就任式②
光が満ち溢れていた。
控室の側から会場に入ると、数えきれないほどの色とりどりの旗がひらめいている。
整然としてはいるけれど並んで、座る人々の数は計り知れない。
見渡すばかりの人波だった。
イヴァルトよりも色彩鮮やかに、大陸中から招待されているようだ。
エルフもドワーフも獣人、さらには日傘を差したヴァンパイアもいる。
出席者のあらましも聞いてはいるけれど、行ったことやディーン王国ではほとんど聞かない地方の人々も多い。
各国や諸々の貴族の旗の中で、一際大きく美しく掲げられているのは、聖教会の5つの神を模した旗だ。
ディーン王国の旗も高く掲げられていた。盾と獅子が交差する、見慣れた意匠だ。
「……兄さん……」
小さく震える声で、フィオナが呟く。畏怖と感動が混じった響き。
聖教会、ディーン王国と対等に掲げられているのが、僕達のホワイト家の旗だからと気が付いたからだ。
白地に鋼に輝く騎士の図が、ホワイト家の紋章だった。僕自身が持つどの旗よりも大きく、はっきりと刺繍がされている。
「ここまで、来たんだね……」
「はい……!」
遠い日を思うように旗を見上げ、僕は会場の中心へと進んでいく。
一歩進むごとに、臨席の貴族の衣裳が豪奢になっていく。
途中で妹が席に着き、歩くのは僕とイライザだけになる。
ついにたどり着いた最奥には、据えられた2つの玉座がある。それらにディーン王国の国王陛下と聖教会の教王が座していた。
この場においては、両者は対等。
それぞれがきらびやかに豪華な礼服をまとっている。
総白髪の陛下に比べると、教王はだいぶ若く見える。
とはいえ、緊張でまともに顔を見ることはできなかった。
僕とイライザが座の下にひざまづくと、教王が座の上から声を張り上げる。
よく通りながらも、威厳を感じさせる声だ。
「今日という日を迎えられたことを、嬉しく思う! 大陸を覆う――邪悪な死霊術の闇を払う、偉大な騎士が現れたことを!」
続いて陛下も同じように謳う。
「然り! 我が国より、天の使命を受けた英雄が立ち上がる! 死の神の使いを討ち滅ぼすために! 大陸に平和と正義をもたらすために!」
「5つの神は、いと遠きところに居られても――我らを見捨てず! ふたたび御力を示したもう!」
「然り! 我ら神の加護を得て、大陸の秩序を取り戻さん!」
教王が一歩ずつ前に進み、僕の目の前で止まる。
錫杖がドン、と僕の前で鳴らされる。
冷や汗が出そうになるが抑え込む。
「ジル・ホワイトよ。そなたに託そう――神々の代理騎士の名を。速やかに責務を果たさんことを」
「……命に代えても!」
実を言うと、式で僕の台詞はほとんどない。
というのもボロが出るのを防ぐために、ナハト大公がそう決めたのだ。
ナハト大公はなんでもないように「その方が、そなたも気安かろう」と仰られた。
この規模の式のリハーサルは不可能だし、万が一にも失敗しては次の軍事行動に差し支える――ことからの判断だ。
異論はなかった。
戦うことも進軍することも怖くはないけれど――貴族らしく、うまく式を乗り切れるかは完全な自信がなかったのだ。
なにせ没落貴族すれすれの僕には、そんな経験がないのだから。
アラムデッド王国の婚礼パレードの時も、僕はにこにこしながら手を振るだけだったし。
陛下も僕に近づき、腰にある剣を抜く。
「同盟の諸侯よ、すでに聞き及んでいるかと思う! 我らは新たに一軍を編成し、ヘフランへと進軍する! ここにいる守護騎士のジル・ホワイトを将軍として!」
そして、陛下は剣を一振りする。
剣に蓄えられた魔力が爆ぜて、風を巻き起こした。
「ジル・ホワイト……そして宮廷魔術師のイライザよ。そなたらの双肩に、大陸の行く末がかかっておる……!」
イライザがここにいるのは慣習による理由が大きい。将軍と魔術師は一対で軍の顔となるからだ。
僕とイライザは立ち上がり、陛下に近づく。
陛下がすっと剣を横にして、僕に差し出してくる。
僕は震えそうになる手で、剣を受け取る。
磨き抜かれたミスリルの剣だ。
僕は剣を高く、高く掲げる。
日の光が剣に合わさり、青白い輝きを発する。
イライザが僕の手にそっと触れた。魔力が流れ込んでくるのがわかる。
剣が一層きらめき、閃光を放つ。
陛下と教王が二人揃い、全員へと宣言する。
「「北へ! 神の名の元に!!」」
会場中の人間が弾かれたように立ち上がり、同じように声と腕を振り鳴らす。
「「北へ! 神の名の元に!!」」
これで就任式と軍の顔見せの両方を済ませたことになる。
かなりの急ぎ足ではあるが――それを不服に思う人間はいない。
すでに戦争は始まっているのだから。




