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紅き血に口づけを ~外れスキルからの逆転人生~   作者: りょうと かえ
覚醒と帰還

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42/201

生きるものの正義の為に

 イライザは話はじめた、大陸の闇に潜む死霊術の結社のことを。


「1000年前より、教団と各国の戦いは行われていました。ーーしかし300年前の決戦を最後に、教団は歴史の表舞台から消えたのです」


 そこまでは、僕もおとぎ話として聞いている。

 悪い子どもをさらう死霊術師とか、ありふれた伝説としてだ。


「ですが宮廷魔術師と聖教会は、それ以後も断続的に死霊術師の活動らしきものを捉えていました。まさか、これほど大規模なことをするとは……思いませんでしたが」


 死を操り生死を逆転させる死霊術は、大陸中にある聖教会が禁じている。

 この掟を破るのは、大陸中を敵に回すも同じはずだ。


 婚約破棄からの流れで、ブラム王国には侵攻のメリットがないと感じていた。

 それは、思い違いだったのだ。


 彼らの目的はアラムデッド王都にある、《神の瞳》と封印だ。

 《神の瞳》それ自体も脅威だが、もし《神の瞳》が王都から離れたままだと、封印が弱まってしまう。


 ここまでは、クロム伯爵からのわずかな知識だ。


「……《神の瞳》の封印がなくなると、どうなるの?」


 僕は、その答えを半ば知っている。

 それでも、聞かずにはいられなかった。


「最悪の場合は、神々に追放された《死の神》が甦りーー大陸が滅ぶかもしれません」


「人間やヴァンパイアを産み出した5つの神、それに反逆して地底に追いやられたという《死の神》だね……。まさに神話の世界の話だ……」


 大陸の歴史が始まって、1000年は昔だ。

 それを地上に呼び戻すーーゆえに、彼らは再誕教団という名乗っているのか。

 僕でさえ実感は少ない。


 イライザと僕以外は、呆気にとられている。

 しかし、グランツォは言っていた。


 自分は5人の大司教の内の1人だと。

 あと、4人……いや、リーダーとなる教主がいるはずだ。


「僕に、出来ることはあるだろうか……」


 手が、かすかに震える。

 もしグランツォに近い力を持っていれば、再誕教団だけでも一国に匹敵する戦力になる。


 それにブラム王国も加わっているのだ。

 アラムデッド王都に、これ以上ない危機が迫っていた。


 それに《神の瞳》を使った僕には、この神の遺産も恐ろしいものに思えていた。

 クロム伯爵の魂を呼び出したのは、間違いなく《神の瞳》だ。


 そしてクロム伯爵が僕を助けてくれたのも、《神の瞳》のおかげだった。

 今なら、わかる。

 クロム伯爵は、僕を助けざるを得なかったのだ。


 《神の瞳》は死者の魂を呼び出すだけではない。

 所有者の都合のいいように、魂を使役する力が秘められている。


 だからーー彼は物分かりがよくなって、僕の嫌いな性質が薄れていた。

 妹のことは本当だとしても、無意識に僕と合うような気質を持たされたのだ。


 もしかしたら、こちらが本当の使い方なのかもしれない。

 死者の安寧を奪うだけでなく、自分のいいように魂を作り替える。


 単に命じられるまま、暴れるだけのアンデッドではない。

 本人の記憶を持ちながら操れるのだ。


 しかも、死者の魂は逆らうどころではない。

 協力してくれるのである。

 こんな冒涜的な代物は他にないだろう。


「例えば《神の瞳》を、戻せないかな? アラムデッドの都に」


 僕の中にある正義が、訴えていた。

 《死の神》がおおげさであったとしても、死霊術が溢れ出ればこの世の終わりも同然だ。


 それに死霊術をブラム王国が使えば、究極の兵器になる。

 もちろん、ディーン王国もいずれ狙われるだろう。


「でも危険じゃないですか……? 《神の瞳》を持って、アラムデッドの王都に戻るなんて」


「王都の防備と封印を破るくらいの準備は、してるはずだ……放っておいたら手遅れになるかもしれない。王都にある《神の瞳》のひとつを取られたら、終わりだ」


 死霊術師は、この世界にいてはいけないものだ。

 僕はディーンに戻るつもりだったけれど、このままでは戻れない。


 意味は、勝ち目はあるのだろうか?

