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記憶の中の

「おい!また拗ねてんのかよ?」


「・・・拗ねてません」


昔から兄と剣を競って一度だって勝てた事が無かった。

頭も昔は良かったんだ。でも、いつからだったか兄は全ての事に興味を失くしたように、何もしなくなった。


父が兄に余りにも過度な期待を押し付けたからだと、私は思い込んでいた。


「父様。余り兄様に過度なプレッシャーをかけないで下さい。日に日に兄様のやる気が失くなっていますよ?」


「なんなんだアイツは。私はそんな難しい事を要求したつもりなどないぞ」


父様は兄様と顔を合わせるたび兄様に小言を吐いた。


兄様はそれをその頃覚えた軽口で揶揄いながら聞き流していた。それを兄に教えたのは、その頃サンチコアの宿舎にいた、騎士団長のペシュメルという男だった。


私は、その男が嫌いだった。


「兄様。余りあの男と仲良くしないで下さい。すっかり口も悪くなって・・・もう兄様、貴族には見えませんよ?」


「はは?そうか?そりゃ良かった」


今ならわかる。

アレはわざとだったんだ。


少しでも母の理想を壊すための兄の数少ない抵抗。


同じ屋敷の下で行われた非道な行いに、誰も私も全く気付いていなかった。


「何故です!!何故騎士になど!!私に後を継がせる為ですか?それなら・・・・」


「違う、ジェラルド。俺はこの家が嫌いなんだ。だから逃げ出すだけだ。誰かの為なんかじゃねぇよ」


なんて勝手な兄だと思った。

私から見た兄は完璧だった。

文武両道、美しい精神の持ち主で人を慈しむ心を持っている。乱暴なイメージなど兄の事を知れば消え失せてしまう。兄は誰からも愛される、そういう人間だった。


口煩い父も本当は兄の事がとても気に入っていると私は分かっていた。アレは父なりの兄に対する愛情表現だったんだ。だから、兄が出て行った時、一番ショックを受けたのは父だった。でも、それをすぐ受け入れたのも父だ。


「アイツは一度言い出したら言うことを聞かん。ほおっておけ」


セラとの婚約が決まって兄がこの屋敷に顔を出す。

その度に、皆内心喜んだ。

でも、兄は絶対にこの屋敷には止まらず夜になる前には帰って行った。・・・・・・・当たり前だ。


この屋敷にはあの女が居る。


「何故、あの人を追い出さないのですか」


「ジェラルド・・・・」


あの後、兄様が出て行った後。

私達は母だった者を散々問い詰めた。そして、後悔した。


あの女・・・あろう事か兄様にした全てを、洗いざらい事細かく喋り出したのだ。


そして・・・・最後はこう締めくくった。


「知って楽しかった?私は楽しかったわ。でも、私は悪くない。愛してもいないのに私を抱いた陛下が悪いのよ?」


毎日あの女を殺す夢を見る。


あの人は元々学院の教師だった。

その為、私達は勉学や立ち振る舞い。貴族としての在り方など、とても口煩く指導された。それが、私の母だった。


アレが・・・私の母。


「今は耐えてくれ。今はまだ、この屋敷からは出せん。それに、事情が事情だ・・・軽々しく口に出す訳にはいかない・・・」


あの女はこの屋敷の地下に閉じ込めてある。


決して外に出ないように、兄を追えないように。


「それに、どんなに受け入れ難かろうが、アレは私の妻であり、お前の・・・」


「やめて下さい」


「・・・・・・とにかくまだ動くな。ギャドを無事に逃す方法を考えなくては・・・こんな事なら、もっと他国の者と繋がりを持っておけば良かったな・・・・」


兄はノア様の血を引いている。

それが知られれば必ず追っ手がかかる。

ノゼス様に知られてしまったのだから、知られるのは時間の問題だ。それにもう、兄がどこに行ったかも分からない。


「・・・ササラ様ならどうでしょう?あの方は兄の親友です。手を貸して頂けるのでは?」


「ササラ様か・・・あの方はデズロ様と繋がりが強い。危険だぞ?」


「黙って待っても結果は同じです。それなら、少しでも助かる可能性がある手段を選びます」


救いなのは、父が兄を逃す気になってくれた事だ。

もう、ここにいても兄に明るい未来はないと分かっている。それに、二度とあの女と会わせたくない。


「少し出てくる。夜には帰る」


「かしこまりましたジェラルド様」


行こう。


少しでも兄の力になりたい。少しでもいいんだ。

あの人に少しでも償いたい。



"満足かよ。セラと共謀して、まんまと計画通り俺を操作出来ただろ?良かったな?思い通りに事が運んでよ?"



気付いていたんでしょう?

私が、セラ様に惹かれていた事を。



そうだ。私はセラ様の為ではなく自分の為にあの計画を立てた。


「あーー疲れたぜぇ!それにしてもお前にしては気が効いてんな?わざわざこんな、いい酒持ってくるなんてよ?」


「今回は流石に・・本気で心配でしたので。でも、圧勝だったとか?」


「そりゃそうだろうな?超強え勝利の女神が怒涛の勢いで敵をなぎ倒してたからな。俺本当に団長辞めたいぜ。最後の俺の長所も奪われた」


「?相変わらずよく分からないですが?」


オスカール戦から帰って来た兄は珍しく機嫌が良かった。

とてもスッキリした顔で笑っていた。


まるで、何かを吹っ切れたような、そんな表情だった。


「あー美味ぇ。やっぱ戦いの後の酒は最高だぁ」


「良かったです。喜んで貰えて」


「で?本題はなんだ?セラの事か?」


本当に嫌になる。そんなに分かりやすいんだろうか?


「はい。ノゼス様がセラ様と兄様の婚約を白紙に戻して欲しいと言って来ました」


「・・・・・ふーん?で、親父は?」


「兄様が帰って来るまで返事はしないと」


私は、兄がセラ様を手放すのだと思っていた。

彼女はずっとずっと兄を思い続けて来た。

私はそんな彼女をずっと見つめ続けて来た。


「そうか。じゃあまだ俺とセラの婚約は切れてないんだな?」


もう、いい加減彼女への想いを諦めさせて下さい。

セラ様を幸せに出来るのは貴方しかいないんです。


「じゃ・・あ・・・?・・・なん、だ?」


「すみません、こんな真似をして」


「ジェ・・・ラル・・ド?おま・・・」


私は愚かだった。

今なら分かる。


もうずっと前から貴方はセラを愛していたのだと。


貴方が必死で守った物を、私は自分の願いを叶える為に踏みにじった。最低な手段で。


私が本当に殺したいのは、あの女じゃない。


「もういい加減セラを愛してあげて下さい」


私だ。

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