生きるものの正義の為に
イライザは話はじめた、大陸の闇に潜む死霊術の結社のことを。
「1000年前より、教団と各国の戦いは行われていました。ーーしかし300年前の決戦を最後に、教団は歴史の表舞台から消えたのです」
そこまでは、僕もおとぎ話として聞いている。
悪い子どもをさらう死霊術師とか、ありふれた伝説としてだ。
「ですが宮廷魔術師と聖教会は、それ以後も断続的に死霊術師の活動らしきものを捉えていました。まさか、これほど大規模なことをするとは……思いませんでしたが」
死を操り生死を逆転させる死霊術は、大陸中にある聖教会が禁じている。
この掟を破るのは、大陸中を敵に回すも同じはずだ。
婚約破棄からの流れで、ブラム王国には侵攻のメリットがないと感じていた。
それは、思い違いだったのだ。
彼らの目的はアラムデッド王都にある、《神の瞳》と封印だ。
《神の瞳》それ自体も脅威だが、もし《神の瞳》が王都から離れたままだと、封印が弱まってしまう。
ここまでは、クロム伯爵からのわずかな知識だ。
「……《神の瞳》の封印がなくなると、どうなるの?」
僕は、その答えを半ば知っている。
それでも、聞かずにはいられなかった。
「最悪の場合は、神々に追放された《死の神》が甦りーー大陸が滅ぶかもしれません」
「人間やヴァンパイアを産み出した5つの神、それに反逆して地底に追いやられたという《死の神》だね……。まさに神話の世界の話だ……」
大陸の歴史が始まって、1000年は昔だ。
それを地上に呼び戻すーーゆえに、彼らは再誕教団という名乗っているのか。
僕でさえ実感は少ない。
イライザと僕以外は、呆気にとられている。
しかし、グランツォは言っていた。
自分は5人の大司教の内の1人だと。
あと、4人……いや、リーダーとなる教主がいるはずだ。
「僕に、出来ることはあるだろうか……」
手が、かすかに震える。
もしグランツォに近い力を持っていれば、再誕教団だけでも一国に匹敵する戦力になる。
それにブラム王国も加わっているのだ。
アラムデッド王都に、これ以上ない危機が迫っていた。
それに《神の瞳》を使った僕には、この神の遺産も恐ろしいものに思えていた。
クロム伯爵の魂を呼び出したのは、間違いなく《神の瞳》だ。
そしてクロム伯爵が僕を助けてくれたのも、《神の瞳》のおかげだった。
今なら、わかる。
クロム伯爵は、僕を助けざるを得なかったのだ。
《神の瞳》は死者の魂を呼び出すだけではない。
所有者の都合のいいように、魂を使役する力が秘められている。
だからーー彼は物分かりがよくなって、僕の嫌いな性質が薄れていた。
妹のことは本当だとしても、無意識に僕と合うような気質を持たされたのだ。
もしかしたら、こちらが本当の使い方なのかもしれない。
死者の安寧を奪うだけでなく、自分のいいように魂を作り替える。
単に命じられるまま、暴れるだけのアンデッドではない。
本人の記憶を持ちながら操れるのだ。
しかも、死者の魂は逆らうどころではない。
協力してくれるのである。
こんな冒涜的な代物は他にないだろう。
「例えば《神の瞳》を、戻せないかな? アラムデッドの都に」
僕の中にある正義が、訴えていた。
《死の神》がおおげさであったとしても、死霊術が溢れ出ればこの世の終わりも同然だ。
それに死霊術をブラム王国が使えば、究極の兵器になる。
もちろん、ディーン王国もいずれ狙われるだろう。
「でも危険じゃないですか……? 《神の瞳》を持って、アラムデッドの王都に戻るなんて」
「王都の防備と封印を破るくらいの準備は、してるはずだ……放っておいたら手遅れになるかもしれない。王都にある《神の瞳》のひとつを取られたら、終わりだ」
死霊術師は、この世界にいてはいけないものだ。
僕はディーンに戻るつもりだったけれど、このままでは戻れない。
意味は、勝ち目はあるのだろうか?
ある、これは僕にしかできない。
《神の瞳》を一部だけど、僕も使えるのだ。
死霊術を極めた再誕教団に対抗するのに、《神の瞳》は有用だ。
奪い取られる危険はあるが、やつらの思惑の裏をかける。
まさか、自分達の求める《神の瞳》が敵に渡っているとは思わない。
それにクロム伯爵の妹、彼女を止めるのもある。
不確定要素は大きいが、それは敵も同じはずなのだ。
「私には、封印を守る責務があります」
イライザが、決意をあらわにしてくれる。
「ご主人様が行かれるところなら、火の中でも付いていきますです」
シーラとエルフの方々が、頷き合う。
「……この国は、私の国です。どうあれ死霊術師の好きなようには、させたくはありません」
不安を覗かせながらも、アエリアが応える。
僕の心は決まっていた。
胸にしまってある、金飾りを握りしめる。
元はエリスの婚約破棄から始まり、逃げ帰る途中だった。
今、僕はそれをやめる!
ここから、逆転するんだ。
運命の――仕組まれた陰謀を破るんだ。
「封印をーー《神の瞳》を戻しにいこう!」
そうと決まれば、急がなければ。
すでにエルフ達にも、魔の手が伸びていたのだ。
王都への攻撃が始まるまで、猶予はない。
そう思いながらテントを出た僕の前に、数百人のエルフが並んでいた。
教団との戦いに生き残った人たちだ。
エルフ達は僕の姿を認めるや、一斉にひざまずいた。
その最前列には、議長がいる。
紛れもなくエルフ達は、僕に忠誠を示していた。
「……ジル男爵様」
厳かな声で、議長が語りかけてくる。
「アンデッドより我らをお守りくださったこと、心より感謝申し上げます」
「顔を……上げてください。アンデッドは大陸に生きる全ての敵です。当然のことを、したまでです。それよりもあなた方に犠牲が出てしまったこと……申し訳なく思います」
議長が首を振り、顔を向ける。
「勿体無いお言葉……。元はと言えば、ブラム王国の甘言に惑わされた我らに、落ち度があります。そして……お休みの間に、イライザ様より事のあらましはお聞きいたしました!」
振り向くと、イライザが頷いている。
多分《神の瞳》のことは伏せているのだろう。
エルフ達は、皆武器を携えている。
この意味を僕は悟った。
「僕と一緒に、戦ってくれるのですか?」
「ジル男爵様と共に戦う栄誉を、お許しくださるならば! 同胞を死に追いやった死霊術師に鉄槌を下すのならば!」
「我らをお導き下さい!」
「仲間の仇を! 俺らの村を守るために!」
胸が、高鳴った。
僕は間違っていなかった。
目の奥が、熱くなる。
これほどの人たちが、僕についてきてくれる。
ディーンに生まれた者ならーー応じるしかない!
僕は、あらんかぎりの大声を振り絞った。
さらに、力強く右腕を掲げる。
「……わかりました。あなた方の命、お預かりいたします! 我らの前に、たとえ死があろうとも!」
『おおおおおお!!』
エルフ達が一斉に立ち上がり、雄叫びを上げる。
全員がときの声を上げる。
いつの間にか、曇り空は晴れていた。
太陽が、僕たちを白く照らしてくれている。
正義の為、この大陸に住まう者のために。
再誕教団を打ち砕き、あるべき封印を守るために。
「行こう、アラムデッド王都へと!」




