使者、来る
僕たちはシェルムとともに、石造りの席についた。
席はすでにかなり埋まっている。
どうやら、僕たちは後発組だったらしい。
会合は、始まった当初から流れが決まっているようなものだった。
というのも、進行がきっちりと決められているわけではなかったからだ。
必然的に人口が多い力のある村長や、まず大声を出す村長が喋りたてることになる。
何人かが、すぐに声を荒げはじめた。
「ブラム王国につけば、ヴァンパイアなど恐れることはない! 今こそ好機!」
「そうだ、あの大国に恩を売るいい機会だ!」
それに対して、議長を含む何人かが度々落ち着くように促した。
議論というよりは、勢いのある人間がまくしたてるだけになっている。
「……話し合い、という雰囲気じゃないね」
僕はシーラに、視線を向けながら呟いた。
言葉を挟む機会を待っているのだが、中々訪れない。
今は感情論が、場を支配している。
僕が理屈を振りかざしても、聞き入れてくれないだろう。
村長でもなく若者の僕が許される発言は、多くないはずだ。
ここぞ、という時でないと口を出すのは賢明ではない。
シェルムも、黙して動かずだった。
議論そっちのけで説得会になる、というシェルムの読みは正しかった。
このまま多数決でも始まれば、飲まざるを得なくなる。
なし崩し的に、決起することになるだろう。
体感では、一時間くらいがすでに経過している。
雲の後ろの太陽が、じんわりと昇ってきていた。
手の裏に汗をかいてきているが、我慢だ。
シーラが体を寄せ、小声で問いかける。
「このまま……聞いているのですか?」
「……ブラムの使者を待とう、議論を挑むならそこだ」
この会合に来るなら、ある程度の餌となる条件を持ってくるだろう。
具体的な話になれば、切りこむ余地が出てくる。
「おお、あれを見よ……!!」
突然、会合の参加者が空の向こうを指し示す。
暗い空から段々と、黒影が近づいてくる。
それは空を飛ぶ騎兵達だった。
遠目でもわかるほど、重厚な鎧に身を包んでいる。
馬も覆いつくすように、鎧をまとっていた。
蒼い粒子を空にまきながら、一直線に向かってくる。
すぐに重装鎧に全身を包んだ騎兵が20騎、高台の脇に降りてきた。
馬に特別の飛行魔術をかけてあるのだ。
それだけでも、一団の権力を示していた。
ディーン王国でも、飛行騎兵は100騎程度しか用意できない。
通常は王命でのみ、使用が許される。
ブラム王国の紋章こそないものの、彼らの鎧兜は磨かれ、きらびやかだ。
ディーン王国の精鋭、僕が連れている護衛の装備と同等以上だろう。
ゆらめく魔力が立ち上ぼり、大地を踏みしめると金属音が鳴る。
高台に上ってくる5人のうち、誰が使者かはすぐにわかった。
一人、明らかに別格の鎧をまとっている。
白銀の光沢もさながら、魔術文字が青白く浮き出ているのだ。
鎧に無用な厚みはなく、着ている人間の体格をよく映し出している。
特注で作られた鎧は、財力の証だった。
ディーン王国でも、上位の騎士団長でなければまとうことができない逸品だ。
それほどの人物、ということだった。
エルフ達も、使者の権威を感じ取っている。
使者は会合の場に立つなり、皆を見渡した。
背格好は僕よりも高い。
若い声が会合中に、響き渡る。
「まだ、剣をとっていないのか!? なんとも……時は今、攻めるのにふさわしいのは今日ではないのか!」
その一言で、会合が唸りをあげて沸き立つ。
「そうだ、使者殿の仰る通りだ!」
「待て、性急だ! 武器や食料は!?」
各々が思い思いに、考えをぶちまけ始める。
こうなると収集がつかなくなる。
ここだ、僕は立ち上がりブラム王国の使者をぐっと指差した。
少し危険だが、声を上げるしかない。
「使者殿よ……まずは名乗ってはいかがです? 私たちの村は、あなたがたと会ったこともない!」
非反乱派にとって、使者は初対面だ。
シェルムも頷いている。
エルフ達の熱気のまま、議論を終わらせるわけにはいかない。
使者に話をさせ、それに理詰めで反対をする。
そうして出来るだけ、反乱を思い止まらせる。
それが僕の『計画』だ。
とにかく、冷静にさせなければ。
「ほう……これは失礼をした。ふむ、私の顔を知っている者もいるかもしれんな……。見知っていれば、我が国の真剣さも伝わるだろう」
そんなに、有名な人物なのか?
アラムデッドに来たことがある著名な騎士だろうか。
使者はゆっくり兜を外して、顔を見せた。
黒い髪に不自然に土気色だが、整った顔立ちだ。
僕の心臓が、どくんと脈打った。
使者は芝居がかった仕草で、優雅に腕を広げる。
「初めまして……クロム・カウズ伯爵だ。ヴァンパイアどもには俺も恨みがある……エリス王女も待っているのだ。エルフ達よ、俺と共に立ち上がるのだ!!」
忘れるわけがない。
婚約破棄の場に現れたーークロム伯爵がそこにいた。




