行軍③
アエリアはしっかりとした魔術師の服で現れた。
今の彼女は連合軍の魔術師、しかも将軍付きの精兵だ。元々、かなり上等な服装ではあったけれど、今は軍属の人間らしくなっている。
前までの彼女に比べると、どことなく行軍中でも緊張と隙のなさがある。
精神をすり減らす必要はないけれど、必要な厳格さを自然に持っていると言えた。
そんなアエリアは、元気よく天幕に入ってくるや、
「アエリア、参上しました! あ……ああ! ノートラム様!」
と、驚きの声を上げた。
やはりノートラムとアエリアには面識があったらしい。
アラムデッド王国と繋がりがあったということは、僕とも会ったことがあるのかもしれなかった。
アラムデッド王国滞在中は多くの要人と会ったのだ――しかし全く覚えはなかった。
後で聞いてみよう。
「お久しぶりです、アエリア様。軍中ではありますが、ご挨拶をと思いまして……」
ノートラムが立ち上がり、はにかむような笑顔を見せる。
取り繕いは一切ない、屈託のない笑顔だ。
その表情を、僕は意外に思った。
見た目からすると、ノートラムは20代半ばから30代前半だろう。
貴族としてはそれなりの地位と年齢でもある。
そのノートラムが見せる顔としては、あまりに貴族的でないように感じられた。
第一印象でも貴族的ではない感じではあったけれど。
僕とサイネスはまだ緊張状態にある。
サイネスの側近であるノートラムと僕の間にも、探り合いというか、そんな空気がさっきまであったのだ。
なのに、アエリアの顔を見たノートラムは気の置けない友達に再会したかのようだ。
対するアエリアもノートラムほど気安くはないにしろ、警戒している風ではない。会えて挨拶できたことを、素直に喜んでいた。
「ははぁ……それはそれは忙しいのに。あ、懐かしい箱が置いてありますね。またお菓子を渡してるんですか」
「ウチの扱う交易品だからね。機会があれば、それとなく」
かなり強引に渡された気がするけれど。
ま、まぁ……さりげなく渡されたことにしよう。
「シーラちゃん、少し変わった人ですがノートラム様は、商売人としてはちゃんとしてます。お菓子も美味しいと思いますよ」
「は、はぁ。そうなのですか」
「すんすん……今、シーラちゃんの入れてる紅茶も、ノートラム様がアラムデッド王国から仕入れてディーン王国で販売しているものですからね」
なるほど、そこまでは知らなかった。
来客用の紅茶や酒類等はイライザやガストンに選んでもらったのだ。
「ふむふむ……アエリアの生家とノートラム伯爵で交易品のやり取りをしていたんだね? アルコールを好まないヴァンパイアは紅茶が名産物だったし」
僕の言葉に、アエリアが頷く。
ヴァンパイアの吸血行為には、飲酒みたいな性質もある。
そのためヴァンパイアの大半はあえて飲酒に価値を見出ださないのだ。
「はい、何代も続く取引ですので……」
子どもの頃からの知り合いか。
とはいえ、やはり立場や国籍を考えると繊細な振る舞いを要求されるだろう。
ノートラムは僕へと向き直ると、改めて礼をした。
「将軍、私の意を汲んでくださりありがたく存じます。このようなときだからこそ、知人には挨拶をしておきたいものですから……」
「いえ、それは私も同じですから……」
「イヴァルトの商人をも平らげたという器、その年にして大変ご立派です……。改めてお話しされれば若様も……」
「もちろん、私もそのつもりです」
イヴァルトの名前が出た瞬間、ノートラムの目の奥にちらりと商人の色が出た。
僕は内心、どきりとした。
アラムデッド王国の公爵家とやり取りする家柄なら、イヴァルトを知らないはずがない。
当然、僕のイヴァルトでやったことも承知しているはずだ。
イヴァルトでの活躍から僕を見定めるために、ノートラムは送られてきたのだろう。
それなら、この貴族らしからぬ彼を送り込んだ人選もわかる。
(でもそうすると貴族というよりは、いよいよ商人ぽいよなぁ……)
そんなことを思いながらも、せっかくなので紅茶を飲みながらノートラムとしばし歓談をした。
紅茶の銘柄や菓子の名産など、本当を言えば貴族生活には必要なものだ。
お茶会等の催しに欠かせないのだから。
結局、それから2時間くらい雑談をした後、ノートラムはまた別のお菓子を置いて帰っていった。
餌で釣られている気がするが、彼のお菓子は結構おいしいのである。
アラムデッド王国で良いものを食べてきた僕でさえ、そう感じるくらいなのだ。
サイネスの側近に、ここまで面白い人がいるとは思わなかった。
……今度から、お菓子の人と心のなかで呼ぶことにしよう。
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