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4.1.用心棒


 築何十年か分からない教会が、街並みに溶け込むように建っていた。

 とは言え建築のベースとなっている色は白色だ。

 周囲の木材を使って建てられた家々の中にあるそれは、普通に見れば溶け込むというより、自分を際立たせる。


 しかし、白かった色は既にくすみ、壁が欠けて罅が入っており、ツタなども張り付いている。

 様々な色に白色を消され、特に違和感なくその場に鎮座していた。


 その教会の大きな庭に、場違いな明るい声がこだましている。

 子供の笑い声だ。


 ここは孤児院として設立されている大きな協会だったが、年々補助金が少なくなっていき、今では食事も満足に取れていないのが現状だ。

 周囲にいた住民は既に移住しており、残すはこの教会だけとなっている。

 とは言えまだスラムに住んでいる者は沢山いた。

 行く場所がないのだ。

 それも仕方がない。


 そんな暗い雰囲気が似合う場所でのこの明るい笑い声は、他の住民を苛立たせるのには十分な物だった。

 だがしかし、彼らはその場を離れるだけに留まる。

 弱い者は、強い者のことを本当によく理解し、自分がどうすれば生き残れるかを直感的に感じるものだ。

 今がまさにそう。


 あの教会には、手を出してはならない者がいる。

 それをこのスラム街の住人は知っていたのだ。


「あははは!」

「お爺ちゃんこれは“冒険者”って読むんだよー!」

「おぉおぉ、そう書いてあるのかえ? お主は頭が良いのぉ」

「お爺ちゃんが悪いんだよー!」

「ほっほっほっほ! この世に疎いからのぉ。何も言い返せぬわい」


 ボロボロになった本を見開きながら、数人の子供たちに群がられて文字を教えられている老人。

 彼は間違いを正してくれた子供の頭を、わっしゃわっしゃと撫でくり回す。

 その子は嬉しそうに目を細めるが、他の子供は少し不服そうだ。


 一人の子供が、老人の隣に置いてあった白い棒へと目がいった。

 少し困らせてやろう。

 大切にしているその白い棒を掴んで何処かに持っていこうとしたが、掴むより先に子供の首根っこが掴まれた。


「うわぁ!」

「これこれ、それは儂の大切な物だと何度言えばわかるのじゃ」

「うー! なんでばれたんだよぉう!」

「子供が静かな時は、何か悪戯をしている時だからのぉ?」

「うっ」


 どうやら図星だったらしい。

 子供がしゅんとした事を確認してから、老人はその子を丁寧に下ろしてやる。

 これだけの細い体の何処に子供を片手で持ち上げれるほどの力があるのか。

 幼い子たちから見ても、その光景は異様な物だった。


 だが慣れてしまえば日常。

 これもいつもの事なので、後は子供たちが勝手に説教をしてくれる。

 大人の真似をしたいのだ。


 それを微笑ましそうに見ていると、教会の門から三人の男性が入って来たのが見えた。

 またか、と小さく口にしたが、すぐに子供たちに笑顔を向けて背中を押す。


「どれ、また弟子が修行に来た様じゃ。危ないから戻っていなさい」

「またぁ?」

「はーい! ほら行くよ!」

「うええっ。僕見たいよぉ」

「ダメダメ! お爺ちゃんの言う事聞かなくて怪我したのはだぁれ?」

「うっ」


 数人の子供たちは、老人の指示に従いながらぼろくなった教会へと戻って行った。

 それを確認した後、入ってきた三人の男共を見る。


 腰には剣を携えており、殺気を放っているのが見て取れる。

 彼らは立ち退きを要求する雇われた傭兵たちだ。

 この孤児院の建っている土地は、何処かの貴族が買収したらしく、ここを取り壊して何かを建設しようとしている。


 そうなったのは随分前のことだ。

 孤児院にいる子供たちはどうなるのかという問いに、彼らは無視を決め込んだ。

 とにかく立ち退けとの一点張り。

 その貴族にとっては、スラム街の子供の命より、この土地の方が大切だったらしい。


