就任式④
ライラの言葉に思考が停止した。
意味はわかったが、意図はわからなかった。
いや、わかりたくなかったと言った方が正しいか。
「それは――選択肢がある話なの?」
喉の奥から絞り出した声は、ずいぶんと情けない気がする。
僕の目尻は下がり、ライラの顔が見れなくなった。
ライラが調べたことならば、僕は知らないといけないのだろう。
他ならない聖教会の調査結果だ。
率いる僕が知りませんとは、言えない。
たけどそう思う反面、じくりと胸が痛んだ。
もしイライザやイライザの母の勘違いで、ターナ公爵と縁もゆかりもなければ、話は簡単だろう。
ただの噂として対処すればいい。
上流階級の心ない妬みとして退ければすむ。
だけど、本当にターナ公爵の娘なら?
まず率いる軍の内部には、葛藤が生まれるだろう。
ガストン将軍はガチガチのナハト大公派だ。
彼と僕の父は知己だけれど、イライザとは接点がほとんどない。
先の選抜で両派閥から人が入るけれど、一応はナハト大公主導の軍と誰もが受け止めている。
サイネスも入るが――参謀でもない。
知れば、僕は考えなければならなくなる。
いままで通りに付き合うことも、もちろんできるけれど誰もがそう望むかはわからない。
ぐるぐると考えが回らないまま、僕は立ち尽くす。
「……もし聞かなければ『ジル様は知ろうとしなかった』と聖教会へ報告することになります」
「選択肢なんてないじゃないか」
「ありますよ、常に。……どうされますか?」
試されている、と思った。
僕にはしないが、ライラが意地悪く言うのはいつものことだ。
僕は顔を上げてライラの顔をうかがい――驚いた。
ライラは泣きそうな目で僕を見ている。
僕はすぐに気が付いた。
今のやり取りは、ライラの不器用な譲歩やらあまりしない心配だったということを。
「……本当にイライザ様を大切に想っているのですね」
「ライラ……あの……」
「もう一度だけ、うかがいます。知りたいですか?」
なんというか、ライラは不器用すぎる。
いじらしく思う反面、かわいそうにも感じる。
僕は少しだけ迷い――答えを出す。
思いの外、すんなりと声に出すことができた。
「……知りたい。僕は、知るべきなんだ」
そう、逃げても仕方ない。
イライザの親は、多分、僕とイライザが結婚するまでついてまわる。
結局、どこかで知らなければならない。
後回しにはできるだろうけど、いつかは向き合うしかない。腹を決めるしかないのだ。
僕は自分に言い聞かせた。
「わかりました……」
とてとてとライラが近寄り、僕の耳に顔を寄せる。
ふんわりとした草木の匂いが僕を包んだ。
「……イライザ様はターナ公爵の娘ではありません」
「――っ!」
「しかし……ターナ公爵と全くの無縁でもありません。ターナ公爵には、弟がおりました。イライザ様が生まれてすぐに、疫病で亡くなられています。彼がイライザ様の父親です」
僕は軽く息を吐いた。
血縁者ではあるけれど、存命の人物ではなかった。
ということは、サイネスはイライザの従兄弟か。それなら、求婚してきた辻褄も合う。
イライザが受け取ってきた金は、ターナ公爵にとっては姪への養育費だったのだ。
だとすれば、まぁ――理解できなくもない。
父親当人がいなくなっては、イライザを認知するのは難しいだろう。
その辺りの経緯は、もっと込み入った貴族の事情がありそうだが。
「……ということに、しました」
「えっ?」
「ターナ公爵に弟などいません。全部、私の作り話です」
「な、なにを……?」
「その方が、都合がいいでしょう? 誰にとっても――ジル様にとっては、特に。どうせ表に出ることのない秘密の調査なのです。大貴族の家系に、いるはずのない人物を作ることなんてそんなに難しくありません。認知させるわけじゃなくて、単なる家計調査なのですから」
耳元でささやくライラに、僕はたじろいで一歩下がる。
見慣れたはずの顔が、悪魔のように――一瞬、思えてしまった。
「君、は……どうして?」
「あなたを愛しているからです」
ぐっと迫ったライラの腕が、僕の首元に回された。
そのまま僕の胸の中に、ライラがおさまる形になる。
「……何もかもを、あなたのために捧げます。真実さえも……愛のためなら、歪めてみせる。それはあなたの好みでないと知っているけれど、私は望んで、そうします」




