行軍①
式が終わるとすぐに、僕達の軍はヘフランへと出発する。
見送りの儀式も盛大なものだった。
白い花が路上にまかれ、垂れ幕が僕達を鼓舞する。
戦いが始まるというのに気分は沈むどころか盛り上がった。
ヘフランへは夜営を重ねながら時に街に泊まりながら進むことになる。
軍資金は各国からの支援により豊富の一言で、道々の手配もすでに済んでいた。
物資や寝床の心配をすることなく、実に悠々としたものだ。
「ジル様……行軍は今のところ問題ありませんが油断は禁物です。大々的に動く分、こちらの動きはある程度知られてしまっています。死霊術師の突発的な攻撃には十分注意してください」
「ナハト大公にも警告されたよ。行く道にも気を付けるようにって」
夜、天幕の中で僕とイライザは、一日の報告をしあいながら食事をしていた。
食事は干し肉ではなく、小さいながらもちゃんとしたステーキと豆のスープだ。
もう何日も夜営をしているが、問題は起きていない。
ガストン――本人が呼び捨てにしろということなのでそうしているけれど、が目を光らせているし配下の将もかなり協力的だ。
ツアーズの試験のおかげで、僕を始めとしてアエリアやシーラを甘く見る者は少ない。
僕達が実戦経験こそ足りないとはいえ、騎士に匹敵するほどの力を見せたのが良い方向に作用している。
僕とイライザ、ガストンが全体の進軍を監督
し、速度に遅れが出ないよう、また近隣の長といさかいが起きないようにしている。
アエリア、シーラ、ライラは憲兵とでも言うべきか。
細かな揉め事の解決や物資の管理をしてもらっていた。
15000の軍には人間でなくエルフやドワーフ、あるいはその混血の兵もいる。
彼女達はまさにそういう立場を考えられる人間だし、適任と言えた。
問題があるとすれば一緒に行軍するサイネスとの折り合いだけだ。
彼とその側近だけは事前の顔合わせにも最低限しか現れなかった。
出発前には形式上、将軍である僕に忠誠を誓う儀式がある。
全員が集まり並んで、胸に手を当て宣誓するのだ。
これは純粋な習慣で、しかも緊急時には省かれることもよくある。
ただ今回はディーン王国と聖教会の連合軍という大義名分があり、ちゃんと実施したのだ。
この時にもサイネスは現れなかった――さすがに代理は立てたが。
その意味するところは明らかだ。つまりサイネスは僕を指揮官として認めたくないということだ。
あれだけ僕に好き放題言っていたし、イライザの件もある。
心からの信頼と忠誠を期待してはいないけれど、不安もあった。
いざという時に、彼と彼の軍は役に立つのか。命を預けあうことができるのか。
彼の兵は15000のうち、2500。
僕を除いて最も率いる兵が多く、もし僕やガストンに何かあれば指揮を取る立場だ。
イライザはざくりとステーキを切って食べている。
表情は全く変わらないが、僕には彼女がいささか不機嫌なのがわかっていた。
「……イライザ、君はあくまで反対なんだね。僕からサイネスに会いにいくのが」
「もちろんです。どうしてジル様からサイネス様に会いに行かなければならないのでしょう? それではジル様がまるでサイネス様に遠慮しているかのようです……本来、頭を下げに来るべきは彼の方です」
「理屈ではそうなのだろうけど……いつまでも放ってはおけない。僕だって頭を下げたりするつもりはないよ。でも、少なくても僕の方から関係を改善するよう動くのは悪くないと思うんだけど……」
僕の言葉に、イライザが眉を寄せて難しい顔をする。
イライザもわかっているはずだ。
原因がサイネスの側にあり、容易に解決するわけではないけれど、何かをする必要はある。
彼自身からでなくても、彼の側近や兵卒の信頼を得るような行動は無駄じゃない。
もちろん、指揮官は僕の方だ。
下手に出てサイネスの方が上だと思われてはいけない。
面倒だけれど、うまくやるしかなかった。
イライザは僕の決意が固いとみると一呼吸置いて、
「なら……両軍の兵の間に天幕を作ります。そこにサイネス様を呼び出しましょう。どうかいきなり彼の陣中に赴くことはお止めください」
僕は頷いた。
こちらとしては話をして、軍の行動に差し支えがない確認を得たいだけだ。
もしくは当てにできないのなら、早く知りたい。
そのためにも、一回はサイネスとちゃんと顔を合わせたかった。
「折衷案だね……。ありがとう、それでいこう」




