3.30.奇術乱舞
ドンと大きな音が鳴った時には、既に西形の片鎌槍は木幕の喉元付近まで来ていた。
既に狙いを定めていたので、相手が構えた瞬間に飛び出そうと決めていたのだ。
相手の刀は下段に降りている。
この状況下で上に持ち上げる事は出来ないので、もう勝負は決まったと同義であった。
これから槍を握る手に何かを押し当てる感触が一瞬あった後、すぐに抵抗が無くなる予定……だった。
「……!?」
西形の槍は、木幕の喉元より一寸離れて止まっていた。
この攻撃を行っている時、西形は周囲の状況を確認することができなくなってしまう。
素早い速度に目が追い付かないのだ。
それ故に、感覚で敵を斬ったかどうかを確かめていた。
だから、目を開けるのに若干の間があった。
あってはならない事だったが、今まで感覚に頼り切っていた為、呆気なく隙を見せることになってしまう。
いや、それよりも何故動きを封じられたかが分からない。
目を開けたばかりですぐに状況は飲み込めなかったが、足元が濡れているという事に気が付く。
ばっと下を見てみれば、腰あたりまで水が来ており、それに動きを封じられたという事が分かる。
水瀬が作り出した正方形の水の桶だ。
どれだけ動きが速かろうが、こうされてしまっては身動きが取れない。
何故すぐに気が付かなかったのか。
いつこんなものを用意したのか。
頭では思考を繰り返していたが、体は周囲の状況に合わせて槍を振るっていた。
「フッ」
「くっ!」
下段から振り上げられた攻撃を何とか槍で受ける。
水の中に潜らせなければ防げなかったので、とてもぎりぎりの対応だった。
初手で一人始末できなかったのはとても痛い。
それに今は水に足を取られていて、奇術を使った攻撃に転じることができない。
それでも木幕は常に攻撃を仕掛けてくる。
だがリーチはこちらの方が長い。
それを活かして近づかせないように槍を振るう。
(クソッ……)
だが、水の中から迫ってくる刃を、槍で受けるのは随分と堪える。
刀は水を切ることができるが、槍は水を搔き分けなければならない。
それにより全ての動きが遅くなり、攻撃に転ずることができないのだ。
加えて……水瀬はまだ手を出していない。
だが見たところ、今はこの奇術の維持をするので精一杯らしく、今すぐに攻撃してくるわけではなさそうだった。
とは言え、この状況はマズい。
数度太刀を交えて分かったが、木幕の技量は西形より圧倒的に上だ。
槍という防げる面が多い武器だからこそ、何とか持ち堪えてはいるが、このままではいずれ斬られてしまうだろう。
ザバッ!
「しまっ……」
腕を持ち上げた時、服にのしかかった水が持ち上がり、顔を濡らしてしまった。
結果的に一瞬目を瞑ることになってしまい、木幕の攻撃がどちらからくるか分からない状況になってしまう。
最後に見た木幕の動きは、斬り上げた刀を自分の所に引き戻している所。
これではどちらからくるか見当もつかない。
勘でやるしかない。
そこで、ふと気が付いた。
やられるとわかっているのであれば、足掻いて見せたい。
そう思った西形は、持っていた槍を持ち上げて弧を描くように思いっきり振るった。
ガチッ!!
鋭い手応え。
恐らく今木幕が刀で槍を防いでいるのだろう。
顔を振って水気を払い、何とか目を開ける。
そこには、片手で日本刀を持って槍を御している木幕の姿があった。
「葉我流剣術裏葉の型、炎鬼」
振るった槍は、確かに西形の持てる最高の火力だった。
この状況でも威力を出せるような振り回し方はできるので、それは間違いない。
だが、そんな攻撃を片手で防いでいるという事に驚いてしまった。
どれだけ力を入れてみても、びくともしない。
壁と戦っている様な気分になる。
「なんで……!」
「……友が残していった、技だ」
槙田正次。
鬼の様な力強さを持つ剣豪だった。
その炎は地獄の全てを焼き尽くさんばかりの熱を持ち、その肉体は自分以外立っている者を許さない荒々しさを持っていた。
まさしく鬼。
鬼の様に強い人間、槙田正次は夢の中で様々な物を残していってくれた。
「応えなくして、何が友か!」
ついに両手で柄を持った木幕は、西形の槍を上に容易く打ち上げる。
手放しはしない物の、体勢は大きく崩れてしまった。
「葉我流剣術! 捌の型!」
「ぐう!?」
「枝打ち!!」
木幕は思い切り水に葉隠丸を叩きつける。
その直線状に西形はいたのだが、紙一重でその切っ先から逃れることに成功した。
幸か不幸か、その高威力の攻撃は水を切り裂き、一瞬だけ体が自由になる。
それを見逃さまいとすぐに奇術を使って脱出し、木幕の真横に出現した。
手ひどくやってくれたものだと悪態とつきながら、構えを取って首を狙う。
こうなってしまえばもうこちらの物だ。
水瀬も維持に必死になって西形が脱出したのを確認できていない。
木幕は未だに前を向いている。
死角。
まだ誰もこちらに気が付いていないはずだ。
足に力を籠め、踏み込む。
ドン!
ズシャッ……。
「……?」
まただ。
また、手に感覚が伝わってこない。
目を開けてみれば、どうしたことだろう。
自分の目線は地面とほぼ同じだった。
訳が分からない。
とりあえず立ち上がらなければ、相手にまた攻撃される。
そうなれば先程と同じ二の舞になるので、それだけは避けたい。
槍を握り直し、足に力を入れる。
ばっと飛び上がるようにして間合いを取った西形だったが、そこで妙な物が目に入った。
赤い、赤い、赤黒い、水。
それが西形が飛び上がったところから、今いる所まで続いている様だった。
「……え?」
西形の腹は、服ごと無数の刃によって切り裂かれていた。
「がああああああ!!?」
何が起きた?
一体、自分が奇術を使った瞬間何が起きたというのだ。
激痛に眩暈がする中、何とか木幕を見据える。
すると、木幕の周囲に葉が浮いていた。
それは彼を中心にそれなりに速い速度で周回しており、その一部には真っ赤な血が付着している。
あれが自分の血であると認識するのには、そう長い時間はかからなかった。
だが何故狙いを定めたはずの槍が届かなかったのだろうか。
忌々しく見据える木幕の頬には、一線の血が垂れていた。
「……葉でお主の刃を逸らしたのだ。賭けだったがな」
「ぐ……ぐふ……ものか……」
「?」
「諦めて……なるものか!」
血をドバドバと流しながら、西形は構えを取る。
足は既に震えており、立っているのがやっとといった様子だ。
だがこれは執念なのだろう。
「生光流……ッ。一閃……通しッ!」
西形は大きく足を踏み込んだ。




