の言う通りだね。ごめん、ムキになってた」
「気にするな、俺も初めてお前に先輩らしいことができて意外と気分が良い」
苦笑を浮かべる燈からの謝罪の言葉にそう返して俺も笑う。
実際、気分自体は悪くない。
「君、月影さんに振り回されてばっかりだもんな」
「ああ、もっとしっかり敬って欲しいもんだ」
「一応、これでも敬っているつもりだよ」
「嘘くせぇ」
俺はそう言い返しながら話も終わった為、二人を引き連れながら控室へと戻るべくその扉の取手に手を掛ける。
そしてゆっくりと扉を開けた途端、中から歓声が響き渡ってきた為、俺は驚きのあまり思わず扉を開けたままの状態で硬直してしまう。
「………」
「「………」」
後ろを振り返ると二人も同じようで困惑気味の視線が交差する。
とりあえず歓声な辺り、良いことが起きたんだろうけど、こんなに騒いで何が起きたのだろうか。
「ロ、ローク先輩ッ!」
と、そんなことを思っていると俺に気付いたレイアが興奮した様子で声を掛けてくる。
落ち着け、落ち着け。
「ああ、レイア。みんな興奮した様子でどうs———」
「トラルウス先輩とリリー先輩がやって下さいましたッ!!」
「えっ?」
興奮しながらレイアが口にした言葉を聞いた俺達は控室の中へと駆け込むとスクリーンに映されている映像へと視線を向ける。
『ハハハハハッ!』
『フハハ~』
すると丁度、競技が終了したところだったのだろう。そこには契約精霊達に囲まれながら高笑いを上げるトラルウスとその隣で感情の籠っていない笑い声を上げるリリーの姿があった。
「そうか、一位を取ったのか」
「はい、それで遂に順位が並んだんですッ!」
一位を取った二人の活躍が見れなかったことを残念に思っているとレイアからランキング表を指差しながらそう告げられる。見れば確かにリベル学院とユートレア学院の点差は全くの一緒、同点となっていた。
「いよいよ、決着が見えてきたな」
「はい、ただ……」
優勝の二文字がチラつき、流石に俺も興奮し始めているとレイアが若干、顔を暗くさせながら言う。
「次が最終競技みたいでして……」
「うわぁ……」
文字通り最後の勝負となるであろう次の競技のことを考えて思わず顔を顰める。
絶対に出たくない。マジで出たくない。
「じゃあ、次の競技は責任重大だね」
「頼むぞ、ガレス」
そう言って肩を叩くもガレスは意地の悪い笑みを浮かべながら俺の腕を外して口を開く。
「残念ながら決めるのは精霊だからね。案外、君だったりして」
「絶対に嫌だ。王冠奪取だけで腹一杯だわ」
ガレスに思いの丈を口にしていると出入口の扉が開き、トラルウスとリリーの二人が帰ってきた。
「お疲れ様、一位を取ったんだな」
「いぇい」
そんな言葉と共に手を差し出してきたリリーとハイタッチを交わし、次に視線をトラルウスへと向ける。
「お疲れ、トラルウス。流石だな」
「相手が相手だったからね。どうせなら君が戦った月影とか生徒会長と勝負してみたかったんだけどなぁ」
「そればっかりは運だからな……」
その言葉にそう言えばトラルウスも結構なバトルジャンキーだったなと俺は今更ながら思い出す。考えてみれば学位戦で敢えて俺に有利な短期決戦に乗ったような男だ。
そりゃ、暗やユーマと勝負してみたいと思うだろう。
俺は絶対に再戦したくない。特に暗とは……。
「みんな、最後の競技について盛り上がっているね」
「先生!」
そう言って笑みを浮かべながらアルベルト先生が中に入ってきた。
あれ、控室にいたんじゃなかったのか。
「先生、いつの間に外に?」
「君達が反省会している間に精霊院の方から呼び出しがあってね」
「そ、そうだったんですね………」
あの話し合いをしている間にそんなことが……。全然気付かなかった。
「さて、みんな注目してくれ。最後の競技について話しておくことがある」
