行軍④
お菓子の人であるノートラムが去った後、僕達は詰めの作戦会議をした。
明日の夜に行うサイネスとの会談対策だ。
まず話し合いは僕とサイネスの陣の間。
もちろん護衛は近くに待機させるけど、二人きりだ。
「いきなり襲い掛かってくることはないでしょうが、気をつけてください」
イライザはサイネスへの警戒心を隠さない。
「ないとは思うのですが、遅効性の毒とかもありますから」
「まさかそんなことはないと思うけど……」
「サイネス様はディーン王国でも最上位の貴族です。財も権力もあり、政敵を葬る手段を持ち合わせているのは間違いありません。くれぐれもご用心を」
見回すと、他の皆も同じ意見のようだった。
「わかった、細心の注意を払うよ……。そういえば、サイネスのスキルを知っている人はいる?」
得たスキルは国家に報告する決まりだけれど、詳細は他人にはわからない。
僕も知っているのは直属の兵だけで、他の貴族はおろか、傘下の兵のスキルも知らない。
サイネスのように自分で戦わない貴族のスキルが表に出ることは、少ないのだ。
「……ジル様、申し訳ありませんがわかりません。ただ――それほど強力なスキルではないと思います。それであれば、噂程度には出てくるはずです」
暁の騎士トーマがそうだったけれど、使い勝手の良いスキルは使いたくなるものだ。
僕はイライザに同意した。
サイネスのスキルは気になるところではあるけれど、情報がないなら仕方ない。
話し合う内容を最終確認した僕は、会議をお開きにして眠りにつくのだった。
♦
翌日の夜。
用意された天幕に僕は向かった。
待ち合わせの時刻のちょっと前に、到着する。
(最悪は肩透かしで本人は現れずに終わることかな……。嫌がらせとしてはなくはないけど……)
僕は椅子に座って待った。
少しすると、天幕の外から兵士の声がする。
「サイネス様、ご到着!」
僕が立ち上がるのと同時に、サイネスが天幕に入ってきた。
軽めの服装で特におかしいところはない。
ただ、いくぶんか緊張しているようだ。
「……待たせたか、悪く思うな」
素っ気なく言うと、サイネスはどかっと椅子に座る。
僕はその態度に驚いてしまった。
あのサイネスが、開口一番に謝ってきた?
夢でも見ているのだろうか。
「い、いえ……時間通りです、ターナ公。遅れてはいませんよ」
なんとか返事をした僕も、椅子に座り直す。
僕の様子を見た
「なら、いい。早速本題に入ろう。今後の行軍のことであったか……。遅れはなかったと思うが、なにかあったのか?」
「……支障があったというわけでなく……今の現状の問題です」
思わぬサイネスの態度だが、僕がひるむわけにはいかない。
こんな協力的な態度は予想外だけれど、裏がないとも限らないのだ。
僕の言葉に、サイネスは嫌そうに眉を寄せた。
「俺はお前が好きではないが、能力に思うところがないわけではない。補佐に実績のあるガストンがいるし、ヘフランにはちゃんとした指揮官もいる。行軍で問題がなければ、それでいいだろう」
「そうはいきません。最近は式にも出ておられないではないですか。もう少し、話し合いに出てもらわないと困ります」
「真面目な男だな……。そんなことを言うために、俺を呼びつけたのか。周囲は反対しただろうに」
「ですが、必要なことだと思います。死霊術師は数こそ少ないものの、それぞれが一流の魔術師です。ゲリラ戦術を仕掛けてこないとも限りません」
食い下がる僕に、サイネスはため息をついた。
「そんなことは俺もわかっている……本当にそれだけを言いに来たのか? いい加減、遠回しに過ぎるぞ。本題に入れ」
「……? どういう意味でしょうか」
これが呼び出した本題だ。
遠回しもなにもない。
「これを知っていたわけではなかったのか……。まぁ、いい。丁度良い機会だ。お前に見てもらうのも一つの手か」
サイネスはそういうと、懐から小さな布包みを取り出した。
そのまま布を解くと、見覚えのあるモノが目に入る。
僕は思わず絶句する。
「……それは、まさか」
色合いこそ漆黒だけど、その美しい形を見間違えるわけがない。
それは紛れもなく《神の瞳》のレプリカ。
今、僕の胸元にあるレプリカと同じ形状の宝石のように、見えたのだった。




