就任式③
就任式が終わった後は、盛大な宴会が行われた。
日の高いうちからディーンの城内では酒とご馳走が振る舞われたのだ。
普段は荘厳な城の大部分も、この日ばかりは大勢の人が押し寄せていた。
僕はもちろん主賓であり、方々に挨拶回りをずっとし続けている。
武官相手はガストン将軍が補佐してくれている。
「こちらが南方領主のトレズナー伯爵、隣におられるのがユベント公国のユベント公王……」
(よく頭に入っているなぁ……)
後でガストン将軍に聞いたところ、一度戦場で顔を合わせた人間は敵味方も忘れないらしかった。
数十年の戦歴からすると、凄い人数になるだろう。
ガストン将軍は誰にもでも親しく、色んな人から「親父さん」みたいな扱いを受けていた。
人柄と実力のおかげだろう――僕も彼に泥を塗らないように気を付けないといけない。
聖教会関係はライラが先頭に立ってくれた。
彼女の場合はガストン将軍と違って、はらはらしっぱなしだった。
ぐいぐいとグラスを空けて、頬がほんのりと紅く染まっている。
僕には到底真似できない飲み方だし、発言も危険なものになっている気がした。
「ははぁ、これほど若いとは……いやはや……」
じろりとライラが微笑みながら目だけで睨む。
怖い。
隣にいる僕でさえ、冷や汗ものだ。
睨まれた方もたまったものではない。
すぐに取り繕うように、言葉を続ける。
「――っ、いえいえ……若いこということは美点ですからのう!」
「ええ、あなたもそう思われるでしょう?」
にっこりと上機嫌にライラが返答する。
ちょっとして皮肉や懸念にもこの調子なので、僕は逆に胃が痛くなってきた。
というより、僕はライラがここまで慕ってくれる理由にあまり覚えがない。
イヴァルトみたいに、聖教会にあまり服していない地域の人に厳しいのはわからなくもない。
信仰心あるライラからすれば、信仰なき人達はそれだけで信用できない人だろうからだ。
自分はそうはあまり思わないけれど、そのように考えるのはわかる。
だからこそ、同じ聖教会の人にまでこの態度なのは理解しがたい。
人がいなくなった隙に、ライラに耳打ちする。
「あのさ……だ、だいじょうぶなの?」
「何がでしょう?」
「いや、僕はあまりわからないんだけど……聖教会の人にちょっと厳しくない?」
「問題ありません、この程度は。軽い挨拶のようなもので」
とてもそうは見えないのだけれど。
しかし、聖教会内のしきたりなんかに詳しい訳でもない。
「それよりも、少しだけ――風に当たりに行きませんか?」
しっとりと茶色の髪をかきあげながら、ライラが僕を誘う。
率直に、あまり良い予感はしなかった。
ごくりと息を呑んだ僕は、
「いや、僕は……」と断ろうとした。
「……あなたの大切な彼女のことでも?」
ライラは目を閉じて意味深な言い方をする。
その言葉に、僕は不覚にも反応してしまった。
「どういう意味……?」
「ここではあまり、言いたくありませんけれど」
つんと顔を横に向けるライラに僕は軽くため息をつく。
仕方ない、付き合うしかないか。
「わかった、少しだけね……」
僕はライラを連れてテラスに出た。
いつの間にか、半日ほど経過して夕焼けになっている。
見慣れた街並みとたくさんの旗がオレンジ色に照らされていた。
「ふぅ……気持ちいいですね。なぜだか、ディーンの風は肌に優しい気がします」
目を細めて街並みを見下ろすライラが、僕に向き直る。
少しだけ身体が強張るのを、僕は自覚する。
「……イライザ様を補佐にするのに、私も少しだけ後押しを頑張りましたよ、ジル様」
「――っ!」
「イライザ様の出自については――最初にジル様に会う前から聖教会では調べていましたからね? ジル様もすでに知っている理由で」
言葉につまりながらも、当然かと思った。
もしターナ公爵の隠し子であるなら、一大事なのは多分間違いない。
僕とイライザが良くても、厄介なことに他がどう受けとるかという問題がある。
そしてそういうややこしいことを調べるなら、聖教会はうってつけだ。
大陸中に支部があって情報網を持っているし、聖教会の『調査』を拒絶できるような人間は滅多にいない。
「イライザ様からは聞きました……ジル様に自分の知ることは伝えたと。さて、私の知る真実を――ジル様は知りたいですか?」




