それは罰か救済か①
大河の貿易都市、イヴァルト。
ジルが去ってから数週間が経っている。
レイア議員の病院の奥で、ロアは覚醒した。
(……私だけ死に損なった……か……)
ジルの前で気絶してから、意識が戻っては切れることの繰り返しだった。
ロアは果てしない激痛の中で、それでも気力を失わなかった。
とはいえ、声も出たりでなかったりだ。
生きている、というよりはただ死んでいないと言った方が正しい有り様だった。
(…………私は、間違ったのか……)
心にあるのは、後悔と怒り。
助けようと思った仲間は多分、死んだ。
浅はかにも利用され、愛する兄も何もかもを無くしたのだ。
罰を受けるのは、自分だけで良かったはずだった。
騎士の誓いを立てた部下達に、王命に逆らうことなどできようもない。
彼らだけは――なんとか逃げ延びて欲しかった。
それだけが無念だった。
「やり直したい? ロア・カウズ」
夢か現か。
ロアのベッドの横に、誰かが立っていた。
視界の端に、かろうじているのがわかる。
声からしたら若い女性だろう。
顔も動かせず声も出せないロアには、そこまでしかわからなかった。
自分のことはごく限られた人間しか知らないはず――だが、ロアは慌てなかった。
罪ならば負いきれないほど。
恨みならば八つ裂きにされるほど。
ディーン王国、ブラム王国、アラムデッド王国、イヴァルト、聖教会、再誕教団。
信じられないくらいに、殺される理由があるのだ。
暗殺者が送り込まれても不思議ではない。
あがこうと思うほど、生への未練もなかった。
いまや、ロアの気がかりは1つだけ。
姉であり自分を匿うという危険を犯しているレイア議員だ。
(……姉様には……手を出さないで……)
「ふふふ、心配しなくても私は誰も傷つけないわ……」
女性は優しく言った。
実際、そうなのだろうとロアは思った。
今のロアには何もできない。
耳をふさぐことさえできずに、されるがままの状態なのだ。
「あなたには、選択肢が3つあるわ。1つはここで朽ちて死ぬのを待つ」
ロアは嘆息した。
わかっている、覚悟していたことだ。
何者かはわからないし、どうしてそんな事を言うのかもわからなかったが。
改めて言われて、愉快なことではなかった。
「もう1つは、新しい力を得る……そう、伝説のようにね。死にかけた英雄には、冥界から『スキル』を得る資格がある」
(…………それは、どういう?)
「でも、それでも状況は大して良くはならないわ。四方から狙われることには変わらないもの――どこまで逃げても、追われ続ける人生しかない」
それは、そうだろう。
身体が治れば、仲間を探しにいく。
でも限りなく不可能な話だ。
諸勢力の目をかいくぐり、生きてる望みの少ない仲間を探すことは。
(…………彼女は、一体……?)
しかし、まるでロアを治せるような口振り。
暗殺者ではないのか?
今更ながらに彼女の正体が気になった。
殺すなら、さっさとして欲しいくらいだ。
あり得ない仮定に付き合いたくはなかった。
「――最後の1つは、私の『器』になるか」
傍らの女性が顔を寄せて、ロアを覗き込んだ。
ロアは声の出ない中、息だけを荒くした。
眼前に立っているのは、アラムデッド王国のエリス。銀髪のヴァンパイアだった。
否、ロアは知るよしもなかった。
それは仮初めの姿に過ぎない。
ちらちらと病室に小さな光が舞い踊る。
川のせせらぎが聞こえ、蛍が飛び交っている。
死の神エステルがそこにいた。
「『器』になれば、苦痛から解放される――生きている業も私が消し去ってあげる。逆らう存在は、皆殺しにもしてあげる――逆らわなくても、ジル以外は結局殺すけど。悪い話じゃないでしょう?」
(……なっ……これは、一体…………!?)
「レプリカと破片、死にかけたあなたと……運良く条件が重なったわ。ジルはあなたの兄と縁があるみたいね? 魂を接触させたこともあった……だから、手繰り寄せることが出来た」
歌い上げるエステルに、ロアは何も出来ない。
目の前の存在がただの幻術である可能性もあったが――ロアにはそうは思えなかった。
エステルの瞳の奥に、場違いな熱があったからだ。
まるで恋する乙女のような、そぐわない感情がありありと浮かんでいた。
異常な存在。
それがロアの目の前の存在への偽らざる本心だった。
(…………嫌だ……!!)
「……良かったわ、『器』になってくれるのね」
エステルは恍惚のままに、断言していた。
ロアは首を振って否定したかったが、それもできない。
エステルはロアの心の動きを無視して、続けた。
「ああ、これで……時間はかかるけれど、戻ってこられる」
にっこりとエステルは微笑み、ロアの唇に指を這わせた。
ねっとりとした紫の魔力が、ロアの体内にゆっくりと侵入していく。
(~~っ!! やめ…………!!)
拒もうとしても、ベッドが軽く揺れるだけだ。
その間にもエステルの魔力は、ロアの口内から深く深く、入り込んでいく。
「今度はもう少し、ちゃんと準備しなくちゃね……ふふふ、待っててね。愛しの――ジル」




