3.26.配置場所
水瀬は丁寧にレミにも同じことを説明していく。
しかし、木幕よりも奇術のことに関して理解のあるレミは、何の戸惑いもなくその話を受け入れた。
とりあえず、これで全員が能力のことを共有できたので、今度はその能力を何処で使うかを取り決める。
つまり、水花の設置場所を決めるのだ。
場所は四つ。
そして、木幕、レミ、水瀬の三人を合わせると、七つの場所を見張ることができる。
西形の姿はまだ見ていないのでわからないが、見れば一発で分かるはずだ。
武器は片鎌槍。
それさえわかっていれば、すぐに見つけることができるだろう。
勿論、その場所を通ればの話だが。
「で、何処に設置するんですか?」
「奴は飯処を襲う。故に、水花を設置する場所はその周辺になるだろう。まずはその下調べだ」
西形は比較的規模の大きい店を選んでいるようだった。
なので、まずはこの周辺と、前回被害があった場所の近くを調べることになった。
とは言え、それでもこの世界の飯処は多い。
もう少し何か手掛かりになるようなことは無いかと思案してみたが、三人の中で思い当たることは無かった。
頬杖をついたレミが、二人に話しかける。
「下調べと言っても、ほぼ賭けみたいなもんですね……」
「弟の事なので、行動は分かるつもりでいたのですが、何故か今回はよくわからず苦戦しています。ですが暫くはこの国に留まるとは思いますので、その内に仕留めましょう」
「次何処かに行かれては、本当に打つ手が無くなりますしね……。じゃ、明るい内にお店調べに行きますか!」
「うむ。頼んだ」
それなりに大きな店で、夜になると人通りが少なくなる所。
そして被害のあった店の周辺のお店を調べる。
一つ一つ口に出して指を織り込んだレミは、一つ頷くとすぐに宿を出て行った。
さて、と言いながら木幕と水瀬も立ち上がり、宿の外に出る。
しかしその時、水瀬の裾を引く少女の姿が目に入った。
宿屋の店主の娘、ルアである。
口の利けない少女は、少し心配そうに水瀬を見ていたのだ。
それが何を意味するのか分からなかったが、水瀬は少女の頭に優しく手を置いて撫でる。
「行ってくるね」
小さくコクリと頷いたルアは、持っていた裾を手放した。
その事を確認した木幕と水瀬は、すぐに外へと足を進める。
見えなくなるまで見送ってくれたルアだったが、二人を見送るとすぐに宿の中に戻った。
朝食の片づけをしよう。
そう思って皿を片付けようと椅子を引き、その上に載って机の上にあった食器を重ねていく。
カツッ、カツッ、トン、トン……。
外の地面を何か固い物で突く音から、今度は床を突くような音に変わった。
こんな昼間にまたお客さんとは珍しい。
音の音量的に、この宿に入ってきてくれたのだと思ったルアは、すぐに食器を片付けるのを中断して、玄関の方へと走っていく。
すると、壁に背を預けている男性がいた。
長い槍のような武器を片手に持っており、それを杖にしている様だ。
なんとも辛そうな雰囲気から、すぐに駆けよって揺さぶる。
「……水はあるか……?」
なるほど、喉が渇いていたのか。
そう思ったルアはすぐに水をコップに注いで持っていく。
声を出すことができないので、近づいた時にまた揺さぶって、水を持ってきた事を教えた。
すると、のそりと動いた頭がこちらを向く。
温厚そうな青年らしい顔だちだったが、その表情は汚物を見る様な嫌悪に塗れた印象を与える。
ぞっとしてしまったルアは、持っていたコップを取り落として数歩下がってしまった。
コップは地面を一度跳ね、丁度男の足に向かって水がまかれる。
「……何故……?」
男の不気味な声が、鳥肌を立たせた。
逃げなければいけないと、生存本能が警報を鳴らしているのだが、何故か動けない。
ただ立ったまま、その男の次の言葉を聞いているしかできなかった。
「この店は……客人に水をかけるのか……? 悪人だ。悪人だ。悪人は成敗せねば。この世を壊すために成敗せねば……せねばせねばせねば……」
静かに下ろされた槍の切っ先は、ルアの喉元を狙っていた。
叫ばなければ、助けを求めなければ。
そうでなければ……死んでしまう!
「来ないで!!」
数年ぶりに声を発した。
それは自分が思っている以上に澄んだ声で、周囲の人たちが聞く分には何の問題もない程に大きな物だ。
自分が呪い子であることを思い出した時、すぐに口を閉じて相手を見る。
ルアは目の前の男に対して声を発してしまった。
また人を殺してしまう。
自分が殺されようとしているのにも関わらず、相手のことを心配している辺り、ルアは本当に良い子なのである。
だが、その優しい子の首は、胴体と切り離された。
「──え」
ルアの声を聞いた人物は、死ぬはずである。
だが、目の前の男は死なずに動いていた。
未だ意識がはっきりする中、頭と共に斬り飛ばされた自身の両目が自分の体とその後ろに移動した男に向いている。
男は、生きていた。
何故生きているのかは分からないが、確かに自分は声を発したはずである。
どうして死んでいないのか不思議に思いながら、ルアの意識は静かに閉じた。
「ルアあああああ!!」
「む」
「──あっ?」
階段から急いで降りて来たルミアだったが、男に目撃されるなり一瞬で首を刎ねられた。
寸分の狂いのない一閃が、糸も容易く命を狩る。
刃についた血を振るい、自分の袖でも拭う。
男は何の外傷もなく、静かにその宿を出て行った。
ルアは知らなかったのだ。
自分の声は、この世界の住人にしか呪いの効果を果たさないことに。
これは誰も知らない事である。
二人の死体は、そのまま放置されることになった。




