表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
紅き血に口づけを ~外れスキルからの逆転人生~   作者: りょうと かえ
ディーン王国

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

184/201

出立⑥

「もちろんだよ、イライザ」


 努めて優しく言った。

 不安がらせることのないように。


「…………私の父親についてです。私の親については、あまりお話したことはありませんでしたね」


 イライザはぽつりと、小さな声で語り始めた。


「イライザと母君は、父君で苦労されたと言っていたね…………」


「そうです……母は、中級貴族の出身でした。とはいえ姉も複数おり継承権もなく、行儀見習いとして、ある貴族の奉公に出ていたそうです」


 貴族では、ままある話だった。貴族は長子相続が基本だ。

 次男次女以降は、どうしても行き場をなくしがちになる。

 ひどい場合は穀潰しみたいな扱いを受けて、厄介払いされてしまう。


 多分、イライザの母親もそうなのだろう。

 女性の場合は事実上の結婚相手探しとして、奉公に出ることはよくある。


「私の母は、奉公先で父と出会いました……。母は私を産みましたが、父は結婚することを拒んだようです」


 淡々と飛ばし飛ばしに、事実だけを述べるイライザ。

 それがこの話が、どれほど彼女にとって不快かを物語っていた。


 悲しいけれど、このようなケースも珍しくない。

 立場を利用して女性を弄ぶだけの貴族も、確かに存在してしまう。


「…………それから?」


「母は実家を勘当されました。お金は父の家から入ってくるので困りはしませんでしたが、母は現実に耐えられなかったようです。……今も親切な親戚の家で、静かに寝ています」


 目を伏せ唇を引き結ぶイライザは、僕が言葉を発する前に続けて、


「母から父のことを聞き出すことは不可能でした。そのことに触れようとすると、暴れて手がつけられなくなるので……。親戚も教えてはくれませんでしたし」


「……………………」


 中途半端に僕が、何かを言えるだろうか?

 母は幼い頃亡くなったけれど、立派な父が僕とフィオナにはいた。


 イライザがいたのは、僕とは全く違う世界だった。

 イライザの口振りには、ありありと父と――間違いでなければ母に対しても嫌悪があった。

 父に身体を安易に委ねたイライザの母に、だ。


 家族を呪ったことも嫌ったこともない僕には、想像さえも難しい。


「でも、生まれてからずっと途切れることなくお金は入ってきました。宮廷魔術師になってから知りましたが、多分とても裕福な貴族でしょうね」


「……そうだね」


 多分、その通りだろう。

 母娘が暮らして行ける金額。イライザが宮廷魔術師になるための勉学の費用も。


 かなりの余裕がなければ父側の家族も、黙ってはいない。

 認知していない子どもにもそれだけのお金を渡せるのは、上級貴族並の収入がなければ無理だろう。


 そして、僕は気付いた。

 宮廷魔術師は王宮に勤めるため、必然的に顔が広くなる。

 これまでは推測さえ無理だった父親探しが……進展したのか?


「見つかった…………の?」


「いいえ、確かなことはわかりません……。ただ……そうでないかと思う方は見つけました」


 イライザは顔を上げて、僕の瞳の奥を見通そうとしていた。

 僕の心にあるのは、痛みだった。

 想像の苦痛だった。


 ここまでの流れで――もし名乗り出られるような人物なら、すでにイライザはそうしているだろう。

 つまり、簡単には親子関係を確かめることも出来ない人物だったのだ。


 イライザの心痛。

 それは愛する人の苦悩に他ならない。

 僕も……苦しくなる。


「ターナ公爵です」


「…………そう」


 衝撃だった。

 言葉を、一瞬失ってしまう。


 でも、それだけだった。

 愛する人の何かが変わったわけではない。


 単に、僕の知らない物語があった――それだけのはずなのだ。

 そして、僕の知らなければならない物語があるだけのはずだ。


「全くの、見当違いかもしれませんが……ジル様はターナ公爵にお会いになられたことは?」


「……挨拶を交わしたことは、ない。すれ違ったくらいだ」


「彼の髪は、私と同じ水色です」


「…………ライラは、そんなことは言わなかった」


 僕は少し前に、ライラがサイネスとターナ公爵に会って大立回りをした話を思い出した。

 彼女なら、ターナ公爵の髪の色にも当然、気が付いていただろうに。

 あえて、そこには触れなかったのか。


「でも、ライラは言っていたね……。ターナ公爵は強い魔力を持った貴族だと」


「ええ、青い髪の貴族なら……それこそディーン王国には何十人といるでしょう。でも、宮廷魔術師を輩出できるような魔力の家系となると……。母には、魔術師の素養はありませんでした」


「つじつまは合う、か……あれ、でもそうすると……?」


「そうです、サイネス様は私の……異母兄、かもしれません」


 僕はついに絶句した。

 なんと……いや、そうか。


 ターナ公爵もサイネスと同じように、女性に見境がない性質だったのか?

 サイネスの妻の多さを考えれば、若かったターナ公爵もそうであった可能性はある。


 そしてサイネスは当然、イライザとターナ公爵の関係を全く知らないのだろう。

 でなければ、さすがにイライザに言い寄ることはしないはずだ。


 もっとも、やはり真実はわからない。

 ターナ公爵にとっても、名乗り出るつもりはないのか。

 あるいは、そもそもが見当違いなのか、どうかさえ……。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