 ある、これは僕にしかできない。


 《神の瞳》を一部だけど、僕も使えるのだ。

 死霊術を極めた再誕教団に対抗するのに、《神の瞳》は有用だ。

 

 奪い取られる危険はあるが、やつらの思惑の裏をかける。

 まさか、自分達の求める《神の瞳》が敵に渡っているとは思わない。


 それにクロム伯爵の妹、彼女を止めるのもある。

 不確定要素は大きいが、それは敵も同じはずなのだ。


「私には、封印を守る責務があります」


 イライザが、決意をあらわにしてくれる。


「ご主人様が行かれるところなら、火の中でも付いていきますです」


 シーラとエルフの方々が、頷き合う。


「……この国は、私の国です。どうあれ死霊術師の好きなようには、させたくはありません」


 不安を覗かせながらも、アエリアが応える。


 僕の心は決まっていた。

 胸にしまってある、金飾りを握りしめる。


 元はエリスの婚約破棄から始まり、逃げ帰る途中だった。

 今、僕はそれをやめる!

 

 ここから、逆転するんだ。

 運命の――仕組まれた陰謀を破るんだ。


「封印をーー《神の瞳》を戻しにいこう!」


 そうと決まれば、急がなければ。

 すでにエルフ達にも、魔の手が伸びていたのだ。

 王都への攻撃が始まるまで、猶予はない。


 そう思いながらテントを出た僕の前に、数百人のエルフが並んでいた。

 教団との戦いに生き残った人たちだ。


 エルフ達は僕の姿を認めるや、一斉にひざまずいた。

 その最前列には、議長がいる。

 紛れもなくエルフ達は、僕に忠誠を示していた。


「……ジル男爵様」


 厳かな声で、議長が語りかけてくる。


「アンデッドより我らをお守りくださったこと、心より感謝申し上げます」


「顔を……上げてください。アンデッドは大陸に生きる全ての敵です。当然のことを、したまでです。それよりもあなた方に犠牲が出てしまったこと……申し訳なく思います」


 議長が首を振り、顔を向ける。


「勿体無いお言葉……。元はと言えば、ブラム王国の甘言に惑わされた我らに、落ち度があります。そして……お休みの間に、イライザ様より事のあらましはお聞きいたしました!」


 振り向くと、イライザが頷いている。

 多分《神の瞳》のことは伏せているのだろう。


 エルフ達は、皆武器を携えている。

 この意味を僕は悟った。


「僕と一緒に、戦ってくれるのですか?」


「ジル男爵様と共に戦う栄誉を、お許しくださるならば! 同胞を死に追いやった死霊術師に鉄槌を下すのならば!」


「我らをお導き下さい!」


「仲間の仇を! 俺らの村を守るために!」


 胸が、高鳴った。

 僕は間違っていなかった。


 目の奥が、熱くなる。

 これほどの人たちが、僕についてきてくれる。


 ディーンに生まれた者ならーー応じるしかない!

 僕は、あらんかぎりの大声を振り絞った。

 さらに、力強く右腕を掲げる。


「……わかりました。あなた方の命、お預かりいたします! 我らの前に、たとえ死があろうとも!」


『おおおおおお!!』


 エルフ達が一斉に立ち上がり、雄叫びを上げる。

 全員がときの声を上げる。


 いつの間にか、曇り空は晴れていた。

 太陽が、僕たちを白く照らしてくれている。


 正義の為、この大陸に住まう者のために。

 再誕教団を打ち砕き、あるべき封印を守るために。

 

「行こう、アラムデッド王都へと!」

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