そう言ってアルベルト先生は皆の視線を集めると一呼吸を置いてから控室全体に聞こえる声量で口を開いた。
「最後の競技についてだが、同率一位であるリベル学院とユートレア学院の二校で行うことになった」
「えっ、どうしてですか!?」
困惑しながら尋ねるレイアに俺は無言で同意する。
何故、わざわざ二校に絞るのか。
「理由は主に二つ。一つはケルビムとヘルヴィムを通して精霊側から望みが出たから、もう一つは各校の点数差を確認したら残りの三校が競技で一位を取っても総合一位の点数に届かない為、その要望が問題無いと判断されたからだね」
「でたよ、精霊の気まぐれ」
ある意味、大精霊演武祭の名物と言えるものかも知れないが、参加者側からすればたまったものではない。
「何それ?」
「大精霊演武祭はその出自のせいで神の代弁者たる精霊の意見が優先されるからね、時々起きるそういう無茶振りを精霊の気まぐれなんて呼んでいるんだよ」
首を傾げる燈にガレスが説明をする。実際、その気まぐれのせいで昔は土壇場で行われる競技が変更なったりと色々とトラブルも多いらしい。
「へぇ、それでよく成り立ってるね」
「勿論、演武祭の根底を破壊するような要望は退けているらしいけど、この祭りの本来の目的は精霊を楽しませる為のもだからな。精霊院としてもできるだけ応じたいんだろうな」
「ふーん」
自分で聞いといてどうでも良さげな燈の反応を尻目にミーシャがアルベルト先生に声を掛ける。
「私達としては問題ありませんが、他の三校の方々は宜しいのですか?」
「ええ、やはり多少は揉めましたが、最終的には」
「分かりました。でしたら私からは何も。皆さんも宜しいでしょうか?」
そう言ってミーシャは俺達をぐるりと見回す。特に反対意見は無く、ミーシャが言うならという雰囲気になっている。
まぁ、リベル学院との一騎打ちは正直したくは無いというのが個人的な本音ではあるが、今更、俺が何を言っても変わらないだろう。
「分かった、皆ありがとう。私は精霊院の方にも一度話してくるから君達はこのまま最後の競技が発表されるまで控室で待機していてくれ」
そう言うとアルベルト先生は踵を返して部屋を出て行く。
恐らく精霊院の下に俺達からの了承が得られたことを伝えに向かったのだろう。
「ローク、不満?」
「不満、というよりは不安だな」
俺の顔を見上げながら尋ねてくるリリーにそう返す。
今までのバトルロワイアル形式なら他校同士で潰し合わせたところを叩く、もしくは途中で介入して不意を突くなんてこともできただろう。
けれど一騎打ちということはそれができない上に、お互いが目の前の相手に全力を通じることになる。正直、ユーマや暗が競技に選ばれて初手から全力で襲い掛かってくることを考えると恐怖しかない。
「ローク、考え過ぎだ。結局のところ最後は運だよ、運」
「……それもそうだな」
これだけ色々心配しているが、場合によってはユーマも暗も参加しないという肩透かしになる場合もある。
確かにガレスの言うように最後は運だろう。
「そもそも俺が出るとも限らないしな!」
「おや、フラグを立てたね?」
「ローク、それフラグ」
「あ~、うるさいうるさい!」
不安を打ち消すように敢えて大きな声でそう言うとガレスとリリーに突っ込まれる。
コイツら、ニヤニヤ笑いやがって……。マジで出る羽目になったらどうするんだ。
「みんな、最後の抽選が始まるわよ」
と俺達がワイワイ騒いでいるとセリアが大きめ声量でそう呟く。
その声を聞いた俺達を含めて騒いでいたメンバーは全員、口を閉じて視線をスクリーンへと向ける。
画面の中のケルビムとヘルヴィムが賽子を投げ、炎を灯す。
その瞬間を逃すまいと全員がスクリーンと自分の手袋へと視線を交互に移す。
『次の種目は———』