 もし彼らが温厚で、子供たちに未来ある生活を約束してくれたのであれば、すぐにでも立ち退こう。

 今からでも誠意を示し、強硬な手段に出たことを謝れば考えてやらないこともない。

 彼の懐はとても大きい物だ。

 だが、限度という物がある。


「おいクソジジイ。そろそろ立ち退けや。邪魔だっつってんだろうが」

「断る。子供たちの将来を約束してくれなければ、儂はここに居座り続ける。用心棒としての」

「あーあー約束しますよ。大丈夫大丈夫」

「……」


 老人は眉を顰める。

 このような適当な返事を聞いて良いことなど何もない。

 既に彼らは暴力を用いて強行突破しようとした。

 それを忘れるわけにはいかない。


 静かに腰を落とし、右手を白い棒こと合口拵えの日本刀に添える。

 それを見た男共は、ババッと剣を抜いて構えた。

 老人の体には、バチバチと黄色い電気がほとばしっている。


「──」


 集中。

 とんでもない速さでその境地へと入り込み、指一本でも動こうものなら爆発するように飛び出す準備ができていた。

 その目からは柔和な老人とは全く別の、双眸のない骸に睨まれている様な重圧がのしかかる。


 重圧なる殺気。 

 どしりとのしかかった圧が、男共の動きを大きく鈍らせる。


 一人の男が剣を地面に落とした。

 それにより殺気を当てられる対象を外れたのか、ブハッと息を吐いて咳込む。


「なんだってんだよ……勝てっこねぇよ!」


 彼らはそれなりに強い傭兵たちである。

 冒険者ランクで言えば、Bランク程の技量はあるだろう。

 そんな彼らだったが、この老人に勝てるビジョンが一切見えなかった。


 一歩踏み出せば死。

 それを各々が持つ本能が、そう叫んでいた。


 依頼を受けているし、それにより多額の報酬金を貰っている。

 だが、今目の前にしている相手はその報酬金にはとても見合わない程の強敵であると直感した。

 馬鹿でなければ、ここで退く。

 しかしこの中にいた一人は、その類の者であったらしい。


「う、うああああ!!」

「──雷閃流」


 相手が目の前で振りかぶったタイミングを見計らい、地面を蹴って大きく一歩踏み込む。

 右手に力を入れて柄を握り込み、そのまま抜き放つ。


正手頭(まさてがしら)

「がっ!!?」


 相手は振りかぶったまま止まった。

 振り下ろすより前に、老人の攻撃が男の鳩尾に柄頭をめり込ませる。

 鞘から日本刀は殆ど抜いていない。

 槍で突くようにして、男を吹き飛ばす。


「ふむ。この奇術は……腰にくるわい……」

「っ!? な、何が起きた!?」

「ああ、ほれ。こいつ持って帰ってくれ」

「に、逃げるぞ兄貴っ!」

「う、ぐっ! くそっ!」


 男二人はすぐに倒れた男の腕を肩に回し、脱兎の如く逃げ出した。

 それを確認して、ふうと息をつく。


「世話をかけるのぉ。一刻道仙や」


 老人は合口拵えの日本刀を撫でる。

 片手で頬をペチペチと軽く叩き、顔を戻す。

 どうにも戦闘になると顔が変わってしまい、怖がらせてしまう様だ。

 自分ではそうしているつもりは全くないのだが……。


「お爺ちゃん終わった?」

「おお、終わったぞ。さて、そろそろお昼だ。食事にしよう」

「? でもお金ないよー?」

「ほれ」


 老人はぽいと小さな袋を投げる。

 子供はそれをキャッチしたが、ずっしりしたその感覚に少し体勢を崩してしまった。


 これは何だろうと首を傾げながら、恐る恐る中を見てみると、そこにはお金がぎっしりと詰まっていた。

 びっくりして子供は老人を見るが、彼は相変わらず笑顔のままだ。


「今日の弟子の手習い料じゃ。好きに使いなされ」

「わぁ! みんなー!」


 その子はテテテテーと子供たちのいる所に戻って聞く。

 だが、すぐに立ち止まってまた老人の方を向いた。


「ふじきよお爺ちゃん有難う!」

「うむ。どういたしまして」


 この老人、沖田川藤清は、この孤児院の……用心棒である。


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