第761話 撤退戦王都ラブールサイド②
【魔王軍撤退まで残り2分05秒】
魔神王マーラが王都ラブールのピラミッド構造3階層の通路をまっすぐ飛翔する。
戦闘機を思わせるほどの音速を超えており、とても建物内で飛ぶには違和感を覚えるほど驚異的な速度だ。
背後には全長30メートル前後の化身となった上位魔神を6体引き連れている。
一番下の階層だと1辺100キロメートルだが3階層でも30キロメートルはある。
通路も巨大で全長100メートルあっても通行可能だ。
王族専用の階層とあって神界人はほとんどいないが、神兵が幾人か、通路を警備している。
「何奴だ!!」
「何だ貴様らは!!」
上空を飛ぶマーラたちに対して槍を構え、声を荒げる。
『……相手にしなくてよい。神界人の王族は謁見の間か、私室でしょう』
マーラが気配察知系の魔法を発動させ、周囲を検知する。
『あうあ!!』
化身となった上位魔神たちはマーラの指示に従うようだ。
槍を構える神界人の神兵を無視して、風圧で蹴散らし通路を突き進む。
10秒もしないうちに、まっすぐ進んだ先にアレンたちが何度もやってきた巨大な扉がある。
つい先日あった鎮魂祭を行った謁見の間の大広間だ。
ドンッ
開く時間も惜しいと扉を魔力弾で破壊し、マーラたちが雪崩れ込んでいく。
『ここか!!』
中にいたのは十数人の神兵と、その背後にいるジーゲンだった。
マーラと化身となった上位魔神を見てビビっている。
「じ、ジーゲン様!? やはり来ました! ジーゲン様も退避を!!」
「ならん、大王の御身を守ることが優先じゃ!!」
『「も」ですって?……貴様、何か知っていますね!』
知力の高いマーラは神兵と宰相っぽいジーゲンの会話に違和感を覚えた。
この場には目的の者はいないが、どこにいるのか知っているような口ぶりだ。
グシャ!!
マーラが上位魔神と一緒にジーゲンの下に急降下する。
ジーゲンの前にマーラが降り立ったが、上位魔神によって神界人たちが全員、一切抵抗もできず踏みつぶされてしまった。
「ひ、ひいい!? がはっ!!」
神兵たちも瞬殺され、自らも首元をマーラに握られ、足がつかないほど吊り上げられる。
両手で必死に放そうとするが、ステータス差が違い過ぎて小指一本動かすことができない。
『第一天使はどこにいますか!!』
「へ? え? ホマル様のことか。 誰か答えるか! ええい、儂も殺せ!!」
マーラに首を握られながらも必死に叫ぶ。
ジーゲンは天空大王に仕える身として、命よりも忠誠心が高かった。
命に代えて、黙秘を続けるようだ。
「追いついたぞ!!」
そこにきて、メルスが破壊された扉を抜け、謁見の間に飛び込んできた。
(宰相っぽい爺さんだけか。天空大王たちはこの場にはいないのに何やってんだ。それで言うと3階層のどこにも天空大王どころか王族もいなさそうだけど)
メルスの肩に乗るクワトロが謁見の間の詳細な様子が、時空神の神域で化身となったビルディガと戦う、アレンにも視覚情報が入ってくる。
アレン自身も必死に戦いながらも、現状を分析する。
『くっ。もう来ましたか!! 良いから嘘偽りなきよう答えなさい!!』
カッ
マーラの両目が紫色に光るとジーゲンの両目も同じ色に染まる。
「天空大王とその一族は皆、2階層北側にある発着場へ向かっています」
紫色に目を輝かせ、うつろな表情で答えていく。
『発着場ですって! 生まれたばかりの第一天使もそこですか!!』
「……はい」
『そうか』
グシャッ
そこまで聞いたところで、ジーゲンの首を掴んでいた腕に僅かばかりの力を籠める。
首がつぶれ、頭が床に落ちようとする。
(マーラたちをやれ! これ以上暴れさせるな!!)
