ヘフラン①
それから僕達は問題なく行進を続けた。
モンスターとは数回遭遇した程度だったし、被害もなく通過できた。
そしていよいよ、あと数日でヘフランにたどり着く。ブラム王国の軍勢も近くにいる。
否応なく軍中の緊張は高まっていた。
「定石で言えば、ヘフラン駐留軍と僕達とで敵を挟撃……あるいは入城して守備に徹するかだよね」
僕は天幕の中でイライザに尋ねた。
ここからはひとつひとつの判断が重要になる。臨機応変に対処していかなくてはいけない。
「ええ、ジル様……斥候の報告では敵は城を遠巻きにしている様です。こちらの接近を警戒しているのでしょう」
「そういう場合は――入城した方がいいのかな。まずは兵を休ませることができるし、詳しい戦況も知りたい」
僕の言葉にイライザが賛同する。
「そうですね、それがよろしいかと。あとは牽制する意味でも軍を二つに割って、ジル様と一軍が先に入城されては……?」
それは考えていなかった。
確かに符号を決めておけば連携もしやすいし、いきなり全軍で入城するよりは良いかもしれない。
場合によっては城内と場外の連携攻撃もできるわけだ。
「それなら留守役はガストン将軍に任せれば、安心かな……あとはシーラやライラを残していけば、兵も心細くはならないだろう」
残される側を思えば、相応の戦力を残す必要はある。各個撃破されては無意味だからだ。
それに城でだらだらとするつもりはない。
籠城側と軍議ができればそれでいいのだし。
ただ、ひとつだけ懸念点があるとすれば。
サイネスが納得するかだ。
「……サイネスは騒がないかな? レプリカははじめからアルマに見せるつもりだったらしいけど」
「ヘフランに到着すれば、指揮権は容易には動きません。サイネス様もここまできて騒ぎ立てることはないでしょう」
ヘフランにはディーン王国最強の《三騎士》のひとり、ライオット卿もいる。
ずっと地方の防衛に当たっていた人物なので僕も面識はない。宮廷政治にも興味がない、根っからの武人との評判だ。
彼の傘下の将もそのような気質の者が多いと聞く。
「それよりも……ジル様、フィラー帝国の軍がすでに加勢に来ているようです」
「……わかってる。それは本当に問題はないよ。複雑でないと言えば嘘になるけれど……」
ブラム王国に対するため、フィラー帝国の軍も参陣している。
父を殺したフィラー帝国。
恨みはまだあるけれど、教団と戦う中で共闘することになることはわかっていた。
エステルの勝利は大陸全ての破滅を意味する。フィラー帝国も無関係じゃない。
「因縁があるのは僕だけじゃないし……ディーン王国の人間なら、大なり小なりフィラー帝国には敵対心がある。それは向こうも同じだろうけどね」
激しい戦争を繰り広げてきたディーン王国とフィラー帝国の間には遺恨がある。
今はより大きな脅威があるので手を組んでいる――ただ、それはフィラー帝国も同じだ。
互いに出し抜くことを考えてないわけじゃない。それでも負けるよりは手を組むべき。
その認識があれば、共に戦うことはできる。
父も互いに憎しみあって、大陸が滅ぶことは望まないだろう。
「苦しいでしょうが……」
イライザの声にも気遣いがある。
わかっている……頭で考えていることと実際は違う。
もちろん僕だけじゃない。僕の指揮下にいる兵もフィラー帝国と共に戦うなんて、去年には思いもしなかったろう。
僕は息をゆっくりと吐く。肝に命じるべきことは多い。
「僕が大局を見失うわけにはいかないさ。うまく統率しなくちゃね」




