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紅き血に口づけを ~外れスキルからの逆転人生~   作者: りょうと かえ
ディーン王国

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192/201

就任式④

 ライラの言葉に思考が停止した。

 意味はわかったが、意図はわからなかった。

 いや、わかりたくなかったと言った方が正しいか。


「それは――選択肢がある話なの?」


 喉の奥から絞り出した声は、ずいぶんと情けない気がする。

 僕の目尻は下がり、ライラの顔が見れなくなった。


 ライラが調べたことならば、僕は知らないといけないのだろう。

 他ならない聖教会の調査結果だ。

 率いる僕が知りませんとは、言えない。


 たけどそう思う反面、じくりと胸が痛んだ。

 もしイライザやイライザの母の勘違いで、ターナ公爵と縁もゆかりもなければ、話は簡単だろう。

 ただの噂として対処すればいい。

 上流階級の心ない妬みとして退ければすむ。


 だけど、本当にターナ公爵の娘なら?

 まず率いる軍の内部には、葛藤が生まれるだろう。


 ガストン将軍はガチガチのナハト大公派だ。

 彼と僕の父は知己だけれど、イライザとは接点がほとんどない。


 先の選抜で両派閥から人が入るけれど、一応はナハト大公主導の軍と誰もが受け止めている。

 サイネスも入るが――参謀でもない。


 知れば、僕は考えなければならなくなる。

 いままで通りに付き合うことも、もちろんできるけれど誰もがそう望むかはわからない。


 ぐるぐると考えが回らないまま、僕は立ち尽くす。


「……もし聞かなければ『ジル様は知ろうとしなかった』と聖教会へ報告することになります」


「選択肢なんてないじゃないか」


「ありますよ、常に。……どうされますか?」


 試されている、と思った。

 僕にはしないが、ライラが意地悪く言うのはいつものことだ。


 僕は顔を上げてライラの顔をうかがい――驚いた。

 ライラは泣きそうな目で僕を見ている。


 僕はすぐに気が付いた。

 今のやり取りは、ライラの不器用な譲歩やらあまりしない心配だったということを。


「……本当にイライザ様を大切に想っているのですね」


「ライラ……あの……」


「もう一度だけ、うかがいます。知りたいですか?」


 なんというか、ライラは不器用すぎる。

 いじらしく思う反面、かわいそうにも感じる。


 僕は少しだけ迷い――答えを出す。

 思いの外、すんなりと声に出すことができた。


「……知りたい。僕は、知るべきなんだ」


 そう、逃げても仕方ない。

 イライザの親は、多分、僕とイライザが結婚するまでついてまわる。

 結局、どこかで知らなければならない。


 後回しにはできるだろうけど、いつかは向き合うしかない。腹を決めるしかないのだ。

 僕は自分に言い聞かせた。


「わかりました……」


 とてとてとライラが近寄り、僕の耳に顔を寄せる。

 ふんわりとした草木の匂いが僕を包んだ。


「……イライザ様はターナ公爵の娘ではありません」


「――っ!」


「しかし……ターナ公爵と全くの無縁でもありません。ターナ公爵には、弟がおりました。イライザ様が生まれてすぐに、疫病で亡くなられています。彼がイライザ様の父親です」


 僕は軽く息を吐いた。

 血縁者ではあるけれど、存命の人物ではなかった。


 ということは、サイネスはイライザの従兄弟か。それなら、求婚してきた辻褄も合う。

 イライザが受け取ってきた金は、ターナ公爵にとっては姪への養育費だったのだ。


 だとすれば、まぁ――理解できなくもない。

 父親当人がいなくなっては、イライザを認知するのは難しいだろう。

 その辺りの経緯は、もっと込み入った貴族の事情がありそうだが。


「……ということに、しました」


「えっ?」


「ターナ公爵に弟などいません。全部、私の作り話です」


「な、なにを……?」


「その方が、都合がいいでしょう? 誰にとっても――ジル様にとっては、特に。どうせ表に出ることのない秘密の調査なのです。大貴族の家系に、いるはずのない人物を作ることなんてそんなに難しくありません。認知させるわけじゃなくて、単なる家計調査なのですから」


 耳元でささやくライラに、僕はたじろいで一歩下がる。

 見慣れたはずの顔が、悪魔のように――一瞬、思えてしまった。


「君、は……どうして?」


「あなたを愛しているからです」


 ぐっと迫ったライラの腕が、僕の首元に回された。

 そのまま僕の胸の中に、ライラがおさまる形になる。


「……何もかもを、あなたのために捧げます。真実さえも……愛のためなら、歪めてみせる。それはあなたの好みでないと知っているけれど、私は望んで、そうします」

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