『ああ!』
メルスに語り掛けるアレンとマーラの指示が一緒であった。
『これ以上邪魔をさせてはなりません。排除しなさい!!』
迫りくるマーラと6体のうち2体の上位魔神がメルスに向かって牙を剥き突っ込んでいく。
メルスとぶつかりそうになった時、既に戦闘を終えたルバンカと、時空神の神域で戦うリオンをカードに戻して、目の前に再度召喚した。
『ルバンカ、リオン任せたぞ!!』
『うむ!!』
『ああ!!』
2体の上位魔神とルバンカとリオンが衝突する隙間をメルスはすり抜けたところで、マーラは既に天井の外部へとつながる穴に一旦上がり、そこから2階層北側の発着場へ向かおうとする。
【魔王軍撤退まで残り1分20秒】
メルスは圧倒的な素早さで、天井に開いた穴を抜けマーラに迫る。
天井の穴を通過し、北側の外壁を進んだ先には、2階層の神界船が停泊してあり、ワラワラと神界人の王族が乗り込もうとしている。
神界船は2階層の外壁に海を移動する船のように外壁にぴったりとくっつき出発の時を待っている。
(なるほど、船に乗って、神々の領域のある神界に逃げ切ろうとしていたのか)
アレンは3階層を探し回る鳥Eの召喚獣たちが神界人の王族を見つけられないでいる理由が分かった。
天使養成学校を襲われた時点で、神界人の王族も、王都ラブールの3階層の王族エリアに居座ることに危機感を覚えたようだ。
ルプトたち天使たちから何らかの情報を聞いてか、メルスが報告に行った際に動き出したようだ。
アレンたちが借りていたが、魔導船を神界に運び入れたということもあって、天空大王へ返却した神界船を使い、シャンダール天空国から脱出しようとしている。
メルスは障害のない直線距離の移動ということもあり、速度を上げ、ぐんぐんと追いついていく。
『くっ! 絶対に止めなさい!!』
『うあ!!』
『うあ!!』
残り4体になった内の上位魔神2体がピラミッドの外壁の斜面で反転させメルスに向かってくる
『……マグラ、マクリス。そっちの戦闘が終わっていて助かる!』
『ふん、あちこち余を小間使いにしおって!!』
『活躍するのらああああ!!』
3階層にはいる際に戦った2体の上位魔神とは、既に戦闘を終えていて、マグラとマクリスのコンビに任せる。
ズオオオオン
巨大な召喚獣と、10体のうち4体は精鋭であったのか50メートル近い巨躯の2体の上位魔神がぶつかり合う衝撃に衝撃波と轟音が響く。
「キャアアアアア!!」
「化け物が来たぞおおお!!」
マグラが上位魔神を外壁に叩きつけた際、ピラミッド構造の王都が揺れるほどの衝撃が生まれ、2階層の発着場にいた神界人たちが横転しそうになり恐怖で慄く。
操舵士ピオンが神界船の乗り込み口からタラップを降ろして、大声で叫んだ。
「船はいつでも出発できます。王妃様、ホマル様の避難を!!」
「え、ええ、分かりました! ほ、ホマル様、すぐに安全な場所に……」
『オギャアアアアア!!』
神界人の神兵や天空大王に支えられ、第一天使ホマルを両手で胸元に抱きかかえた王妃が、普段は走り慣れていないのかヨタヨタと必死に走る。
【魔王軍撤退まで残り40秒】
『いました! 幼い第一天使です! 絶対に逃がしてはいけません! 船を破壊しなさい! 逃げれると思ったのですか!!』
まだ遠くにいたホマルの存在を検知の魔法で捉えた。
優美な笑みを零すマーラの表情はそこにはなく、目を大きく見開き獲物を見つけた猛獣が犬歯をむき出し涎を垂らすような貪欲な笑顔を見せた後、上位魔神の2体に指示を出す。
『あああ!!』
上位魔神の1体が神界船の胴体を目掛けて、落下するように大剣を振り下ろした。
ズガアアアアン
船は破壊され、空中に浮く動力を失ったのか、ピラミッド構造の外壁から外れ、はるか下へと落下した。
「うあああああああ!!」
「きゃああああああ!!」
「何だ落ちるぞおお!!」
乗り込み口に掴まるピオンが真っ逆さまに落ちてしまう。
船の中には既に多くの王族や護衛の神兵が乗り込んでいたようだ。
絶叫の中、落下するのだが、マーラはそんなのを後目にもせず、まっすぐ王妃の抱くホマルへと迫ろうとする。
(くっ! やむを得ない。ツバメンは巣を設置して船内の人たちを助けろ!!)
『ああ!! ツバメン、ホークたち、そっちは任せたぞ!!』
メルスが移動しながらも鳥Aと鳥Eの召喚獣たちをカードに戻し目の前に召喚する。
落ちていく神界人たちとホマルたちのどちらを優先するべきかアレンは選択を迫られる中、鳥Aと鳥Eの召喚獣たちを救出に向かわせる。
『ピィッ!!』
『ピピッ!!』
凄い勢いで落下する神界船に乗り込んだ数百人の神界人を助けるため、召喚獣たちが必死に追いつこうとする。
主力で圧倒的速度のあるメルスが追えば助かったかもしれないが、マーラがホマルの下へと急降下する。
アレンの中で一瞬の思考と、メルスへの指示の間が、マーラをホマルへの接近を許してしまった。
さすがに何百人もの人命は助けなくてはいけない。
だが、魔王軍の作戦が上手くいく形となれば、それ以上の被害が人間界に出る。
だからと言って何もしないわけには行かない。
メルスの飛行速度の方が鳥Aや鳥Eの召喚獣たちよりも早く間に合うかもしれない。
間に合っても全長100メートルの神界船を成長させたとはいえ、下からくぐって持ち上げられるか分からない。
メルスについても、自らを生み育てた神界人の王族たちを見殺しにするのは気が引けたようだ。
結果、1秒かそこらの時間、反応が遅れ、マーラとの間に距離を生まれる。
だが、それもメルスたちの気を反らすマーラの作戦であった。
神界船を破壊し、意識をそちらに向けた隙にホマルを抱える王妃の下へ急行直下する。
(く、間に合わないぞ)
マーラとの追いかけっ子をずっとしてきて分かるが、完全に追いつくのに明らかに距離が足りない。
既にマーラと王妃との間の距離は50メートルを切っており、メルスとマーラの間にはその何倍もの距離があった。
ブンッ
『捉えました! って、な!? 誰ですか!!』
魔法陣が生じ、王妃とマーラの間に1体の女性の第一天使が現れ、行く手を塞いだ。
(ん? 船が!? ルプトも!?)
鳥Aと鳥Eの召喚獣たちとメルスの視界の同時に衝撃がアレンの視界に入ってくる。
神界船はいきなり落下が止まり、鳥Eの召喚獣たちが船のそこまで追いついてしまった。
そこで見た光景は、下からアウラたち3体の大天使たちが必死に支える姿があった。
『そこまでです! 第一天使ホマルは魔王軍に渡しません!!』
第一天使ルプトが魔神王マーラの行く手を遮るのであった。





