第844話 攫われた天使
時空管理システムに絡みつくルキモネの触手とアレンたちとの戦いが続く。
ビュルビュルッ
「うらああ!!」
『は!!』
伸びて迫るルキモネの触手をドゴラが神器カグツチで焼き切り、シアが拳で爆散して引き千切る。
前衛たちが囲い込むように触手を切っていくため、ルキモネは劣勢になっていく。
『おやおや、押しているね。ルキモネ君、気合入れて倒さないといけないよ』
戦闘に参加しないキュベルがルキモネに指導する。
『申し訳ありません。2つの戦場を管理しておりまして……』
(2つの戦場だと? メルスたちもこの目玉野郎が戦っているのか。つうか戦力を二方面に力を分散してこれだけの魔力を吸っているのか。どれだけの知力があるんだよ!)
アレンはルキモネと呼ばれる触手とキュベルの会話を聞きながらも、敵のデバフ魔法の効果に驚愕している。
デバフ効果はお互いの知力の差、魔法の効果、耐性などの掛け合わせで成否が決まるのだが、数十万に達するアレンの知力を無視して魔力を吸ってきている。
仲間たちはともかくアレンまでも知力を吸っているのは、アレンの知力を圧倒していることを意味している。
『魔力充当率30・1%まで充填されました』
吸った魔力を使って回復、防御まで行っているのだが、何に使うか分からない時空管理システムによる時間の時限制を感じる。
(充足が30%超えたぞ。一刻も早く倒さねば!! ん? 手? 顔? 触手の中に何かいるな……)
床石から浮かぶ時空管理システムの下にある絡まった触手に目が行く。
ルキモネは破壊された触手を再生させているのだが、アレンたちの一斉攻撃が始まって、ゆっくりと束ねた触手の数が減っていく。
僅かにまばらとなった触手の束の中から人影があり虚ろな表情でこちらを見ているのだが、アレンはわずかに見える顔の一部に見覚えがあった。
メルスによく似た女性の天使であった。
「え? ルプト様?」
「なんだって! ちょっと、皆待って!!」
アレンの言葉に近くにいたヘルミオスが反応した。
「え? ルプト様?」
「あ!? どういうことだよ!!」
ドゴラもクレナも反応して時空管理システムから距離をとり、触手を破壊するのを止めた。
ズルズルッ
皆が触手の束に視線を集めると何かが蠢いている。
『あ、アレン……。逃げて! あなたたちじゃキュベルに勝てないわ!! 今すぐ逃げなさい!! 全てはアレン、あなたをこの場に呼び寄せるための……!?』
意識があるようで必死に叫びながら、ゆっくりと触手の隙間から這い出すようにアレンに向かって手を伸ばした。
『……!』
だが、触手を動かすルキモネは第一天使ルプトの解放を許さず、口を塞ぎ触手を締め付け束の奥へと飲み込んでいき見えなくなる。
『わあ!? ルプト君を取り込んでいるのがバレちゃったよ!!』
「どういうことだ! キュベル!!」
アレンは3方向に魔王城2階層を分かれてそれぞれ攻略したらルプトを助けられるという話が違うぞとキュベルを非難した。
『いや~、君たちを迎え撃つのに準備が足りなくて、彼女の霊力をちょっとばかり時空管理システムの起動に使わせてもらったんだ。いや~、やはり創造神エルメア様の加護を持つ第一天使だ。時空管理システムの起動に波長が合うね!』
「もちろん、彼女から吸収した霊力は魔力に置換しているのじゃ」
シノロムがキュベルの説明を補足する。
『魔力充当率34・8%まで充填されました』
「じゃあ、今、イグノマスが抱きかかえているのは誰なんだ?」
アレンたちの視線が背後でイグノマスが抱きかかえるルプトを見る。
『……ふむ』
その視線はとても無機質で、人でも天使でもないと思えた。
「イグノマス、そいつは偽物だ!!」
(なんだと。状態が悪いからクワトロに鑑定もしてもらったのに!!)
回復魔法を使っても状態が良くならないルプトに対して、状態異常などを受けていないか確かに鑑定したことを覚えている。
Sランクの召喚獣であり、バフにより知力が上がったクワトロの特技「鑑定眼」を欺くほどの敵がルプトに変わっていることを意味した。
『ふん、このくだらない天使ごっごはそろそろ止めても良いのか? キュプラスよ』
低くドスの効いた声が広間に響き、漆黒の闇がイグノマスの抱えるルプトからあふれ出す。
『もちろんだよ。クリーパー。約束通り力を貸してほしい。あと僕のことはキュベルと呼んでくれたら嬉しいな』
「貴様! 何者か!!」
状況を理解したイグノマスが放り投げようとする手を躱し、ルプトに化けたクリーパーは宙に舞う。
ゴゴゴゴッ
全身を覆う漆黒の闇が晴れると、下半身はなく、フードで上半身を覆い、骸骨の顔を覗かせ、大鎌を両手で握りしめた本来の姿を現した。
(こいつは死神クリーパーだ!!)
アレンの知力が原獣の園で暗黒神アマンテの神殿にいた8体の上位神の1柱であることをすぐに思い出す。
『耳元で騒ぐな、土塊よ。死ね』
闇に包まれたクリーパーが淡々と呟いて大鎌を振り上げ、最も近くにいるイグノマスに向けて襲い掛かる。
「下がれ!!」
だが、明らかに後退するでは間に合わないと判断したイグノマスが大声で叫ぶ。
「神器ワタツミよ。我を守れ!!」
ブワッ
鱗の鎧の隙間から一気に泡が溢れ、クリーパーの大鎌の斬撃が向かってくる前に、イグノマスを神器ワタツミの防壁が包み込んだ。
ザンッ
「馬鹿な!?」
「イグノマス!!」
これまで戦闘でイグノマスを守ってきた水の神アクアから預かりし神器ワタツミの防壁がなかったかのように袈裟懸けに肉体を2つに切り裂いた。
神器による鎧がまるでなかったかのような圧倒的な大鎌の切れ味だ。
ザンザンッ
ボタボタッ
さらに、致命傷の一撃を受けたイグノマスが地面に倒れ込む前に、無数の斬撃が襲い掛かる。
あっという間に肉片となったイグノマスの死体が床石に落ち、真っ赤に染めていく
ブンッ
『イグノマスは倒された』
※元々は家名があったが先の内乱ではく奪された。
魔導書に絶望のログが表示されていく。
「うおおおおおおおおおお!!」
「きっさまあああああああ!!」
「ま、待て!!」
最前線よりもやや下がり気味のイグノマスを前衛たちが取り囲んでいる状況だ。
無残に殺されたイグノマスの敵を討つべく、アレンの静止を無視して、一斉に襲い掛かった。
『土塊どもが。煩わしい……。滅死領域』
宙に浮くクリーパーが床石に向けて大鎌を向けると、漆黒の神力が一気に這うように広がっていく。
「……!?」
「……!?」
「……!?」
足元から包み込まれた仲間たちが叫ぶ間もなく広範囲に広がるクリーパーのスキルによって殺されていく。
『シルビアは倒された』
『ベスター=アークティカは倒された』
『グレタは倒された』
『イングリッサは倒された』
『リミアは倒された』
『ローラは倒された』
『グミスティは倒された』
『ホバは倒された』
『ラゾは倒された』
『ハチは倒された』
『パズは倒された』
『セヌは倒された』
『ゲンは倒された』
『フイは倒された』
『レペは倒された』
『ラトは倒された』
攻撃で迫る者も逃げよう退避行動を取った者たちも、その場で命を吸われたかのように死んでいく。
圧倒的な力に蹂躙される中、跳躍し躱すことができたドベルグがクリーパーに襲い掛かる。
「は! 破甲剣」
『それで躱したつもりか。死ね! 絶死鎌破』
これまで全てを切り裂いてきた神聖オリハルコンに纏われるエクストラスキル「破甲剣」が禍々しい漆黒の神力を纏った大鎌とぶつかる。
ザパッ
「がは!?」
何も抵抗がなかったと言わんばかりに、圧倒的で無慈悲な斬撃がドベルグに襲い掛かる。
神聖オリハルコンの剣も鎧も容易く切り裂いたクリーパーは胴切りにドベルグを2つに切り裂いた。
『ドベルグ=フォン=デーモンブレイカーは倒された』
「ドベルグさん!?」
クレナが大声で叫んで血に染まり地面に転がるドベルグを見て絶句する。
「なんだよ……。何なんだよ、この敵は……」
『魔力充当率45・5%まで充填されました』
『おお! たくさん殺してくれたから解放された彼らの魔力がいっぱい吸えたようだね。この調子でじゃんじゃん殺していこう!』
時空管理システムの横でキュベルが小躍りして喜んでいる。
『どういうことだ? 全員殺したと思ったが……。儂の神力が効かないのか? こんな土塊共に?』
髑髏の目玉部分に当たる虚空の窪みで大鎌をいぶかし気に見つめる。
ドゴラやクレナが剣を構えているのだが、クリーパーは相手にもならないと言いたげに視線を向けることすらない。
『ああ、彼らは神界で神々の協力を得たようだ。中には運が良いのもいたようだけどね』
自らの大鎌をクリーパーが確認するとキュベルがクレナたちを殺せなかった理由を教えてくれる。
カッ
(皆の神器が輝いている……)
アレンは余裕のないこの状況の中で、倒されなかった仲間たちが持つ神器が輝き始めたことを知る。
『ふふふ、せっかく託した神器を失うわけにはいかないからね。神々も必死かな。蓄えた神力を必死に消費して使い手を守っているんだよ』
『なるほど、新世界の神々の加護を持っているのか。本来は我らの領域に足を踏み入れおって。生き永らえたことを後悔させてやろう』
ゴゴゴッ
両手で大鎌を握り締めた死神クリーパーの全身から膨大な漆黒の神力が溢れ始め、高い天井まで届きそうな勢いだ。
『……クリーパー様の数値分析不能です。キュベル様』
『そうだね、ルキモネ。これが旧世代の神々の本気の力さ。牢獄で100万年、この日のために力を蓄えていたんだ』
既に勝利を確信しているのか語らい会う敵を見て、ロゼッタは絶句する。
「はぁはぁ……。何なのよ。あんなの勝てるわけないじゃない!」
逃げるように飛び上がって助かった、この中で唯一神器も神の加護も持たないロゼッタが背後に下がり絶望する。
今にもクリーパーが襲い掛かろうとするときクレナが跨る調停神ファルネメスが語り掛ける。
『死神クリーパーさん、よろしいでしょうか?』
『ほう? 懐かしい者が現われたな。まだ生きておったか?』
(そうか。ファルネメスはクリーパーの知り合いだった)
死体が転がる中、アレンは状況を整理する。
調停神は今でこそちからのほとんどを失ったが、暗黒神と法の神は創造神と共に戦った仲間のようで、ならば、暗黒神と調停神もお互いのことはよく知るはずだ。
『彼らはこの不条理な世界を正してくれると私は信じています。その大鎌を収めてくださいませんか?』
戦闘という選択は調停神にもなく、猛るクリーパーに対して懇願にも似た説得を試みるのであった。





